気付き S3
ここは俺の知っている世界ではないらしい。
男はしばらくしてまた部屋を出て行った。と思ったら大きな寝具を抱えてすぐに戻ってきた。
そして壁にかかっている大きな布を徐に端に寄せると、頑丈な玻璃がはまっている扉をいとも簡単開け放って外に出た。
外の熱気が室内に入り込む。外の空気に息を飲む。
そっと男の後ろについて外の様子を伺った。
ちらっと外の様子を見た時に、もしかして、とは思ったのだ。
もしかして、ここは王宮ではないのではないか、と。
俺が見たことのあるどの景色にも合致しない風景が目の前に広がっていた。
左右を見渡しても王宮の白い石の影もない。
それどころか見慣れた砂のひとかけらも見当たらない。
包み込む湿度が違う。砂も舞っていなければ風も乾いていない。
下には密集した建物が見える。どれも高度な技術で建てられたであろう、見たことのない小奇麗な建築物ばかりだ。それはとてもこの部屋の雰囲気に馴染んでいるように思えた。
そして何より驚いたのが、今居る部屋がとても高い位置にあるということだ。
遠くまで見渡しても、建物の群れは途切れず続いている。王都よりずっとずっと大きい都市のようだった。
想像もしていなかった出来事に脚の踏ん張りも効かず、そのまま座り込んでしまった。
あの広間で気を失った後、俺は魔法使いに売り飛ばされたのだろうか。
それとも、あの広間で行われていた儀式のようなものも実は魔法で、それによって魔法使いの都市へ飛ばされたのだろうか。
原因も理由も分からないが、今確信を持って言えることは、ここは元居た世界とはかけ離れているということだ。
それから部屋に戻されてもしばらくはぼんやりとしていた。
外に広がる異質な世界に驚いたこともあるが、元居た世界へ戻りたいという欲求が驚くほど湧いてこないのだ。
男には言葉が通じないし、部屋には理解不能なものばかりが溢れているが、今まで何一つ俺を傷つけるものはなかった。
男が勘違いしている可能性を置いといたとしても、現状は衣食住が全て揃った安全な場所なのだ。
今までただ飢えを満たす為に、喉を潤す為に、或いは痛い思いを避ける為に、動いてきた。
全て満たされてしまったら、俺は何の為に動けばいいのだろう。
満たされているはずなのに、ぽっかりと身体に空洞が出来たような気がした。
男は相変わらず甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。
水浴び場に俺を一緒に連れて入って頭まで洗ってしまう始末だ。
どうしても世話され慣れない為にいちいち驚いてしまう。
身体を洗う時には冷たい水を使うのが当たり前だと思っていたが、温いお湯にただ浸かることがこんなにも心地よいものだとは知らなかった。
空っぽの身体にじんわり染み入ってくるような温かさだ。
焼け付くような日照りの暑さとも、勢いよく爆ぜる火柱の熱さとも違う、俺の知らない、ぬくい温度だった。
男が後ろから風を吐き出す器具を使って俺の髪の毛を乾かしている。
頭に当たる風が、髪を梳く手が、身体に空いた空洞を優しく撫でてくれているように感じた。
まだきっと、俺も男も、沢山の誤解を抱えているだろう。
その誤解が解けた時、それは想像するだけで恐ろしいことだけれども、ずっと身体に空洞を抱えている状態よりはマシなことのように思えた。
まずはこの世界を、男のことを、知ることから始めようと思う。




