歩み寄る S2
リョーイチはよく俺の名前を呼ぶ。
しかし、名前のあとに続く言葉は相変わらず分からないままだ。
それでも、何をして欲しいのか、何をしたらいけないのか、なんとなく伝えたいことは分かってきた。
リョーイチが部屋にいないことの方が長くなって、不在の間も不自由がないようにと気を遣ってくれているようだった。
目の前に出された飯は許可が無くても食べていいし、水も好きな時に飲んでいい。水浴び場を一人で使う許可まで出た。相変わらずふかふかの寝台で眠っていてもいいし、何なら昼寝してしまっても怒られることはない。
なんて不自由のない世界だろう。
この部屋には魔法で溢れている。
際限なく湧き出る水もそうだが、外が暗くなっても操作ひとつで部屋の中を照らすことができる天井に付いた明かり、リョーイチの合図で様々な生き物が現れる板、近くで見たことはないが、調理場では火が自在に操れるようだった。
魔法というものを実際目にしたことはないのだが、こんなにも突飛なものばかりだと返って魔法でない方がおかしいだろう。
リョーイチは時々黒い板を指差して見るように指示してくる。
板には小さな子供や小さな大人が映し出され、不思議な踊りを踊ったり、摩訶不思議な生き物が登場したり、陽気な音楽が流れ出したりと、色とりどりで忙しない印象を受けた。正直なところ、目で追うのが精一杯で、彼らが一体何を伝えようとしているのか全く理解が出来なかった。
彼らは口出しはするようだが、決して板の中からは出てこないように言い含められているようで、リョーイチの合図無しでは現れることも去ることも決して無い。
リョーイチの監視下に置かれているものだと安心していたのだ。
だから板の中に炎が現れた時には思わず悲鳴に近い声を漏らしてしまった。
王都に来る前に居た集落で火事は珍しいことではなかった。屋根や家畜小屋に置いてある乾燥した葉なんかは一度火がついてしまうとすぐに燃え広がる。水なんて貴重なものは消火には使えず、火事が起きればその小屋や家は捨てて逃げ去るしか方法はなかった。
石造りの建物が多いので基本修繕して住み直すことが出来たが、それでも人間の管理下にない炎は見る者を萎縮させるだけの勢いがあり、ちっぽけな人間の力でどうにかできる対象ではないのだと思い知らされるようだった。
燃えたのは俺が居た小屋の隣の家畜小屋だった。
風もなく間隔もそれなりに開いていたから燃え移る心配はなかったが、その燃えている小屋の家畜の世話をしていた奴は、火傷も省みず必死に土を被せて消火しようとしていた。俺も途中から一緒になって土を被せた。
結局骨組みを残し全焼した小屋には、焼け焦げた家畜数匹と、家財の一部を失って激昂する主人と、火傷を負って項垂れる仲間と、消耗し切った俺だけが残った。
その夜は二人共酷く打たれた。
打たれた背中は燃えているように熱くなった。
火傷を負った奴は翌日から動けなくなって、そのまま何処かへ連れて行かれた。
もう二度と火事には遭遇したくないと思った。
この部屋の造りは頑丈そうだけども、炎には勝てないだろう。きっとすぐ燃え広がってしまう。板の中に映し出された頑丈そうな建物も次々と倒壊していく。炎に飲まれてしまえばきっとここも同じようになるに違いない。
(土、砂、なにか、火を消せるもの...!!)
部屋の中を見渡すが、小奇麗な部屋には土埃ひとつもあるはずがなかった。
水、ここには水が沢山あるではないか!名案とばかりに水浴び場にいるリョーイチへと声を掛ける。
気が動転していなければ自分から声を掛けるなんて、ましてや主人の名前を呼ぶなんて恐れ多いことは出来なかっただろう。
加えて説明する術を持たないもどかしさが行動を大胆にさせた。
リョーイチの腕を引っ張って板の前へと連れ出す。
リョーイチは板の中の炎を見ても特に慌てることなく、むしろ俺の行動を不審がっている様子だった。
しかし俺の言わんとすることに気付いてくれたようで、板の中の炎が出てくることがないと説明してくれた。
ほっと息を吐く。
この板の仕組みが益々分からなくなったが、真っ暗な状態になって漸く人心地着いた気持ちになった。
結局その日は魔法というものは俺の理解が及ばないものだと結論付けた。
しかし後日、ここでは魔法は誰でも使えるものだと教えられて益々混乱することになるのだった。




