第五話
クレープを完食した後、清水に「うちで勉強しないか」と誘われたが、明日は苦手な国語(しかも古文もある)と英語があるから、と断った。「家も近いし、勉強に飽きたらうちに来いよ」と言われたので、その厚意だけ受け取っておいた。古文も英語も切迫しているので、遊びに行ったが最後、赤点は免れない。心を鬼にして勉強しなければならない。……クレープの時間はいいんだ、気分転換も少しは必要だから。
そう決意を新たにしたものの、昼間の政治経済のテストの「認可妊娠制度について説明せよ」との問題がきちんと書けていたのか心配になってしまった。過去の話を振り返っている時間は無いけれど、心のモヤモヤは晴らしておきたい一心で、政治経済の教科書を開いた。
「認可妊娠制度(重要語として太字になっている)とは、本能に逆行するため行為者に莫大な心的負担を強いる生殖行為を、金銭的・心理的・体力的なサポートを国家が行うことで促進、更に出産まで管理するものである。近代以前の父系主義(これも太字だ。そして僕のラインマーカーも引いてある)的な価値観においては、古代に中国よりもたらされた結婚制度(これもまた太字)を用いて、妊娠した女性や乳幼児を保護する女性の生活を保障していた。しかし19世紀後半の明治維新の際、欧米のシステムをほとんどそのまま流用し、認可妊娠制度が導入された。
女性が妊娠及び出産を希望した場合、自ら協妊者(太字な上に赤字になっている)を探すか、公的機関を通じて協妊上限数に達していない男性を紹介され、自治体に申請する。申請が通ると、妊娠・出産用の施設に協妊者の男性と入院、性病・不妊・その他の問題の有無に関して双方が検査を受ける。問題が無ければそのまま性行為を行い、妊娠が確認されれば一時退院となる。女性は、約10か月後を目途に産科の存在する病院に入院し、出産となる。」
確かこのあたりは書いてほしい、と政治経済の鳥居先生は指定していたと思う。だが、わざわざマーカーも引いている「父系主義」の単語を完全に忘れていたので、問題文の「重要な単語は漏らさず記した上で」という制限に抵触しているだろうな、と思った。漢文以外では滅多に使わない「父」という漢字は、単純ゆえに忘れてしまうとなかなか出てこないのだ。
過ぎ去ったテストは仕方ない。僕は気持ちを切り替え、古文と英語の対策をしていた。少々寝る時間を削ってでも対策しておきたかったので、それこそ「かたぶくまでの月」が僕の部屋の窓から見えるくらい遅くまで粘ってしまった。