レイジの世界3
言葉も常識も通用しない外国人だと思って接していたものの、まさか異世界人という想定まではしていなかった。
ならば、奴隷制度の話やこちらまでの移動手段も納得がいく。
納得はいくが、俺の常識的な頭がそれを受け入れるには些か時間を要しそうである。
異世界というワードは今や創作物の定番ジャンルと化しており、俺の耳にも聞き馴染んだ響きである。
しかしやはりそれは、現実世界に無いものを求め生み出された空想の域を出ない。
活躍する者は通常の人間からかけ離れた存在であったり、華々しい魔法が存在したり、それは創作物として当たり前のことなのだが、どれも魅力溢れる、特徴的な要素が散りばめられているものばかりだ。
対して目の前の現実はどうだろう。
レイジは紙面や画面上で表現されるファンタジーなんて匂わせもせず、「不思議な力」という要素がなければ、それこそ一昔前の戦時中の難民が日本に漂着してしまったという設定の方がしっくりくる案配である。
レイジを取り囲む環境は、暑く、乾き、苦しいもので、華々しさの欠片も感じられなかった。
だからこそ現実的で、異世界なんてワードが頭を掠めもしなかったのだろう。
そして、これは想像だが、レイジが一般な生活水準を大きく下回った生活をしていたせいで、向こうの常識にも疎かったのではないだろうか。
向こうの常識を知らないせいで、違う世界に来てもその相違に気付けない、という可能性がある。
レイジに異世界人という自覚がないのに、どうして俺が気付くことができるのかという話である。
レイジは未だに家電など電気で動くものは魔法の為せる技だと思っており、また俺を魔法使いだと信じている。日本を魔法使いの国だと思っているのだ。
魔法で早川とレイジを入れ替えたのなら、俺が魔法を使って入れ替え直せばいい、そう言いたいのだろう。
レイジの世界での魔法がどういった仕組みで効果を発揮するのかは想像すら出来ないが、もちろん、俺の知る限りでは、こちらには魔法も、それに代替する手段も、存在しないのである。
どうやってそれを説明すればいいのか、途方に暮れそうになる。
もし仮に手段を見つけたとしても、だ。
レイジを、元の世界に返してもいいのだろうか。
レイジの話からは、とてもいい環境とは言い難い国だということは察せられた。
衣食住すら満足に揃っていないところへ、人権なんて概念のないところへ、酷い目に遭うことが分かっているところへ、俺はレイジを放り出すことが出来るだろうか。
「レイジは、帰りたいか?」
俺はレイジに聞いた。
普段ならレイジはとっくに寝ている時間だ。ベッドに横になってうつらうつらしながらも俺の質問に答え続けてくれていた口は、その問いに完全に口を閉ざしてしまった。
目は半分以上閉じている。
(寝落ちたか?)
そっと顔を覗き込む。
レイジの緑色の瞳はちらりとベッド脇に付いた俺の手を追った。
「...リョーイチが、帰るを希望するなら、...レイジは、帰るよ」
寝言のような覚束ない口調だった。その脱力した声は、全てを諦め受け入れたように、優しく響いた。
そしてレイジの目は完全に閉じた。
「俺は....」
もし早川がレイジと入れ替わったのなら、きっと今頃早川はレイジの居た世界に居るはずである。
熱砂に囲まれた、日本の常識が通用しない異世界に。
今のところ早川を呼び戻す手段が無いので、無事を祈ることしか出来ない。
しかし、魔法なんてものでわざわざ入れ替わったというなら、何かしらの目的があるはずで、きっと無碍にはされないはずだ。
奴隷制度なんてある国だし、言葉や文化の壁はあるだろうが、頭が良く要領も良い早川ならなんとか上手く遣り過ごすのではないかと楽観的な想像ばかりを膨らませる。
なんなら異世界転移モノの王道的な体験をしているかもしれない。
早川はきっと無事だ。
きっと上手くやっていける。
しかし、レイジには、戻ったとしても待っているのは過酷な環境だ。
「俺は、お前を帰したくなんか、ないよ」
偽善かもしれない。ただ俺のエゴで、社会的に見れば人攫いと何も変わらないのかもしれない。
けれど、正直に思ったこと、嘘偽り無い今の自分の気持ちである。
しかし放った言葉を冷静に咀嚼してみると、さっきの台詞は恋人に囁くそれだ。
遅くまで起きて慣れないことに頭を悩ますから変な言葉を口走ってしまうのだ。
ああ恥ずかしい。さっさと寝てしまおう。
逃げるようにしていそいそとタオルケットに包まる俺の傍らで、レイジが涙を堪えているなんて、俺は知る由もないのだった。




