花見 1
日本には「花見」という文化があるらしいと知ったのは、昼間に見ていたテレビの特集番組でそう流れていたからだ。
俺は緑に生茂る植物があるだけですごく豊かだと思うし、充分華やかだと思うのだけど、日本では更にそこに四季折々の花が加わるらしいのだ。
春は桜というピンクの花を、秋は紅葉という赤い葉っぱ(これは花ではないのだが)を見に、全国の名所に人が詰めかけるという。
まず俺には「四季」というものが理解出来なかった。
俺の中で気候の変化といえば昼夜の差くらいで、大抵毎日が暑かった。稀に雨が降ると少し涼しく感じたが、それも年に数える程だ。
だからこちらに来て徐々に涼しくなる気候に驚いたものだ。
夏が俺のよく知る気候、決して過ごしやすくはないが、肌馴染みの良い気候。
そこから次第に涼しくなり冬に向かうまでの間が、秋。
寒くて凍えそうになるのが、冬。
夏に向けて気温が上がってくる間が、春。
それが巡って1年とカウントするようだ。
テレビには花見の名所で賑わっている様子が映し出された。
ピンクの綿毛のようなものを纏った並木がずっと奥まで続いている。綿毛の正体は小さな花々の集合体で、白色にも近い淡いピンク色はとても柔らかそうだ。
その下は沢山の人でごった返していた。黒い頭が列を成してぞろぞろと進行する様は一種の儀式めいたものにも見える。
また違う名所では、ブルーシートを広げて飲食する様子が映し出された。主にお酒を飲んで騒いでいる様子であるが、とても陽気で楽しそうな雰囲気だ。
一種のお祭り、ということなのだろう。
少し、興味が湧いた。
いつもテレビに映し出される世界は別世界で、俺の生活に関わることがないものばかりが放映されているのだと思っていた。いや、手を伸ばせば届くものも紹介されていたのだろうが、それは贅沢なことだから、と敢えて距離をおいて見ていたのだ。
俺は世界を知れば知るほど、欲張りになる。
夜、バイトから帰ってきたリョーイチに思い切って言ってみることにした。
(リョーイチがいけないんだ。俺が我侭言っても怒らないから。だから調子に乗るんだ)
半ば自棄気味にリョーイチのせいにして、正当化してみる。
それでも頼みごとをする時には気弱になって言葉も尻すぼみになってしまう。
「リョーイチ、レイジは、さ、桜...桜を、見てみたい...ヨ」
テレビの様子からして、きっと人が多く集まるのだろう。リョーイチはそんな忙しなく騒がしい場所へと行きたがらないだろうか。
無言でこちらを見ているリョーイチに不安になって言葉を重ねる。
「て、テレビでやってた!今日!ピンクの、ふわふわした花、見たことなくて、...春は、お花見すると聞いた、から...、レイジもお花見....」
数秒経っても、リョーイチの口から「いいよ」という言葉が発せられる様子はなかった。
その代わり「んー」と悩むような声が漏れ聞こえた。
「...人がいっぱいいるんだぞ?そんなとこ行ってレイジは大丈夫か?」
リョーイチは反対したいというより、俺のことを心配をして悩んでいるようだった。
「だいじょぶ!」
考える間もなく口が動いた。
よくよく考えれば、俺が生活する中ですれ違う人の数なんてたかが知れている。テレビに映っていたような大勢の人間に囲まれたことなど一度もないのだ。
けれどもう悪意ある人間が少ないことを知っている今なら大丈夫だと思えた。いや、乗り切ってみせる。不思議とそういう気概も湧いてきた。
満開かつ晴天になる日は予報では平日の真ん中だった。
リョーイチはその予報に合わせてバイトを調整してくれた。その日の授業も午前中だけ出て昼過ぎには帰ってくると言ってくれた。
この辺りの名所といえば電車で都心と反対方向に向かって進んだところにある公園だという。
リョーイチは俺が初めて経験することばかりだからとすごく気を回してくれているのが分かった。
初めて乗る電車に俺が戸惑わないか、沢山の人混みに酔ったりしないか、はぐれて迷子になりはしないか。常に傍にいて俺の様子を見てくれていた。
いつもだったらリョーイチに迷惑を掛けないように大人しくじっとしているのだが、今日は自分で自覚症状があるのも可笑しいが、浮かれていた。
沢山の人混みに戸惑い不安になりはしたが、リョーイチの片袖をずっと握っていたお陰で怖くて動けなくなるなんてことはなかったし、初めて乗る電車という乗り物にはとても興奮した。
ぽつぽつと見える桜の木らしいピンク色の頭が見える度に指差してリョーイチに報告しながら歩いた。
目的の公園に着く頃には最高潮に達していた高揚感に見合うだけの光景が広がっていた。




