風邪 2
風邪ひいた
パン スポドリ 薬
ばいとさきに電話して
長谷からメッセージが来るなんて珍しい。
そう思ってアプリを開いてみれば、端的というには言葉足らずな文章が目に飛び込んできた。
顔文字や可愛らしいスタンプなんて送ってこようものならその意外性に驚きもするだろうが、ここまで無愛想な文面を送るような奴でもなかったはずだと、昔の履歴を見ながら頭を捻る。
余程余裕がない状況なのだろうか。
(一人暮らしの風邪は心細いって聞くしな)
「ちょっと長谷ん家行ってくるわ」
「んー長谷どうしたって?」
「風邪だってよ。お見舞いしてくる」
「おー、俺らの分も見舞ってきてくれ」
「まかしとけー」
一緒に居た仲間数人にそう言ってグループを抜けた。
長谷は身体も大きく丈夫そうだし、また飄々として落ち着いているから、風邪といってもそこまで苦しんでいる想像が出来なかった。
まあ沢山食べれば元気になるだろう、くらいの気持ちでぽんぽんと食べ物や飲み物、ついでに冷却シートをカゴに放り込んでいく。
元気になったらお礼に飯でも奢って貰おうなんてことまで考えながら、長谷の部屋の前までやってきた。
何度も来た事があるはずなのに、ここ数ヶ月来ていなかったかったせいか隣の部屋とどちらが長谷の部屋か分からなくなりそうになった。
何とか記憶を手繰り寄せて長谷の部屋のインターホンを鳴らしたのだった。
*
ぴんぽーん、と、この部屋の今の状況には全く似合わない軽快な音が響いた。
これは来客を知らせる音だ。
リョーイチがいない時は無視していい音として教えられている。
俺が一人で対応できないからだ。
でも今はリョーイチがいる。チャイムにも気付かない程寝込んではいるが。
この場合は、どう対応するのが正解なのだろう。
「リョーイチ...」
起きる気配は無さそうである。
今この状況をどうにかしたいと思うのに、俺一人ではどうしたらいいのか分からない。
だったら他の人に助けを求めるしかないじゃないか。
今までだったら絶対思いも付かない発想だったろう。
でも今は何にでも縋りたい気持ちだった。
ドアの鍵を開けると、明るい茶髪が目に飛び込んできた。
「長谷~生きてる~?」
間延びした声を出しながらドアから姿を現した男は、リョーイチと然程変わらないであろう年齢の男だった。
男は俺を見ると一瞬怯んで「あれ、部屋間違えた?」なんて呟いている。
部屋の外にかかっている番号を確認して、「やっぱり長谷の部屋だよな?」なんてぶつぶつと呟きながら、俺の方を見る。
「あんた誰?」
訝しげにこちらを見つめる瞳に肩が強張る。
「れ、レイジ」
視線を下げて小さな声で自己紹介をする。
「ふーん、外人さん?長谷のダチ?長谷風邪って聞いて呼び出されたんだけど」
立て続けに質問され、頭が追いつかないで、言葉を選んでいると、
「ま、いいけど。長谷に挨拶くらいしてくわ」
と、靴を脱いでそのまま俺の横を通って部屋の奥へと進んでいった。
*
「は?重症じゃん」
驚きと、怒りと、それを通り越して、呆れたような声が出た。
床に敷かれた布団で熱に魘されて横たわっている様は、いつも見かける落ち着いた姿からかけ離れて弱々しいものだっただけに、思わず声を挙げてしまった。
また、謎の儀式のように、水を張った食器類が床に散乱している様子も、この状況をより異質なものに見せていた。
(なんだこの部屋は...)
前来た時はもっと物が少なくて整頓されていた印象があったが、今やあちらこちらに色んなモノが溢れて、床なんて所々濡れている始末。荒れ放題ではないか。
当の部屋の主は、寝込んで苦しそうな表情を浮かべている。
額に浮かぶ汗から高熱を出しているのだと予想が出来た。
買ってきたものは主に食べ物ばかりだ。薬は持って来ていない。
役に立ちそうなものを袋から取り出して、あとは冷蔵庫に放り込む。
ついでに冷凍庫から氷を拝借して空にしたビニール袋に詰めた。
「ねぇ、タオルある?」
少し離れたところで俺の様子を見ているらしい外人風の男に声を掛ける。
長谷の友人だか親戚だか知らないが、病気の時に傍にいるような間柄なんだからきっと親しいのだろう。
少しでも手伝ってもらおうと声を掛けたはいいが、男は挙動不審に視線を彷徨わせたかと思うと、バスルームまでタオルを取りに行った。持ってきたタオルを渡す時も視線は合わなかった。
(なんだよコミュ障かよ)
外見だけは一端の雰囲気出しているくせに、と僻みにも似た感情で悪態を吐く。
俺や、長谷も含めよくつるんでいる奴らは、自分の意見を物怖じせずに言う奴らが多い。
だからこうやって言いたい事を言えないような奴を見ると無性に腹が立ってしまう。
良く言えば奥ゆかしいのだろう。けれど俺とは相性が悪いと思った。
初見で人を判断するのは俺の悪い癖だ。そして短気で喧嘩腰になってしまうことも、よく注意される。
「アンタ、長谷がこんな状態で、今まで何してたわけ?」
思ってから口にするまでが一瞬だった。
長谷のこんな弱っている姿に動揺したこともあるし、目の前の男を気に入らないと判断してしまったこともあって、大分語気が荒くなってしまった。
一拍置いて反省したが、これ以上言葉を重ねたところで墓穴を掘りかねないと思って大きな溜息で誤魔化した。
この言葉がどれほど目の前の男に刺さったのか、俺は露ほども省みなかった。




