雨と雷 2
休憩室で1時間ほど待てば雨は徐々に小降りになり、空には晴れ間も見えてきた。
人の心配を返せと言いたくなるほど、清々しい雨上がりである。
ざっとスマホのニュースを見る限り、この近辺で竜巻が発生したということもなさそうだ。
(なんだよ、肝が冷えたっての)
八つ当たり気味に自転車を漕ぐ脚に力が入る。
道路には深い水溜りが所々に見受けられた。夜には蒸し暑くなっているかもしれないが、今は打ち水効果で涼しく感じられた。
部屋に入ると明かりが点いていないことに違和感を覚えた。
日中でもカーテンを閉め切っている為いつも電気は点けていたはずだ。
冷房が切れているのか室内の空気は生暖かくむんとしている。
いつもならテーブルで勉強しているはずのレイジの影もない。
「どこいった?」
部屋の明かりを点けるとレイジはすぐに見つかった。
ベッドの上だ。
昼寝をしているにしてはブランケットの盛り上り方が高い。
「レイジ、寝てるのか?」
ブランケットの塊の天辺を軽く叩く。
中でもぞもぞと動く気配がした。
ブランケットから顔だけ出したレイジと目が合う。
「...リョーイチ」
緑の瞳に一枚膜が張っているように揺らめいている。
「リョーイチ、リョーイチ...」
レイジが覚えた単語はまだ少ない。何かを伝えたい時、伝えたいのに言葉にできないもどかしさを抱えている時、レイジは俺の名前を連呼する。
「リョーイチ」
「なんだ」
「リョーイチ」
「どした」
「リョーイチ」
「うん」
伝えたいことは分からないけれど、とりあえず相槌を打ってみる。
顔だけを覗かせたままブランケットから出てこないことを思うと、何か怖いことでもあったのだろうか。
昼寝して怖い夢でも見たか?懐かしい故郷に帰りたくなったか?
...外の豪雨に驚いたのか?さすがにあれだけ雨風吹き荒れて俺も肝を冷やしたくらいだから、こちらの気候に慣れていないレイジからしたら驚くのも無理はないか。
(こんな時はどうしたらいいんだっけか)
弟妹たちの世話、親戚の3歳児への対応の仕方、早川への接し方、参考になりそうな記憶を引っ張り出してみる。
「手、出してみ、手」
レイジの手をブランケットから引っ張り出す。
「冷た」
レイジの手は夏だというのにひんやりと冷えていた。今まで冷え性の気でもあっただろうか。
余程緊張していたか、恐ろしい思いをしたか。
手を包み込むように温める。
「雷に驚いたか?風も強かったもんな。停電して怖かったな」
言葉は伝わらないかもしれないけど、手の温もりがレイジの手に伝わればいい。
レイジの手のひらに温度が戻るまでしばらくじっとしていた。
レイジは俺の名前を連呼するのを止めてじっと握られた手を見つめていた。
(あれ?俺もしかしてやり過ぎ?寒いことしてる?)
レイジの手はすっかり温まっていた。
何だか気恥ずかしくなって手を離す。
「早いけど、ご飯、食べようか」
レイジは気にした様子もなく、すっかり落ち着いたようで「ゴハン、ゴハン」と繰り返しながら俺についてベッドから降りた。
*
外で鳴っていた大きな音の正体は、カミナリというものらしく、この国では雨とセットになっていることが多いらしいと学んだ。
雨が降っても手放しで喜べない複雑な心境だ。
慣れるには相当な時間を要しそうである。
でもカミナリはリョーイチが来たら止んだ。
リョーイチはカミナリも止めることが出来るし、俺が怖くてどうしようもないと思っていた気持ちも簡単に手のひらから取り除いてくれる。
リョーイチが居れば安心だ。
この季節しばらくの間、俺はその勘違いに気付くことはなかった。




