第三話
愉快なクラスメートは、それから10分くらい経ってから、ちらほらと来始めた。スマホを触りながら教室に来る者、人目もはばからず彼氏と腕を組みながら来る者、テストの為にノートを読みつつブツブツ言いながら来る者……十人十色とは正にこのことだ、と思った。テストの為にそれぞれの机が離されていること以外、この教室はいつも通りの様子だ。
「オーケー、時間だから席についてくださいね。数学のテストを開始しますよ」
8時15分になると、担任の飯田先生(英語科)が、テスト用紙の詰まった紙袋を持って入ってきた。わいわい騒いでいた教室もいくらか静かになり、バラバラの机に出席番号順に座る。
「さいんのにじょうたすこさいんのにじょうはいち……なんでだろう……」
僕もおとなしく着席する。隣の席の城ケ崎さんが何やら唱えている公式の意味が僕にも解らないので、少し焦る。けれどもうノートや教科書はカバンの中にしまっていて、取り出してはいけない時間になっていた。観念するしかないのか……。
「では、始めてください」
8時20分、飯田先生の指示により、一斉にペンを走らせる音が響く。さっきのサインがどうたら、という公式も第一問から使わねばならないようで、焦りが的中し、冷や汗が出る。
ぽとり。城ケ崎さんの消しゴムが、彼女の肘に押されて机から落ちてしまった。
「すみません先生、消しゴムを拾ってもいいですか?」
「はい、構いませんよ」
確かに数学のテストで消しゴム無しは厳しいよな……などとどうでもいいことを考えていると、ふわりと花のような香りが鼻をくすぐった。どう考えても、今近くで消しゴムを拾っている城ケ崎さんの髪から来ているものなのだろうけれど……これが後ろの席の清水から来ているにおいであれば、こんなに気を揉まずに済むのだろうが。
ともあれ、その時受けたショックで妙に気分がシャキッとした為か、サインどうたらの公式を証明する問題に無事解答することが出来た。もっとも、休み時間に清水に聞いたら「え、その解き方は普通に間違ってるだろ……」と言われてしまったので、僕の「出来た気がする」は頼りにならないのだと痛感した。
次のテストは政治経済。普通はテスト監督の先生はテスト科目以外の人が来るものなのだけれど、何故か政治経済の鳥居先生が自ら僕らの教室に来て、テストを配って、開始の号令もしていた。
「2ページ 誤:杏仁者 正:協妊者」
「4ページ 誤:血痕 正:結婚」
開始してすぐ、鳥居先生はチョークで黒板に問題の訂正を記した。普段から配布プリントに誤字脱字の多い先生であるが、今回のテストでも予想外の誤植を生み出してしまったようだ。それにしても、明治維新で無くなった「結婚制度」の字を間違えるのは解らないでもないけれど、現代語の「協妊」を、それもマイナーな「杏仁」に誤変換するなんて、もうわざとやっているんじゃなかろうか。……テスト作成前に中華料理屋のレビューでも書いていたんだろうか。しかも普通は「あんにん」と打って変換しそうなものだけれど。
などと思っていたら、まさか次の時間に受けた日本史のテストの「結婚制度」を答えさせる問題で、ダミー選択肢に「血痕制度」があるという偶然が起きた。もし本当に「血痕制度」なんていうのがあったら、それはそれは物騒な制度なんだろうな。