入れ替わり2
俺も酔っていたのだ。その上目の前での異常な事態。正常な判断を下せる訳がないのである。
しかし翌朝、すっかりアルコールも抜けて冷静な状態になっても、正常な判断を下せる自信が全く湧いてこない。
目の前で苦しみながら半分意識を飛ばしている人間を放っておくなんてこと出来ず、だからと言って人を呼んでこの状況を正確に説明できる気もしない。結果、自分の部屋に運び込むに至った。
これでもアルコールの回った頭で様々な可能性を考えてみたのだ。
まだ飲み会は2次会3次会と続いていて、これはその余興のドッキリである可能性。
酔いが回り過ぎて酷い幻覚を見てしまっている可能性。
もしかしたら姿形が変わっただけで中身が本人である可能性。
今まで俺が見ていた早川と認識していた姿形が誤りで、実はこれが本当の姿である可能性。
SFでもファンタジーでも何でもいいから、目の前の存在が早川である可能性に縋った。
仮に目の前の人物が早川でないとしても、この早川でない人物が本当の早川が何処へ行ったのか、どうしてこのような事態になったのか知っているのではないだろうか。そんな期待も抱いていた。
朝5時過ぎ。
薄手のカーテンから漏れる日差しが部屋の輪郭を薄らと浮き上がらせる。
昨日は飲み過ぎたと思ったが、二日酔いの気配も無く、存外すっきりした頭で起き上がる。
(そういえば床で寝たんだった。肩が痛え)
体を起こすと、視界に入った自分のベッドに横たわる存在に一瞬怯んだ。
そうだった、夢じゃなかった。昨夜のことは全部夢でした、なんてオチを少なからず願っていたんだけれども。
冷静になって考えてみても、今目の前にいる人物は早川ではなさそうである。
せり上がってくる焦燥感を抑え付け、自分に言い聞かす。
(起きたらコイツに聞けばいいんだ。知っていること全部説明してもらうしかない)
ベッドを占領している存在を覗き込む。
やはり何度見ても早川の面影は見当たらない。
よく焼けた小麦色の肌色、髪色は黒色に見えるが光の当たり方によっては赤みがかって見えた。
彫りの深さから外国人やハーフにも見えなくもないが、ただ顔の濃い日本人にも思える。
眉間には皺が刻まれ非常に寝苦しそうな表情だ。
はたと気が付く。
二日酔いで苦しんでいるとばかり思っていたが、飲み過ぎて具合を悪くしていたのは早川であってこいつではない。ではこいつは何が原因で昨夜倒れていたのか。
「おいおい勘弁してくれよ」
額に手をあててみれば、手のひらで分かるほどの高熱。
(飲み過ぎた奴だとばかり...昨晩は雑な対応しかしなかったぞ)
水を飲まして横にしてやったらなんとかなるだろうとしか考えてなかった。
罪悪感が膨れ上がってゆく。
そこからの行動は早かった。健康体が自慢の自分には不要だと思い置いていなかった体温計や常備薬を一式揃える為に薬局へ走った。冷却シートもいるだろうか、消化にいい食べ物は何だっただろうか。
昔弟や妹たちを看病した時のことを思い出しながら買い物かごへと商品を詰めていく。
動揺していたとはいえ、早川のことしか考えていなかったことが後ろめたかった。
具合が悪化するようなら病院も考えたが、コイツの身元を証明できるものが何一つ無いので保留。
看病らしいことは一通りやってはみたので、あとは様子を見ようと決め一息つく。
同じ部屋にいるのに、様子が気になって何度もベッドを覗き込んでしまう。
スマホのアプリゲームをやるにも集中できずに、中断しては再開しての繰り返し。
気も漫ろに過ごした一日が終わろうとする頃、ようやくベッドの上の気配が動いた。