レイジの世界
部屋に戻ってレイジと向かい合う。
緑色の瞳が俺を見据えている。
怯えに揺れて定まらなかった視線の面影を残しつつ、それでも決意に満ちた瞳は逸らされることはない。
二ヶ月弱でレイジはこんなにも変化した。
これを成長と呼ぶのか回復と呼ぶのかは分からないが、きっと俺にとってもレイジにとってもいい方向への変化なはずだ。
「レイジが元のところに戻る、ハヤカワ帰ってくる、かもしれない、なら、レイジはお手伝い、する」
「レイジ、居た所は、暑い多いところ、砂多いところ。広い部屋で、たくさん偉い人が囲む、気がついたらリョーイチのところ居た」
「たくさん人が歌う、光たくさん、からだ痛かった」
「それリョーイチがやる、ハヤカワ帰ってくるが、出来るかもしれない」
レイジは知っている単語を駆使して、この国に来た経緯を説明をした。
充分に理解は出来ないが、レイジが意図せずにこの国に来てしまったことは分かった。
いや、それはもう最初のレイジの様子から予想はついていたことだから驚くことではなかった。
俺が驚いたことは、俺の為に出来る事をしたいとレイジが思ってくれているということだった。
「レイジは、リョーイチに言うことある」
「レイジと、リョーイチは、びょうどう、ではないので、嘘ついて、ごめんなさい」
「レイジは一番下のところにいる人、です。あー、牛とか馬とか、かちく?の次のところに、レイジはいる人間。だから、リョーイチは偉いので、今までレイジにご飯くれて、ありがとうございます、と、痛いをしないでくれて、ありがとうございます」
「レイジはリョーイチの言うこと聞く。レイジはリョーイチの言うこと通りに動くが正しい関係なので、今まで黙っていたは、悪いこと。ごめんなさい」
レイジはそういって深々と頭を下げた。
レイジが虐げられる側の人間であることは想像はしていたが、それを告白することにどれだけの勇気が必要なのかは想像したこともなかった。
告白することは、自分でその立場を認め、受け入れることだ。
そこにレイジの強さを見た気がした。
久々に見るレイジの土下座に、らしくもなく動揺していた。
いつも通り起き上がらせることも、顔を上げろと声を掛けることも、軽々しく出来ない。レイジの真剣さに向き合えるだけの同等の何かを以って接せなければ、緑色の瞳はもうこちらを見てくれないような気がしたのだ。
レイジがこんなにも身の内から搾り出すようにして言葉にしてくれているのに、対して俺が今までレイジに渡してきた言葉にはどれ程の重みがあっただろうか。
ここ最近は早川のことばかり考えてレイジの世話も疎かにしがちだった。
しかし早川の為だという言い訳はもう自分の為にならないと分かった。全て自分の為だ。それを認めた上で、俺の方こそレイジに謝罪しなければならないのだ。
「レイジ、...レイジ、俺の方こそ、ごめん、な」
「早川は、俺の...大事な友人だけど、早川が消えたことをレイジのせいだと思ってはいないんだ」
「もしかしたらレイジが日本に来た代わりに早川がお前の故郷へ行っているかもなんて期待して、レイジの故郷の話でも聞けたら安心できるなんて身勝手な考えで言葉も教えた」
「でもレイジの故郷は...余り良い環境ではないような気がしていたから、それを聞いたら益々不安になる気がして、先延ばしにした」
「そうしたら周り奴らの早川の記憶が消えていって、俺はもうどうしたらいいか分からなくなっちまった...」
「...俺の我が侭に巻き込んでごめんな」
目の前に下がっている頭に手を置く。
癖が強くふんわりとした髪を撫でた。
「レイジのこと、聞かせてくれないか? たくさん、話そう」
レイジの肩がぴくりと動いた。
「リョーイチ、怒ってない?」
か細い声だ。
「怒るわけがない」
長い前髪からそろりとこちらを覗く瞳は膜が張って煌めいて見えた。
顔を下げていると伸びた前髪が強調される。
(伸びたなぁ、切ってやらなきゃ)
邪魔かろうと、無造作にレイジの前髪をかき上げてやって、息を飲む。
緑色に染まった涙の粒を瞳一杯に溜め込んで息を詰めているレイジの顔が露になった。
瞬きをしてしまえば、それは、ぽたりと一粒、頬を伝った。
今まで一度だってレイジの泣いたところを見たことがなかった。あんなに臆病で怯えてばかりいた最初の頃だって、レイジは一度も涙を見せなかった。
この歳にもなると人前で泣くことも減る。それもあってか目の前の涙に動揺を隠せなかった。
当の本人も、零れ落ちた涙は想定外のようで、急いで顔を覆うと、
「ここは、雨が多いから、...目から水が出る」
苦しい言い訳をのたまった。
「...痛くない、苦しくないでも、涙が出るは、不思議なこと」
ぽつりと溢したレイジに、嬉しくても涙は出ることを教えた。
こちらに来て初めて流した涙が嬉し涙なのが、とても誇らしいことのように思えた。




