彼女創世記
ふと彼女が欲しいなと思った。ということで、俺は今から召喚術を使い理想の――スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女を召喚しようと思う。
ちなみに、何故召喚術というオカルトチックでなんだか怪しい方法で彼女を創ろうとしているのかというと、それは俺の精神があまりにも繊細でかつ脆い割れ物につき取扱い注意なモノであるからだ。
街中で女性に声をかけるなんて一切の恥を捨てた大胆な行為に俺の精神は耐えられないし、それに何とか声をかけたとしても、そこから何を話せばよいのか分からない。
だがその点召喚術は、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女の召喚にさえ成功すればよいのだ。どうすれば相手は自分を好きになってくれるのかとかいう面倒な事をいちいち考えなくて済む。それに、召喚されたスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女なら破局する心配もない。なぜなら、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女は、俺が息を吸っただけでときめくぐらいいつ如何なるときでも俺を好きでいてくれるので、愛が冷める心配はない。当然俺が彼女に愛想を尽くすこともない。だから俺たちは永遠にラブラブでいられるのだ。
まあ、とにもかくにもスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女の召喚に成功しないことには話にならない。
では一体どのように彼女を召喚するのか? その方法は意外と簡単。
まず、何も描かれていない真っ白な紙を一枚用意する。(紙のサイズは多分何でも良い)
次にその紙に魔法陣を描く。ここは少し難しいかもしれないが、円の中に五芒星を描き後はいい感じにいろいろと描き足せば良いと思う。というか 自分の思う魔法陣を描けば良いはず。俺も魔法陣に精通しているわけではないから細かいところを求められても困る。ということで俺は自分なりにだが、いい感じの魔法陣を描いた。
そして最後に呪文を唱えることでこの召喚術は完成する。だが、この工程で俺は行き詰った。まあ今まで召喚術について説明してきたが、実際はほとんどその場で考えたものだ。何かの文献を参考にしたわけでもなく、1分ほどの時間をかけてできた思い付きの召喚術なのだ。
魔法陣は今まで見た漫画やアニメの記憶を頼りにそれっぽく描いたが、呪文に関しては…………。
ということで俺は、「なんとなく」が集まってできたフワフワななんちゃって魔法陣が描かれたA4の紙を前で2~30分ほど呪文を考えた。
「…………開けゴマとか?」
うーん。30分考えてこれというのは、自分の呪文のボキャブラリーの少なさに情けなくなる。開けゴマと言ったって、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女を召喚するのに何を開くんだという話だ。しかし、もしかすると俺特製の魔法陣がパカッと開いて、そこからスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女がおぎゃーとでてくるかもしれない。そして俺の人生もそのまま拓けるのかもしれない。
「……とりあえずやってみよう」
まあ、失敗したところで何も失うものはないのだ。
早速俺は、魔法陣の描かれた紙を床に置き、大仰に腕を開いてご近所のことを考えたボリュームで叫んだ。
「開けゴマ!」
すると、バチバチッと稲妻が走り、魔法陣が突然光りだした。
「ま、まさか本当に成功した……?」
し、しかしこれは成功したという反応なのか? よくわからないが、もしかしたらこのまま爆発したりするんじゃないか……!?
だが発光以外は何も起きず、しばらくすると光も止んでしまった。
俺はしばらくの間茫然としていた。すると、どこからか
『ご用件は何でしょうか?』
「……へ?」
なんだ今の声は? もしやスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女が……!
そう思ってぐるりと周りを見たが、そこにはいつもと変わらない俺の部屋だった。一つだけ違うといえば魔法陣の描かれた紙が一枚――
『あのーご用件は何でしょうか?』
どうやら声は魔法陣からだった。なんだ、最近の召喚術は音声対応してくれるのか?
『すみません、ご用件は……?』
ああ、そうだった。俺が召喚術をした目的――
「スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女を召喚したいんですけど……できます?」
『……失礼ですが、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女というのは一体……』
「あ、すみません。スーパーでスペシャルでハイパーでウルトラでファンタスティックな彼女のことです」
『……申し訳有りません。そのーもう少し具体的に教えていただけますか? 例えば、そのスーパースペシャルなんとか彼女というのはどのような見た目で?』
「……スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女」
「ああ、すみません。はい、その彼女さんは具体的にどのような……」
具体的にってニュアンスでわからないかなあ? これだからゆとり世代の魔法陣は……。
もう少し自分の頭で考えてほしい。
「いや、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女なんだから当然見た目もスーパースペシャルハイパーウルトラ……」
と、言い終わる前に俺の腹がぐうと鳴った。夕ご飯を食べてから、かなり時間が経っていた。
『ではー、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女の代わりとしてこちらはどうでしょうか?』
すると再び魔法陣が光りだし、中からスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティックな…………カツ丼があらわれた。
『お腹が空いてらっしゃる様なので、こちらでどうでしょうか?』
なめらかな衣に包まれた、まだ何も知らない純情なロース肉がほのかに頬を紅く染めている。黄金色の卵に隠された米粒たちは、キラキラと希望にあふれていた。そして、一番上にちょこんと座っているグリンピースは、エメラルドのごとく深く神秘的な輝きを湛えていた。カツ丼にしておくには惜しい美しさだった。
「……そうだ! これこそ俺の求めていた彼女像! スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティック彼女とはこのカツ丼の様な女性のことだ!」
『えっ、ああ、そうでしたか。了解しました』
魔法陣が光りだした。おお、ついに理想の彼女と会えるのか!
そして魔法陣の中からあらわれたのは、スーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティックな…………カツ丼が頭の女性だった。
『では、私はこれで失礼します。お二人とも末永くお幸せに』
「いやいや、ちょっと待て! 俺はあのカツ丼の様なとは言ったが、カツ丼マンみたいな容姿の女性を所望したわけではないぞ!」
しかしいくら呼びかけても、魔法陣から返答はなかった。
「くっ、なら新しい魔法陣を描いてもう一度……!」
しかし、それから何枚も何十枚も魔法陣を描き、何回も「開けゴマ!」と唱えたが、魔法陣から声がすることはおろか、光ることも一度もなかった。
俺は途方に暮れ膝をついた。
「どうすりゃいいんだ……」
ふと顔を上げると、前にはカツ丼ウーマンがじっと無言でこちらを向いて正座をしていた。まあ悪いカツ丼、じゃなくて人ではないと思うが……。
顔はカツ丼なので目はないが、ただじっと見つめられている気がした。
「…………」
俺は沈黙に耐えられず、彼女に話かけてみた。
「と、とりあえず、会っていきなり付き合うのは早すぎると思うから……と、友達から始めましょうか……なんて」
彼女は何も言わなかったが、どんぶりがきらりと光ったような気がした。
「はは、よろしく……お願いします」
こうして俺は、人生で初めてのスーパースペシャルハイパーウルトラファンタスティックカツ丼女友達ができたのであった。