気付き 3
早川の部屋から布団を借りてきた。
他人に寝具を使われるというのはいい気がしないかもしれないが、そこは迷惑代だと思ってもらうことにする。
一応布団は干しておこう。これだけ良い天気なんだから1~2時間ベランダに引っ掛けておけば充分だろう。
この部屋は日当たりがいいが、夏場はその日当たりの良さのお陰でサウナ状態だ。日中はちょっと奮発して買った遮光カーテンを閉めっぱなしにしている。
カーテンを全開にして窓を開ける。外に出た瞬間に蒸された空気が纏わりついてくる。ほんの数秒で汗が滲むのが分かった。
布団をベランダの欄干に引っ掛け、さっさと部屋に引っ込もうと踵を返すと、窓際に奴が立っていて思わず仰け反ってしまった。
「なに?」
外国人風の外見だとは思っていたが、夏の強い日差しの下で見ると、髪の毛の赤みが強くでて、瞳の緑もずっと明るく見えた。室内で見る以上に異国情緒溢れる顔立ちをしていたものだから、思わず怯んでしまった。
しかし、そんな俺の様子も気にならない程に、奴は外の様子に釘付けだ。
俺には見慣れた風景だが、このマンションの向かいにはそこまで背の高い建物がないから、5階でも結構見晴らしが良い。すぐ下には住宅街、ちょっと遠くに国道が走ってるからそれに沿うように商業施設が点在しているのが見え、もっと遠くに山脈が小さく見える。
「日本の風景が珍しいか?外出て見てみるか?」
こんな暑いベランダからはさっさと撤退したいところだが、せっかく奴が興味を持ってくれたのだ。こういう機会が異文化交流へと繋がる、はず、と、信じてみる。
手を軽く引っ張ってベランダへ連れ出す。
奴は恐る恐る、布団が干してある欄干を握り、下を覗き込んだ。6階建てマンションの5階だ。そこまで驚く程の高さではないと思うのだが、奴にとっては珍しいことらしい。
息を飲んだ様子がこちらまで伝わってくる。
(あ、この反応は...)
俺が支えるより早く、奴は腰を抜かしてへたり込んでしまった。
(まさかの、高所恐怖症)
頭を抱えたい。
奴を引き摺りながら、お互いの為に、涼しい部屋へと帰還するのであった。
俺は学んだ。奴を一人でシャワールームに入れてはいけないと。
また長時間水浴びされた挙句熱を出されたらたまらない。
そして導き足された解決策が、男二人が狭いシャワールームで向き合っている現実である。
(狭い)
俺の身長のせいもあるかもしれないが、奴もそこそこ身長はあるので、余計窮屈さを感じてしまう。
「そうだ、お前が浴槽に入ればいいんだ」
夏だからシャワーで済ますことが多く、浴槽を使用していなかったが、一人湯船に浸かって一人シャワーをすれば解決じゃないか。
浴槽に入れてやろうと脇に手を差し込んで持ち上げようとすると奴から小さな悲鳴が漏れた。
素っ裸にされて落ち着かない気持ちは分かるが、そこまで怯えられると、もう何だか哀れだ。俺が。
お湯を張っていなかったので、蛇口を捻って温めのお湯を出す。
「お湯が溜まるまでそこでじっとしてろよ」
分かっているのかいないのか、奴は膝を抱えてお湯が出てくる蛇口をじっと見ていた。
俺はシャワーをさっさと済ませてしまおう。身体と頭をいつもより早めに洗っていく。
ちらちらとこちらを伺う視線には気付かないフリをした。
(こっちは3歳児の入浴の世話してるつもりなのに、まるで人を犯罪者みたいに...)
少し不貞腐れながら、湯船のお湯が奴の胸あたりまで溜まったのを確認して蛇口を捻った。
「さ、次はお前の番な。んー、頭だけこっち出してー」
(温まっていい感じに緊張が緩んでくれるといいんだけど)
湯船から頭だけこちらに突き出した状態で、シャワーを頭に浴びせる。
表情は見えないが、きっと驚いたのだろう。肩が強張っている。もういちいち気にしてられないので、多少強引にでも頭を洗っていく。
シャンプーの泡立ちにくいことこの上ない。癖毛のせいか、しかも少し長めの髪のせいか、絡まる絡まる。
悪戦苦闘しながらなんとかトリートメントまで仕上げる。
ペットは飼ったことはないが、大型犬を洗うってこんな気持ちなのかもしれない。
少しの達成感と疲労感と。風呂に入って癒されないとはこれ如何に。
「はい、頭終了~。身体は自分で洗えるな?」
湯船から上がるように引っ張り起こして、代わりに俺が浴槽へと入る。
洗い場に出た奴は椅子に腰掛けて心もとなげにこちらを見てくる。
「これ、タオルで身体擦るの、これ、石鹸、分かる?」
やることは分かっているようで、タオルで腕を擦りだした。
「そうそう」
特に奴の裸に興味がある訳ではないが、どうしてもその細っこい腕や脚に目がいってしまう。見てはいけないもののような気がして、じっと浴室の壁のタイルを数えるように見ていた。
「へちっ」
はっとした。俺は湯船に浸かりながら少し寝ていたらしい。
(やば、俺どのくらい寝ていた?また風邪ひかすところじゃねぇか)
奴は泡まみれになった状態で椅子にじっと座ったままだった。
急いで少し熱めのシャワーで洗い流してやる。
泡が流れ切ったところで湯船に押し込む。とりあえず身体を温めねば。温くなった湯船に少し熱めのお湯を追加で入れる。
俺は一旦浴室から出て着替えを済ませ、頭も乾かしてしまう。
温まった頃を見計らい、奴を風呂から上がらせる。大好きな水を飲ませてやるのも忘れない。
幸い具合は悪くなさそうである。前科があるだけにほっとした。
服は適当なTシャツとハーフパンツを貸してやることにした。ハーフパンツはウエストを紐で調整するタイプなので、奴の細っこい腰にも辛うじてひっかかってくれた。
ドライヤーは部屋に持ち込み、奴を床に座らせ、俺がベッドに腰掛けて後ろから乾かしてやる。
俺の洗髪技術のおかげか、税込598円のトリートメント効果か、髪の毛は絡まることなくサラサラと指の間を流れてゆく。
俺が頭を触っていない時に、ふいに奴の頭が傾く。元の位置に戻ったかと思えば、またふらふらと傾く。
(これは、眠い、のか?)
懐かない猫に擦り寄られたような、少しの達成感。
途轍もない疲労感と引き換えにしている気がしないでもないが、そこは今は目を瞑ろう。




