早川 S1
リョーイチの様子がおかしい気がする。
それはこの部屋に荷物が増えた日頃からだと思う。
リョーイチはある日、俺に丁度いいサイズの服をいくらかと、食器、雑誌や本などをいくつか運び込んできた。部屋の中が少しばかり手狭になったのでいきなりどうしたのかと驚いたのだ。
それに最近はあまりご飯を作らない。作ったとしても俺の分だけでリョーイチは決まった柄のいんすたんらーめんばかりを食べている。
リョーイチの纏う雰囲気はどこか張り詰めていて、俺に対して声を掛けてくれることも減った。
きっと俺が遠慮して話しかけられずにいることにリョーイチも気付いている。
リョーイチのやることに不満なんてないけれど、心配くらいはしてもいいだろうか。
「リョーイチ、こうえん、行く?」
夜、日中より大分過ごしやすい気温になった頃を見計らって声を掛けてみる。
3日に1度くらいの頻度で外に連れ出してもらっていたが、ここ最近はそれもない。
特別外に出たいと言う訳でもないが、リョーイチが塞ぎこんでしまわないよう気分転換になればいいと思っての提案だった。
「...悪い、一人で行けるか?」
今まで外に一人で出たことがない俺は、その提案に一瞬たじろいだ。情けない話、まだ一人で外に出るには不安要素しかないのだ。
「リョーイチ行かないので、やめとく」
余程がっかりした風に見えてしまったのか、リョーイチは気だるげな動作で腰を上げると、
「行くか」
ぽつりと呟いて玄関へ向かった。
慌てて後を追って部屋を出る。
夜の公園までの道のりは、住宅街にもかかわらず、虫や蛙の鳴き声で溢れていた。
それは俺とリョーイチの間の沈黙を引き立たせているようで、何かを話さなければ、という気持ちにさせた。
「リョーイチ、からだ、痛い?」
「...いや」
「眠い?疲れた?」
「大丈夫だ」
「...リョーイチが、元気ないは、レイジのせい?」
「...違う」
再び沈黙が訪れる。
ジャリジャリ、と道路がサンダルを削る音を鳴らしながら、公園までの道のりを歩く。
「隣の部屋の奴な」
リョーイチが虫の鳴き声に紛れるような声量で呟いた。
俺は聞き逃すまいと全神経を耳に集中させた。
リョーイチは、ぽつり、ぽつり、と呟くように話してくれた。
隣の部屋にはハヤカワという友人が住んでいたこと。
ハヤカワとはリョーイチがここに来る前からずっと仲が良かったということ。
ご飯も一緒に食べたし、一緒に遊んだし、一緒に勉強もしたということ。
そんな仲の良い友人が、急に目の前から消えてしまったこと。
消えたその場所に俺が現れたこと。
ここ最近、ハヤカワを知っている人が皆ハヤカワのことを忘れてしまっているということ。
「俺も早川のこと忘れちまったらどうしようって...」
リョーイチらしくない、弱々しい声だった。
ちゃんと正しく聞き取れているか不安な部分もあったが、大体は理解出来たと思う。
ここ最近リョーイチの様子がおかしかったのは、その友人のことを忘れてしまわないか不安だったからなのだろう。
そして思わぬところで抱えていた疑問も解消されてしまった。
何故リョーイチが俺にこんなにも親切にしてくれるのか。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのか。
もちろん俺の立場を知らないから、ということもあるだろうが、ただただ、リョーイチ個人の優しさだったり、魔法使いの性質だったりするのかと思い込んでいた。
いや、思い込むことで考えないようにしていたのだ。
明確な答えがあった。ハヤカワという友人の代わりだからだ。
公園に着いても、公園を出ても、リョーイチは無言だった。
ただ、部屋に帰る手前で、いつもとは違う道へと逸れた。
俺はリョーイチの後に続いた。
リョーイチは、「ここ」と道路の端を指差した。
「ここで早川が蹲ったと思ったら、お前がいた」
今日は解答を諦めていた問題が解消されていく日らしい。
あの砂ばかりの故郷で、俺が最後に居た場所は、広間の中央に据えられた台座の上だった。同胞の血で薄汚れた台座の上で、死を覚悟したところまでは覚えている。
酷い吐き気と頭痛に苦しみ、気が付いたらリョーイチの部屋に居たのだった。
きっと俺はあの台座の上から、この道端に飛ばされたのだ。
それがどういう理屈で、理由で、為された事象なのかは全く以って分からないのだが。
ハヤカワがたまたまそこに居合わせただけなのか、ハヤカワが居たから俺がそこに飛ばされたのか、どちらにせよ、きっと俺が来たせいでハヤカワに何かしらの影響があったのだろう。
リョーイチの指差す場所に立ってみても何も変化は起きない。
それもそのはずだ。あの広間の台座だって、複数人が周りを取り囲んで儀式のようなことをしていたのだ。人を飛ばすにはきっとリョーイチにも計り知れない程の大規模な魔法を使わなければならないのだろう。
リョーイチが小さく溜息を吐いた。
「そうだよな...」
途端に申し訳ない気持ちになってしまった。
打算的な理由があったとはいえ、リョーイチに優しくしてもらった事実は変わらない。
リョーイチの為に出来ることがあるならしたいと思った。
俺があの故郷へと戻ることでハヤカワがこちらに帰ってこられるのなら、戻っても構わないという覚悟まで湧いてきた。もちろん俺はその術を持たないのだが。しかし魔法使いなら、何か他の術を持っているかもしれない。広間の様子を話せば、何かヒントになるかもしれない。
「リョーイチ、聞いて、話したいことある」
リョーイチに話そうと思った。包み隠さず、全てを。




