友人
今日は晩御飯の用意が出来ないからお惣菜でも買うように、とリョーイチに言われて、スーパーまで買い物に来ていた。
俺の行動範囲は着実に広がっていて、近くのコンビニやスーパーだけでなく、最寄り駅を通り越した辺りにある新しい複合施設にまで一人で行けるようになっていた。
いつも行くスーパーと比べると倍近い距離あるが、歩くのは苦でないし、いつものスーパーと違う商品展開は新鮮で選ぶ楽しみもある。
リョーイチは俺が一人で電車に乗ることに未だに反対しているが、徒歩圏内で行ける所であれば一人で行くことに反対しなくなっていた。
これは一人で電車に乗る許可が下りる日も近いかもしれない、と勝手に期待している。
前回来た時から売り場の装飾やら商品やらが様変わりしていて、わくわくしながら品定めをしている時だった。
軽く右肩を叩かれて、何事かと振り向けば、どこかで見覚えのある顔が頭上にあって、秋口のことを思い出した。
(あぁ、あの時の!)
向こうも俺が振り向くまで確信が持てなかったのかもしれない。俺が思い出した様子に、ほっと笑みを零した。
「いや、あの後どうだったかなって。もっと早く気付けたら、ってずっと後悔してて。一回具合悪くなると、電車怖くて乗れなくなったりする人もいるっていうから。見かけてほっとしたというか。良かったと思ったら、つい、声を掛けてしまって」
しどろもどろに話す様子から、彼の優しさや誠実さが伝わってくるようだった。
俺は知らない人にそれだけ気に掛けてもらえたことに感動して、
「いえ、あの時はありがとうございました。電車は、好きなので今でも乗ります。乗られます、乗れます、です」
と、早口に応えた。
最近は上達していたと思っていた日本語も、文法が少し怪しい。
それを自覚しながらも、興奮気味に回る舌が脳で咀嚼する前に言葉を出したがる。
「それは本当に良かったです。俺も、その、電車とか、好きで」
恥ずかしそうに笑う様子に、何だか親近感まで湧いて、普段出さないような声量で話していた。
「レイジも、電車好き、です。乗り物で一番電車がいい、と思ってるます」
「そうなんですか。電車好き仲間ですね」
仲間!なんて高揚する響きだろう。好きなものを共有できる感動に、俺の目はきっと輝いていたことだろう。
「よければ...」
向こうがもぞもぞと懐からスマホを取り出して、なんやかんやで連絡先の交換までしてしまった。
俺は帰り道、飛び跳ねてしまいたいくらい興奮していた。
これは、友達、というやつではないだろうか。
初めての、友達!
このわくわくした気持ちをどうやってリョーイチに報告しようか、ちゃんと言葉にできるだろうか、落ち着かない気持ちで帰路を急いだ。
*
俺は溜息を噛み殺すのに必死だった。
レイジが、嬉々として報告するには、駅で痴漢騒動の時に助けてくれた人と再会して、友達になったという。
余りにも嬉しそうに報告するものだから、俺は新手のナンパなんじゃないのかと一蹴するのを躊躇ってしまった。
勿論憶測に過ぎないし、同じ電車好きの仲間が出来ることについてはとても喜ばしいことだと思う。
ただ、このレイジだ。
邪な思惑なんぞに気付くとも思えない。
ただ、俺以外の人間とも会話をした方が言語の上達にはいいだろうし、人見知りしがちなレイジに社交性を身に付けてもらうにはもってこいな機会だとも思う。
(俺は心配し過ぎなんだろうか...)
俺の考える不安要素とレイジにとっての利益を天秤にかけながら、とりあえず様子を見て判断するしかないと結論付けた。
ただ、嬉しそうにメールの文面を眺めるレイジの様子を見たり、返信の文章のチェックをさせられるのは、あまり気分のいいものではない。
友人関係を制限することはレイジの為にならない。そう言い聞かせて見守ることに徹しなければ、今後レイジに友人が出来なくなるであろうことは容易に想像出来た。
俺の過保護さが、独占欲に起因していることに、俺はまだ気付かない。




