雨と雷 1
魔法使いの国が豊かな理由が分かった気がする。
この国には、雨が降る。
たったそれだけのことが、これ以上ないほどの説得力をもって俺を納得させた。
ずっと壁にかかっている布を捲れば、いつもは晴れている空が今日はどんよりと薄暗い。
いつもだったら手加減を知らないほどの光線を放つ太陽は、今はどこにも見当たらない。
ここでは水は際限なく出てくる価値の低いもののようだから、雨が降ったところでどうってことではないだろうが、俺は、雨が降れば集落全体がお祭り騒ぎだった頃の名残から、なんだか落ち着かないそわそわした気持ちになってしまう。
外が暗いので、室内の照明がやたらと明るく感じる。
(まだ降らないかな)
時折外を眺めては雨が降り注ぐのを待ちわびてしまう。
太陽の光なんて差し込む余地もないほど厚い雲が空を覆っている。
机に向かうにもテレビを見るのにもいまいち集中し切れない。
ぽつぽつと降り出した様子を嗅ぎ付けて窓にへばりつく。
灰色のベランダが濡れて徐々に黒く色を変えていく。
(雨だ!)
こちらに来てから初めて遭遇する雨だった。
雨脚は瞬く間に強くなり、風も強く吹き荒れ、窓に勢いよく叩きつけられる程になってきた。
潤いを呼ぶ雨は無条件に嬉しいものだったが、今までに見たことのない程の勢いに怯んでしまう。
(これだけの量が降るんだ、水に困らないはずだ...)
感心する半分、降り止む気配のない雨に段々不安になってしまう。
(このまま止まなかったら、どうなるんだろう)
朝方はいつも通り晴れていた。リョーイチもいつも通り出掛けていった。
この雨はここでは普通なのか、異常なのか判断がつかない。
さっきとは違った意味でそわそわしながら外の様子を見てしまう。
風が窓を揺らす音が、叩きつける激しい水音が、不安を煽る。
突如空に亀裂が入った。
なんだ、と思う間もなく、轟音が辺り一帯に響き渡った。
聴いたこともない程の音量で、部屋の窓がビリビリと音を立てる程だった。
(なんだ?一体何が起こった?!空が割れた?!)
分からない、分からないが、どうしようもなく恐ろしいことが起こっていると思った。
ふと部屋の照明が落ちて暗くなる。
(なんで?なんで?)
壁のスイッチを押しても照明は点く気配がない。
外では眩い光が点滅を繰り返し、その度に割れるような音が響き渡る。
腹に響く轟音に恐ろしくなって寝台に潜り込んで丸まった。
耳を塞いでも身体を揺らすほどの振動が外の異常さを伝えてきた。
何かを激しく叩きつけて割ったような音が繰り返し鳴り響く。
まるで癇癪を起こして激しく責め立てるような音に、無条件に謝りたくなった。
外の異常な天候は自分が原因なのではないかとまで思えた。
俺が、のうのうとこんな贅沢に甘んじているからだろうか。
天は魔法使いの国の異分子に怒っているのだろうか。
「リョーイチ」
ごめんなさいという言葉の代わりにリョーイチの名前がついて出た。
そうすると、もうその言葉しか出てこない。
呪文のようにリョーイチの名前を連呼した。
助けて欲しいのか、許してほしいのか、自分でも分からない。
ただ、リョーイチの名前を呼んだ。
*
雨が降り出したのは3時過ぎ。もうバイトを上がろうかという時間だった。
今年は空梅雨で、8月に入ってからも雨の気配なんてなかったから少しほっとしたくらいだ。
近年日本も亜熱帯の気候に近付いてきているのか、ゲリラ豪雨なんてのも珍しくなくなってきた。
この突然の雨もそんな感じがした。
これくらいなら帰れるかなどうかなと駐輪場で悩んでいるうちに、どんどん雨風が強まってきた。
(まるで台風だ)
これは少し様子を見ようと書店へ引き返す。
「長谷君、この辺で竜巻注意報だって!外出ない方がいいよ!」
慌てて呼び戻しに来たらしい店長が言う。
「本当っすか、しばらく休憩室で待たせてもらいますね」
「うん、そうした方がいい!」
朝晴れていたのが嘘のような荒れ模様の空を見ながら、ふと部屋のことを思った。
(今日はまだ洗濯物干してなかったよな、窓も、閉めてあった)
(レイジは勝手に窓開けたり、しないよな)
(帰ったら床びしゃびしゃだったりして...)
部屋の中が雨風に荒らされている想像をしてげんなりした。
雷が近い。本当にこの雨風なら竜巻が発生してもおかしくなさそうな雰囲気だ。
ニュースなんかで竜巻の被害を見たことはあるが、まさか自分の近辺で発生するなんて考えたこともなかった。竜巻注意報という文字が現実味を帯びてくると、ヒヤリとしたものが胸を伝った。
早く過ぎ去ってくれと願いつつ、悶々と休憩室で時間を過ごした。




