携帯電話
レイジが一人で行動したがるようになってきた。
一人で出来るようになったことが増えたことで、自立心が育って来たのだと思う。
喜ばしいことではあるのだが、なんせ一般的な子育てと当て嵌めるにはレイジは余りにも異質過ぎるので、どうしても目の届くところに置きたくなってしまうのだ。
前なんて、はじめて一人でスーパーまで行って、見事にトラブルに巻き込まれてしまったではないか。
何か対策を講じねばと、とりあえず思いついたのは連絡手段を持たせることだった。
小学生でもスマホを持つ時代である。
しかしレイジに操作が出来るだろうか。漢字や英語が苦手なレイジは、家電のスイッチひとつ探すのにも苦労しているのである。
契約しているキャリアのカタログをチェックしながら、どうしてもガラケーやキッズ、年配向けのものを見てしまう。
ぽちぽちとネットで検索を掛けては安くて扱い易そうな通話ツールはないかと探してみる。
色々見て回ったが、最終的に操作が簡単になっているガラケーを買うことに決めた。
大きな記号で『通話』と『メール』が表記されており、細々とした機能は排除したまさにレイジにうってつけのツールだった。
思い立ったが吉日、バイト帰りにショップに立ち寄り契約を済ましてしまう。
(レイジはどんな反応するかな...?)
それはそれは、レイジの喜びようったら、初めてクリスマスプレゼントを貰った子供のようだった。
目に見えてはしゃぐことはないけども、目をキラキラさせてケータイを握りしめる手は歓喜に震えている。
「いいの?本当にいいの?これ、レイジの電話?」
驚きと興奮とが入り混じった声で何度も俺に確認をとってくる。
「いいよ、それはレイジの為に買ったケータイだから」
「...!!リョーイチありがとう!ございます!」
「どういたしまして」
こんなに喜んでもらえるならもっと早く買ってあげればよかったと少し後悔した。
それから簡単に注意点や操作の仕方を教えて、試しに色々と触らせてみる。
レイジは恐る恐る(壊さないように注意しているのだと思う)操作をしながら画面が変わる度に「おぉ」と感嘆の声を上げていた。
「このボタンを押すと電話で話せる。で、このボタンはメールが打てるんだけど、それは追々練習していくか」
とりあえずは通話さえ出来ていればいいだろうと思い、早速練習をする。
最初は機械越しに俺の声が聞こえることに驚いたようだったが、次第に新しいオモチャにはしゃぐ子供のように何度も電話をかけることを繰り返して楽しんでいた。
そのうち、「ちょっと外出てくる!」と言い出したかと思えば、マンションの外に出てそこから電話を掛けたりもしだした。
『もしもし』
『はい、もしもし』
『リョーイチ聴こえる?』
『聴こえているよ』
『ふふ、あのね、レイジ今外にいる』
『うん、部屋から見えてる』
『ふふふ、リョーイチが横にいるみたいに聴こえる』
『そうかい』
『あのね、あのね』
『なに』
『電話、買ってくれて、ありがとう』
『...どういたしまして』
俺が学校やバイトに行っている間は電話に出れないけどメールは手が空いた時に見れるから、と教えると、今度はメールを打つ練習が始まった。
日々送られてくるメールにレイジの成長が垣間見えて、一日の楽しみのひとつになっている。
りょういちなんじかえる
(電報か。昭和初期の緊急電報か)
れいじはひとりでそとにいく
こうえんえいく
かえる
(絵本か。子供向けの絵本の簡潔過ぎる要約か)
お昼ごはんおいしかった
ありがとう(絵文字)
(お、変換を覚えたな)
まだ帰らない?
(お、記号が使えるようになったな)
今日のテレビはとてもすごく楽しかった。
鯨をみたい。
(最近の変換機能優秀だわ)
れいじはもう寝ます。
早く帰って来て下さい。
(なんか妻帯者になった気分になるな...)
今日はこんびにに夜時はお菓子を買いたい。
何卒宜しくお願い致します。
(予測変換かな)
雨が降ってきた傘を忘れていたら盛っていく。
教えて!Gooogle
例示が盛って行けるなら逝く。
(予測変換よ...)
漢字が苦手だからといって変換(や予測変換)に頼ってばかりになると克服も出来なくなる。漢字の勉強に集中的に取り組ませようと心に決めるのだった。
しかし、誤変換も、面白いものである。
そしてたまに微妙に用途の違う絵文字が使われてくるのがじわじわと笑いを誘うのだ。
レイジの感性では飛び散る汗マークが喜びを表して、星マークはおやすみの意味なんだそうだ。まだ通じなくもない領域だが、注意を促す意味でとりあえず目に付いた赤い色の絵文字を並べて打つのは止めるように伝えた。
さすがに赤いハートが語尾に連なった帰宅の催促はちょっと心臓に悪い。




