レイジの世界 S1
リョーイチの話を聞いて、ハヤカワという人間が如何に大切な存在なのかを知った。
最近のらしからぬ様子も、見知らぬ俺に優しくしてくれる理由も、全ては大事なハヤカワが起因していた。
俺にとってはリョーイチは恩人であり大切な存在だ。
そんなリョーイチの憂いを掃う為に出来ることと言えば、知っていることを全て話すことくらいしか思いつかなかった。
俺がどのような場所から、どうやって来たのか、憶測も交えながら、包み隠さず全てを話した。
そして、俺自身についての説明も。
決心して一度言葉に乗せてしまうと、言うまいと堪えていた反動のように、言葉が次々と口をついて出た。
ハヤカワが帰ってこられる可能性、その為に俺は何だってするということ。
これまでリョーイチを騙すようなことをしていたこと。
魔法使いの国にはそういった人間がおらずリョーイチには馴染みが無いかもしれないが、本当は自分は卑しい身分の人間であること。
それを伏せたままリョーイチに与えてもらえる環境に甘えていたこと。
リョーイチが勘違いしていたとしても、それらの対応が嬉しかったこと。
俺の言葉の拙さに気持ちが急いていたことも相まって、まともに伝わらなかったかもしれない。
しかしリョーイチは伝えたいことの大筋は汲み取ってくれたようだった。
言うだけ言ってしまえばもうあとは罪人の如く処罰を待つのみである。
打たれるのは痛いし恐ろしいことではあるけれども、相応の罰だと覚悟している。
粛々とした面持ちで伏せていると、リョーイチは思いもしない言葉を放った。
俺の方こそごめん、と。
そして大きな手で俺の頭を優しく撫でた。
リョーイチの手はいつも温かい。痛いこととは無縁そうな、温かく優しい手だ。
何でこんなにも優しいのだろう。まるで全て許されている錯覚に陥ってしまう。
目頭が熱くなって滲み出るものを止める手立てが見つからない。
ぐっと堪えようとしたら喉が焼けるように引き攣れた。
リョーイチは唖然とした顔で俺の様子を見ている。
きっと不可解だろう。頭を撫でただけで泣くだなんて。
正直自分でも全く理解出来ない。
思い切り打たれた時には涙が滲むこともあったし、目に砂が入れば自然と湧いて出た。
けれど今この状況下で涙が出る理由はひとつも見当たらないのだ。
不思議だと呟けば、リョーイチは教えてくれた。
嬉しくて流れる涙があるという。
そうか、俺は嬉しいんだ。
リョーイチに受け入れて貰えた気がして、嬉しいんだ。
それから夜遅くまでリョーイチは俺の居たところの話を興味深そうに聞いてくれた。
俺がうとうとしだすと、ベッドに横になってもいいと言ってくれた。リョーイチはそのベッドに背をもたれさせて座りながら会話を続けた。
どんなところに住んでいたのか。
気候やどんな建物があったのか、どんな植物、動物がいたのか。
そして俺の立場の話も詳しく知りたいと言われた。
あまり聞いていて気分の良い話ではないだろうに、真剣に聞いてくれている様子につられて、出来るだけ丁寧に説明したつもりだ。
リョーイチには俺の立場のような人間についていまいちピンとこないようで、どう日本語訳したらいいものか悩んだ。
ここに来た経緯も、同じように説明した。
しかし、言葉にしてみると、改めて自分は物を知らないのだという現実に突き当たった。
俺の生活圏はとても狭かった。似たようなことの繰り返しで、しかも他事に関心を向けるほどの余裕がない日々。必然的に手に入る情報は生きていく上で最低限のものになってしまうからだ。
それでもリョーイチは俺に質問をして回答を得ながら、ある程度までは想像が出来るようだった。
俺がもう瞼を開けているのも辛くなってきた頃、リョーイチは問い掛けた。
レイジは帰りたいか、と。
こんなに住み良い恵まれた環境と、あの苦しくて辛い日々は比べるまでもない。
睡魔に理性が融けて、もちろんこちらにいたいに決まっている、と言いそうになる。
しかしハヤカワが帰ってこられるなら俺はあちらに戻るしかない。俺は自分の意見なんて持ってはいけないのだ。
重い口を開き、リョーイチ次第だと答えを濁して瞼を下ろした。
俺にとっての当たり前の風景は砂に囲まれたあの国だ。そう言い聞かせなければこの潤った国から離れ難くなるに決まっているのだ。
なのに俺の耳は勝手に都合のいい言葉を届けてくれる。
寝惚けて聞き間違えたのかもしれない。それでもいい。
リョーイチが、帰したくない、そう思ってくれるなら、もうそれで充分だと思った。
もしあの国に帰ることになったとしても、その余韻だけで頑張れる気がした。
閉じた瞼は瞬く間に熱を帯びて益々重くなった。




