反抗期 2
絶賛はじめてのおつかい実施中。
どうしてこうなった。
俺が風邪で倒れた頃からだろうか、レイジは積極的に家事の手伝いをし、外出にも俺についてまわるようになった。
そのお陰か、今まででも充分な成長を見せていたレイジだが、それは更に加速して、日々出来ることが着実に増えている現状だ。
何がそこまでレイジのハングリー精神に火をつけたのか、それとも元来自立精神の高い性格をしていたのか。
初めてレイジが俺に反抗した。
どうしても一人で買い物が出来ることを実証してみせたいレイジと、まだまだ練習を積み重ねさせたい俺と、双方の考え方が真っ向から対立する形だ。
レイジが初めて俺に意見を主張したのだから、通してやりたい気持ちは大いにある。
しかし、心配なものは心配なのだ。
世の父親母親たちはこんな気持ちで子供の成長を見守っていたのだろうか、と電柱の影からレイジの様子を伺う俺。不審者として通報されないことを祈るばかりだ。
いつも通る道を迷うことなく進み、無事目的のスーパーまで辿り着いたところまでは良かった。
店内で、若干迷いつつも、目的の商品をカゴに入れることも出来た。胸肉よりもも肉がよかったが、それもまぁ許容範囲内だ。
しかし、なんで、来た道を、戻らない。
レイジは何を思ったか、店を出ると、来た道とは違う方向へと向かったではないか。
遠回りではあるが、帰れない道ではない。しかし、その道はレイジは通ったことがないはずだ。
(方向音痴だったのか?迷子になる気か?ちゃんと帰ってこれるんだろうな)
もう不安しかない。
不審者よろしくレイジの後をこっそりとついて歩く。
レイジが歩みを進める先には古びた商店街。もうほとんどの店舗が廃業している所謂シャッター街だ。
近くに大型ショッピングモールが出来たせいか、はたまた地元民の高齢化のせいか、そこはすっかり寂れた様相を呈していた。
まだ明るいからいいものの、日が落ちたら近付きたくない、あからさまに治安の悪そうな雰囲気が出ている場所である。
前を歩くレイジは気にもせずに、シャッターに描かれた落書きや、ケースに入っている食品サンプルなんかを興味深そうに見ている。
(俺は、レイジに窮屈な思いをさせていたのかもしれない)
思いの外楽しそうに歩いているレイジを見ていると、ふとそんな自省の念に駆られた。
口煩く行動を制限しているつもりはなかったが、もっとレイジの意思を汲んで色々やらせてみても良かったのかもしれない。
絶賛反省中の俺をよそに、レイジは軽快な足取りで先へと進んでいく。
*
「へろぉー」
多分俺に向けられた言葉のように思う。
声のする方を見れば、同じような服装の若者数人がシャッターが閉まった店の前で屯していた。
意図が分からず首を傾げてそのまま通り過ぎようとすれば、男たちは人懐こそうに、
「お国はどちらですかー?」
「買い物っすか?」
「日本語わかる?」
「この辺住んでるんすか?」
「きれいっすね」
「おいー」
口々に声を掛けてくる。
俺は学んだ。この国の人たちは、リョーイチをはじめとして、皆優しくて、暴力的な人はいない。
どうしても身構えてしまいがちだが、この人たちはいきなり暴言や暴力を振るったりはしない。
分かってはいるが、上手にコミュニケーションをとれるかといえば、まだまだその域には及ばず、どんな反応を返せばいいのかと戸惑ってしまう。
男たちの軽薄そうな笑い声が寂れた商店街に響く。集団で居ると気が強くなるものだ。多分俺と同い年かそれよりも若く見える男たちは、反応を示さない俺に焦れたのか、買い物袋の中身を見たり、肩を組んだりとやたら距離を詰めてくる。
この人たちは一体何がしたいのか。そればかりがぐるぐると頭を巡って身体は硬直したままだ。
「ね、一緒に遊びにいこーよ」
「いいねぇ!異文化交流!」
何だか話が不穏な方向へと進んでいっているようだ。
「か、買い物、買い物をしている。帰るしなくてはいけない」
緊張して声が上擦ってしまったが、自分の言いたいことは主張できた。
「大丈夫、ちょっとだけだって」
しかしどうも俺の主張は通らないらしい。
「帰る、帰る、ので、さよならする」
どこまで強引に出ていいものか、力加減を迷いながらも肩を掴まれている手を振り払って距離を取る。
しかし俺の力なんて非力なもので、すぐに一人の男に腕を取られる。
「恐いことしないって」
男の言葉とは裏腹に、俺の腕を掴んだ手は力強い。
その手は知っている。こいつは暴力を振るう側の人間だ。
身体が強張るのに反して、心は凪いでいた。
久しく感じていなかった気持ちだ。懐かしくさえ思える、諦めに近い気持ち。
俺はどこに行っても暴力からは逃げられないのかもしれない。




