第二話
正門をくぐった時点で、日直の集合時間まで残り5分。それまでに教室に荷物を置き、職員室の前で日直の集まりに出席せねばならない。かなりギリギリである。
「やっほー! 涼介おはよ!」
僕が変わらず昇降口に向かって走り続けていると、後ろから香奈が走ってきて、僕を追い越した。
「おはよう香奈、今日は日直よろしくね!」
「こちらこそ! でもいきなり遅れそうでやばいね! あはは!」
いつも香奈はテンションが人より3段階くらい高い。中学からの付き合いだから、考えてみればもう4年目になるのだけれど、一度たりともそのテンションが下がったのを見たことが無い。中学3年の運動会で、彼女が転んだせいでリレーで2位に転落した時も、みんなの前ではテンションを1段階くらいしか落としていなかった。その曇りのない明るさゆえか、女子から絶大な人気を誇っているし、男子も彼女に圧倒的な信頼を寄せている。
昇降口で靴を履き替え、3階の教室に向かう。彼女に負けじと僕も横っ腹をおさえながら走る。「なんだお腹痛いの? 大丈夫?」と心配されたが、走りすぎて痛めた、などと情けないことは言いたくないので、「ああ、平気平気、先行ってて」と何食わぬ顔で返した。彼女は心配そうに、でも満面の笑顔で(それが両立するのが彼女のすごいところだ)、ポニーテールを翻して階段を1段飛ばしで昇っていった。痛みが癒えそうないい匂いがしたが、同時に筋肉が弛緩してしまい、階段を走る元気も失ってしまった。
「さっきは大丈夫だったの? 心配したんだよー」
日直のミーティングには、僕だけ間に合わなかった。あとで生徒指導の先生の部屋に謝罪に行かねばならないらしい、と香奈が伝えてくれた。面倒なことになったが、香奈と日直が出来るという幸せの対価と考えれば痛くも痒くもない。……まあ、その対価も、朝忘れずに早起きしていれば一切払わずに済んだのだけれど。
「うん、実は朝飯食ってすぐ走ったから、横っ腹痛くてさ……」
「あっそうだったの! うわーだっさーい!」
「うるさいな、仕方ないだろ!」
あははは!!と、香奈はいつもより更に2段階くらい高いテンションで笑う。そしてそのままのテンションで、教室に戻ってきてドアを勢いよく押し開けた。
「おっはよう諸君!! ってまだ誰もいないし!!」
「だってまだ7時50分だよ。 テスト期間で朝練もないし、このクラスの奴らの性格を考えたら、まだ来ないと思うよ。あ、森田、あいつなんか家近いから、まだ寝てるんじゃない?」
「確かに! ギリギリを攻める、それが男の美学だ! とか何とか言ってそう!」
ふたりして「あははは!!」と笑った。なんだかんだで心地よい朝が迎えられので、僕は朝の不快な話をすっかり忘ることが出来た。