夢
熱い、熱い、喉が、渇いた。
脚は棒のようになって、歩く度に歩幅がどんどん狭くなっていく。
肩に食い込む荷物の紐、足裏を削る砂の感触、髪の毛を焼く強い日照り。
ただただ移動手段としての機能しか持っていないモノになり切り無心で動いていた。
そんな中でふと意識が浮上した。
自分はどうしてここにいるのだろう、今自分は何をやっているのだろう。
ああ、そうだった、荷物を移動させている最中だった。
今日はキャラバンの荷積みをさせられているんだった。
当たり前の日常であるはずなのに、違和感が酷い。
こんなにも身体が重かっただろうか。
こんなにも節々が痛んだだろうか。
こんなに日差しがキツかっただろうか。
ああ、水が飲みたいな。冷たい水をたくさん飲みたい。
あれ、いつのまに夜になっていたんだろう。
今日飯食ったかな。覚えがない。
隣に座っている奴、こいつも食い損ねたのかな。
体調が悪そうに蹲っている。一目で弱っていると分かった。
ああ、こいつはもう駄目だな。
明日には居なくなっているだろう。
嫌だな。こいつが抜けた分、運ぶ荷物が増えるのもそうだけど、人が簡単に消えていくって言う事実が、嫌だな。悲しいな。でも俺もいずれそうなるのか。嫌だな。
背中が痛い、痺れるように痛い。
荷物が倒れたのは俺のせいじゃないのに。荷車に固定する縄が腐っていたせいなのに。
痛い、痛い、もう止めて、皮膚が剥がれてしまうってば。
打たれすぎて感覚が麻痺してくると、逆に衝撃に耐えるだけで済むから楽になるのに。
まだ感覚は鋭いままだ。痛いってば。もう止めて。
声を我慢しながら時が過ぎるのを待つしかないって知っているのに、言葉が漏れそうになる。
助けて、って。
助けて、リョーイチって。
目が覚めた時、ここがどこか一瞬分からなかった。
動悸がすごい。耳の奥でドクドク血が流れる音が聞こえる。
ここは、リョーイチの部屋で、自分は、ベッドの上、だ。
目だけをきょろきょろと動かして混乱しがちな頭を整理した。
見慣れた壁紙、触りなれたシーツの感触、布団に転がるリョーイチの背中。
息切れしたみたいに乱れた呼吸を意識して落ち着けさせた。
(夢だ)
自覚してしまえば何てことのない、ただの夢。
一瞬あの国に戻ってしまったのかと思い焦ったが、ただの夢。昔あったことを夢に見たに過ぎない。
ただの夢と分かっているのに、正夢になったらどうしよう、これは何かの前兆じゃないか、変な勘繰りが止まらない。
あんなに当たり前だったことが、今は夢の中でさえ苦しい。
この世界に慣れ切ってしまった自分は、今あの国に戻されたとしても、きっと一日だって生きてはいけない。
喉が渇いても水が飲めないのは嫌だ、飢えているのに何も食べられないのは嫌だ、簡単に人が死んでいくのを傍にいながら見ているしかできないのは嫌だ、暴力を振るわれるのは、嫌だ。
今まで耐えられていたことが、こんなにも我慢ならない。
もとの世界に戻るのが、こんなにも怖い。
「リョーイチ」
リョーイチの名前は魔法の言葉だ。
「リョーイチ」
リョーイチの手は魔法の手だ。
リョーイチのどこかしらに触れていれば怖くない気がして、ベッドから降りて布団に寝転がるリョーイチの背中に寄り添うにようにして横になった。
まだ夜明けまで長い。もしまた夢を見たってリョーイチの傍にいれば大丈夫な気がした。
「...どした」
リョーイチの覚醒しきらない声。
「...夢見た。怖いやつ」
リョーイチはもぞもぞと寝返りを打って俺に向き直った。
「これで、怖くないか?寝れるか?」
俺の頭を胸に押し付けるようにして抱え込んで上からタオルケットを被せた。
そして俺の返事も待たずしてリョーイチから寝息が聞こえてきた。
リョーイチは俺のこと小さな子供か何かだと思っている。でもいい。今は何歳児にだってなれる。
目の前のリョーイチの寝巻き代わりのTシャツを握り締めた。
大丈夫、今度は夢にだってリョーイチが出てきてくれるはず。そう思って眠りに就いた。
やはりリョーイチは寝惚けていてあまり覚えていないようで、朝起きて俺が横にいるのに驚いていた。
俺が夢の話をすると、リョーイチはこちらでの生活が当たり前になってきた証拠だと笑って言った。
また怖い夢見たらいつでも一緒に寝てやる、とも。
それからたまに昔の夢を見るようになったけれど、リョーイチに言われた通りこちらに慣れた証拠だと思うと、余り苦にならなかった。
何よりその後一緒に寝て貰えるので、悪夢もたまになら悪くないのである。




