第一話
「異性愛者の男性とは言え、やはりかけがえの無い人命なんです。軽々しく奪うことは許されない行為だということを国民は認識しなければならないでしょう。」
「凶悪犯罪の種が減ったから別にいいじゃないの。ね?涼介」
平日の朝、パンにジャムとバターをせかせかと塗りながら、母がテレビのコメンテーターに対してケチをつける。なんでも、また異性愛者のクラスメートをいじめて自殺に追い込んだ事件があったようだ。僕は学校に、母は会社に行かなければいけない慌ただしい朝でも、母は毎日テレビでニュースをチェックすることは欠かさない。そして、大抵いつも欠かさず、コメンテーターやニュース自体にケチをつける。
「……うん、そうだね」
母のこの習慣にも慣れっこな僕は適当に相槌を打ちながら、母からパンの乗った皿を受け取り、「いただきます」と食事を始めた。家を出なければいけない時間まで、あと5分。急いでパンとオレンジジュースを片付けなければならない。
「大体、こういう何も解っていないコメントをするのは、怖い目にあったことのない呑気な男なのよ。「異常愛者」が「異性愛者」って呼ばれ始めて、平等に人権はあるんだ、同じ一人の人間なんだ、なーんて言われ始めたのは、ここ数十年、本当に最近なんだから。呼び方が変わったって、何も変わらないの。犯罪なのよ、存在しているだけで。そもそも異常愛者はね……」
中学生の頃に異性愛者のおじさんに襲われそうになったとかで、母は異性愛者を、少し過激じゃないかと思われるくらいに目の敵にする。だから、こういうニュースには少し敏感に反応しているようで、いつもより語気が強い。食事中くらいは静かにしてほしいのだけれど。
「許せないよね。……ごくん。ご馳走さま、行ってきます!」
「行ってらっしゃい! ああ涼介! お弁当!」
「あーそうだった、ありがとう。 それじゃ今度こそ行ってきます!」
高校に上がってから2度目の日直であるのだが、それを今朝まですっかり忘れていて、頭の中が混乱している。普段なら絶対、お弁当を忘れそうになるなんていうことは無いのに。
ともあれ、お弁当を受け取り、玄関まで走り、ドアを開けて走り出す。朝から胃が痛いが、急いで学校に向かう。この胃痛は、パンをとにかく慌ててお腹に叩き込んだことだけが理由ではない、それは十分自分でも解っている。あのニュースと、母の言葉と、自分に嘘をついた自分の発言、それらが胃痛の真の原因だ。……おまけに、学校まで走ったので、横っ腹も痛くなった。