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異世界人観察日記  作者: ミチコ
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風邪 3


部屋を訪れた男は、おそらくリョーイチの友人で、おそらくリョーイチからの連絡を受けて駆けつけてくれたのだろうと推察された。

それはもうテキパキと、やるべきことが分かっているかのように機敏に動く様は、今正に俺が求めていたことそのままで、この人に任せておけばリョーイチはきっと大丈夫だろうと、そう思われた。

それなのに、少しも安心感は湧いてこないで、もやもやと胸のうちで理解しがたい感情が渦巻いていた。


早々に俺は戦力外だと判断されたようで、男は俺を居ないものとしてテキパキと動き続けた。

男はリョーイチを乱暴に揺すって起こしたかと思うと、着替えを促し、床に敷いた布団からベッドへと移動させる。

リョーイチの動きは緩慢で、男の手助けを得ながらなんとか動いているという有様だったが、それでもベッドに横になった時には幾分表情が和らいで見えた。

「冷えシートの替えここに置いてあるから。スポドリはヘッドボードな。氷は脇に挟んどけな」

リョーイチは声が出ないようで、喋っても空気が漏れるような音しか聞こえなかったが、男はリョーイチの言いたいことが分かるようだった。

「声出てねえし、ウケるわ、うん、なに?ああ、バイト先ね、おっけ言っとくわ」

「今度何か奢れよ。うんと高いの注文してやるから」

「ガッコ終わったらまた差し入れに来るわ。何か欲しいもんある?あ、ゼリーとか冷蔵庫に入れといたから」

「てか、誰かの世話してなきゃ落ち着かないようなお前が世話されてるってのが新鮮だわ」

リョーイチが聞いないくても関係ないようにころころと矢継ぎ早に話す。

その間リョーイチの様子を伺いつつも手を止めないで、あっという間に布団をベランダに干して、散らかしていた床を片付けてしまった。

「んじゃ、また来るわ」

「アンタ、長谷にしっかり水分摂らせてよ」

最後に申し訳程度に俺に声を掛けて慌しく部屋を出て行った。


それからリョーイチは、トイレに行ったり飲み物を飲んだりする為に起き上がり、またすぐにベッドに戻るということを何度か繰り返した。

俺が来るまでの、一人で完結していたリョーイチの暮らしぶりを見ているようだった。

俺は部屋の置物のひとつにでもなった気持ちでその様子をじっと見ていた。


「今まで何してたわけ?」

そう言われて、尤もだと思った。

何をしていいのか、分からなくて、何も、出来なかった。

このままリョーイチが死んだらどうしたようと怯えるばかりだった。

俺が今まで沢山世話になっていることを考えたら、こんな時こそ恩に報いる機会だと思うのに。

俺には圧倒的に知識や経験が足りていないかったことを、まざまざと見せ付けられた気分だった。


そして、男が、羨ましいと思ってしまった。

言葉がなくても意図を汲み取れる仲が、気安く面倒を看れる仲が、羨ましく思えてしょうがなかった。


こんなにも悔しく、歯痒い思いをするくらいなら、もっと学ばなければならない。

リョーイチのことも、この世界の常識のことも、もっともっと知らなければならない。



夕方目を覚ました時には、意識もはっきりして体中の不調が軽くなっているのを感じた。

ダルさはやや残るものの、もう一晩安静にしていれば治るだろうと思われる程度だ。

ぼんやりとした意識の中でなんとか大学の友人の小塚を呼び出したが、今回は非常に助かった。人選を間違えなかった数時間前の自分を褒め称えたい。

しみじみと過去の自分を振り返っていると、ふと忘れていることがないかと引っ掛かるものに気付く。

「レイジ!」

思わず声を上げてしまったが、喉がまだ本調子ではないようで、濁声(だみごえ)になってしまった。

そうだ、レイジのことをすっかり放置してしまった。

ご飯はちゃんと食べれただろうか。

急に来た小塚のことを怖がらなかっただろうか。

俺の声に反応したのか、レイジはすぐにベッド脇に走り寄ってきた。

「リョーイチ、大丈夫?もう病気は終わった?元気なる?」

緑色の瞳は不安そうに揺れている。

ひどく心配させてしまったことが手に取るように伝わってきた。

「...あぁ、大分楽になった。心配かけてごめんな。ちゃんとご飯は食べたか?」

レイジは一瞬間を置いて、思い出したかのように首を横に振った。

「...リョーイチと、一緒に食べる」

だから早く元気になって、と暗に言われている気がした。


起きてから間もなくして部屋のチャイムが鳴った。

玄関まで行くと、小塚がレトルト粥やらレトルトスープやらを差し入れに持って来てくれていた。

「悪いな、色々と。助かった」

「立てるぐらいには回復したんだな、良かった」

「おかげさまで。また今度金返すわ」

「いいって。今度の飲み会長谷持ちでよろしく」

「おい...分かった」

「んじゃ、はよ元気になれよー」

小塚は玄関口で軽口を交わしながら差し入れを渡すと早々に踵を返して帰っていった。

面倒見が良く人情に厚い奴だが、何とも忙しない奴である。


貰った差し入れのレトルト食品を今日の夕飯としてレイジと一緒に食べた。

いつもは基本何でも美味しそうに食べるレイジが、今日は何だか難しい顔をして食べている。

不思議に思い尋ねてみれば、

「これ、今度レイジも買いに行く」

と言っていたので、レイジは今回のことで自分が何も出来なかったことを不満に思っているらしかった。

今度リョーイチが倒れたら完璧に看病してみせると意気込むのを聞いて、より一層健康管理に気をつけようと肝に銘じるのだった。


俺だってそう簡単には倒れられないプライドってものがあるのだ。





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