帰省 S1
ジッカ、実家、リョーイチの家のこと。この部屋以外の、本当の家のこと。元々住んでいた家のこと。
カゾク、家族、血の繋がりのある人のこと。リョーイチを産んだ人、育てた人、一緒に育った人のこと。
キョーダイ、オトートと、イモート、弟妹、同じ親から生まれて一緒に育った人のこと。
勉強して知っていた言葉もあったし、この時初めて知った言葉もあった。
ただ、何一つ俺が持っていたことのないものばかりで、実感を持って理解することは出来なかった。
日本の夏には「オボン」という期間があって、その間は実家に帰る風習があるらしい。
リョーイチは去年は色々あって(俺のせいだ)帰れなかったので、今年は帰ることにするのだと言った。そして俺も一緒に連れて行きたいとも。
初めてこの部屋以外で寝泊りするというのは緊張するが、リョーイチがいればなんとかなるだろうと思い、連れて行ってもらうことにした。
初めて乗る新幹線という乗り物は、いつも乗る電車よりもずっと速くて静かで、座席は背もたれのある席が一人ひとつあって、とても高級な空間に感じられた。
いつもの何倍もの速さで流れていく景色を必死に目で追うのも楽しかったし、指定された席に人が一人ずつ納まっている様もなんだか面白かった。
ホームの人の多さには参ったが、色んな売店やいつもと違う電車の様子が見られるのはとても楽しかった。
一人浮ついている俺に対して、リョーイチはどこか上の空だ。
体調を心配してみても問題ないという。
「ユーウツなだけ」と言った。ユーウツ、はあまりいい言葉ではなかったはずだ。少し気が重かったり、嫌な気分の時に使う言葉だと記憶している。
(...実家に帰ることは余り楽しいことじゃないのかな?)
家族は仲の良い、気心の知れた仲間のような存在だと思っていたが、結構面倒な繋がりなのかもしれない。
リョーイチのユーウツな気持ちが少しでも紛れるようにと、俺はいつも以上に楽しんでみせた。
俺には何も出来ないけどせめてリョーイチの負担にならないようにしなければ、と思って振舞ってみたけれど、ただ空回っただけだったかもしれない。
リョーイチの家の周辺は、背の低い建物が多く、二階建て、あっても三階建てまでで、空が広く感じるところだった。
リョーイチはひとつの住宅の前で立ち止まると、懐かしそうに目を細めていた。
(ここが、リョーイチのおうち)
周りと遜色なく整えられた二階建ての一軒家だった。俺からすればどれも高級住宅に見えたが、周りの雰囲気からすると、これが一般的な住宅なのだろう。
リョーイチが徐にインターホンを押したと思えば、閑静な住宅街に似つかわしくない騒がしい声が中から漏れ聴こえてきた。
玄関のドアが開くと同時に飛び出してきたのは、子供が二人。
思わず二三歩後ずさってしまったが、その子供たちはリョーイチに向かって勢いよく飛びついていった。
リョーイチは慣れた様子で構え、しっかりとその子供二人を受け止めていた。
「おかえりー」と連呼される様子は、誰がなんと言おうと、歓迎されている様子に違いなかった。
てっきりもっと殺伐とした挨拶でも交わすのかと緊張していた分拍子抜けだ。
無邪気にリョーイチに抱きつく子供を見ながら、微笑ましい気持ちになった。
何歳くらいになるのか分からないが、俺の胸元くらいまであるかないかといった身長だったが、リョーイチと対比してしまうともっと小さく見えてしまう。
紹介を受けて、その子供二人がリョーイチの妹と弟にあたるミツキとカズキだということを知った。
二人は双子で、リョーイチとは9歳離れているらしい。
ミツキは、俺のことを「ガイコクジン」と言って驚いたと思った次の瞬間にはもう覚えたての英語で話しかけてくる人懐っこい女の子だった。ころころ表情を変えながら無邪気に話しかけてくれる様子に、すぐに警戒心は解れていった。
カズキはミツキのやや後ろに控えながらも、早口気味に話すミツキの言葉が聞き取れずに俺が困っていると、ゆっくりと言い直してくれたり、暴走気味になるミツキに注意をしたりと、何かと気を配ってくれる優しい男の子だった。
そのうちミツキに混じって質問を投げかけてくるようになり、俺は二人に対して緊張をすっかり解くことが出来た。
リョーイチが「レイジに日本語を教えてあげて」「レイジと遊んであげて」「ゲームを教えてあげて」そう言う度に、双子は使命を与えられたかのように生き生きと俺に話しかけた。
でも本当は、二人ともリョーイチと一緒にゲームをやりたかったんじゃないかな、と思う。
ゲームの戦況や勝ち負けを逐一リョーイチに楽しそうに報告する様子に、久々に会えた兄に構って欲しくてしょうがないという気持ちが隠しようもなく表れていた。
こんなに好かれているのに、なんでリョーイチは帰るのがユーウツだと言ったのだろう。
双子じゃなければ、親と折り合いが悪いのだろうか。
(でもお母さんとは普通に話しているけどなあ...?)
普通の家族というものが分からない俺にとってはリョーイチのユーウツの原因について全く想像がつかなかった。
しかし、すぐにその和やかな雰囲気は壊された。
二階から慌しく階段を駆け下りてくる音が聞こえたかと思うとすぐに居間のドアが開けられ、そこに現れた人がリョーイチを見て怒ったかのように声を荒げたのだ。
「聞いてないんだけど!」
そしてあからさまに不機嫌な様子で、外へと出て行ってしまった。
後で聞けば、その人はリョーイチのもう一人の弟で、トールという名前らしかった。
双子やお母さんのような明るく優しい人柄とかけ離れた存在に、俺は固まってしまった。
今まで日本人と接してきた中でここまで感情的に言葉を放つ場面に居合わせたことがなかったから驚いてしまったというのもあるし、しかもそれが身近な人、リョーイチに対して向けられているということが殊更恐ろしいことのように感じてしまったのだ。
双子は「透兄ちゃんは怒りっぽいけど悪い人じゃないんだよ」とフォローしていたけれど、やはり怖い人という印象は拭えなかった。
当の本人、リョーイチには驚いた様子以上の感情は特に見受けられなかったから、これが家族の当たり前の姿なんだろうか。
同じ血で繋がっていても、同じ性格になるとは限らないらしい。
俺は家族というものが、益々分からなくなってしまった。




