外 S1
窓から見ていた時よりもずっと近くで外の様子が見られる。
それはとても興味深いことのようにも思えたし、とても恐ろしいことのようにも思えた。
リョーイチが文字を始めとしたこの国の習慣を少しずつを教えてくれたこともあって、少しずつこの国に馴染んできたのではないかと錯覚しそうになるが、しかし俺の姿形が、中身が、立場が変わるわけでもない。きっと見る人が見たらすぐにバレてしまう、きっと不相応な厚遇に胡坐をかいていると責められる、そんな不安が常に付き纏っていた。
いつかはリョーイチの誤解を解かなければならないのだ。それが今日、他者からの指摘で発覚したとしても、遅かれ早かれ同じ結末を迎えただろう。半ば諦めにも近い気持ちで外へと出た。
外は湿度が高く、むんと纏わりつくような重い空気で満ちていた。
常に水の気配を感じられてそこまで不快に感じない。
睡眠も充分にとれ、腹も満たされており、喉も潤っている万全の状態下だと、照りつける日差しも心地良く受け止めることが出来た。
窓から見ていただけでは分からなかった、この国の不可思議なものが近くで沢山見ることが出来る。
リョーイチと俺が過ごしている部屋は、大きな建物の一角に過ぎず、幾つもの部屋が連なってできた、集合住宅のようなものだった。その建物は幅も高さもあり、階の移動には魔法が使われているようだった。
何とも言えない浮遊感と共に、気付けば地面付近まで移動している魔法の箱だ。
多分俺一人では乗れないだろう。操作面でも、気持ち的にも。
綺麗に舗装された道、整然と建てられた建物、所々に見受けられる緑。
一本ずつ等間隔に並ぶ灰色の直立した柱。それらを繋ぐように縦横無尽に黒い糸が空を横切っている。
遠くに車が走っている様子も見えた。
車は馬車の荷車の部分だけが魔法の力で動いているのだと勝手に思っている。さすが魔法使いの国は違う。
リョーイチは道の脇を歩く。
多分日陰を選んでいるのだと思うのだけど、太陽はほぼ真上にあるから頭の半分くらいしか影に入れていない。
(変なの、魔法でどうにか出来ないものなのかな)
俺の中では、魔法とは不便なものを何とかするものという概念しかないので、本当は使用にあたって何か制限があるのかもしれない。
暑さに参っている背中を見ながらそんなことを思った。
リョーイチはこんびにというお店に寄ろうと言った。
様々なものを取り扱う商店なのだと言う。
商店とは物の売買を行う店のことだ。お金のやりとりのある場所なんかに俺なんかを連れて行っていいのだろうか。警戒心がないのではないだろうか。今更なことを考えながら、それでも反面楽しみな気持ちも湧いていた。
しかしそんな気分も一瞬にして急降下することになる。
あまり飾り気のない真四角な建物の前には、数人の子供が座り込んでいた。
魔法使いの国の住人なのだから、きっとこの子供たちも魔法使いだ。リョーイチ以外の魔法使いに初めて会うことになる。
異分子だと、排除すべき対象だと、バレないだろうか。
のうのうと観光気分でこの国に居てもいい身分ではないと責められはしないだろうか。
隠し通したい訳ではないはずなのに、まだ知られたくない。
いざその時が来たと思うと途端に足が竦んでしまう。
いつだってそうだ。
頭の中では最悪の想像をして、どんなに腹を括ったつもりでも、いざそれが現実に目の前に迫ると、途端に逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
俺の臆病な本質は何一つ変わっていない。
立ち竦んでいる俺に気付いてリョーイチが連れ戻しに来る。
卑怯な俺は、少しでも他の魔法使いの視界に入らないようにとリョーイチの影にこっそり隠れて移動した。
店内は過剰なほど涼しく、棚には色とりどりの商品が整然と並べられていた。
全く興味がないわけではない。
しかし今は他者の視線が気になってそれどころではなかった。
どんなに美味しそうな食べ物が並んでいても、それを食べられる立場であるという前提条件が覆りそうになっているのだ。
背中に嫌な汗が伝うのを感じた。心地よいはずの冷房の風が、悪寒を促してくるように背中に吹きかかる。
こちらが目を合わせなければ、向こうもこちらを見ないはず。
そんな願いにも似た思い込みで、綺麗に磨かれた床とリョーイチの足ばかり見て店内を回った。
体が蒸し暑い空気に包まれたのを感じると、強張った筋肉が少しずつほぐされていくようだった。
結局、他者から何の指摘も受けることはなかった。
確かな安堵と同時に、少しの罪悪感が胸を突いた。
別にリョーイチを騙すつもりなんてないんだ、と心の中で言い訳をするが、リョーイチが誤解をしたままでいる現状に胡坐をかいていることには違いないわけで。
消極的な嘘でリョーイチを騙していることになるのではないだろうか。
俺は卑怯で、臆病者で、嘘吐きだ。




