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Nothing There

 パトリシアと共に荷物を抱え、反省しているんだかそうじゃないんだか分からない表情で扉の修繕に勤しむアンジェリーナの元を通り去ったあたりで、周囲の……いや、そばに居たパトリシアの雰囲気ががらりと変わるのを肌で感じた。


 その理由は大方察しがついていたが、愚直家の敷地の外に出た途端、それは確信へと変わった。表情の陰りが著しいな……元々そうではあったが、殊更に陰鬱なオーラが出ていた。髪と同じくらい紅い瞳は、どこを見ているのかも分からないくらい光が消えており、周囲にいる者を映すのを拒んでいるかのような印象をまわりへ与える。


 どう声をかけていいのか分からない。境遇が重すぎるだけに、下手な励ましの言葉も逆効果になりそうで、私の口は動かずにいた。


 何かないかな……この重い雰囲気をなんとか出来るような……気を逸らせられるような内容で、今話し出しても自然そうな話題は……。


「……パトリシアちゃんはセシリア隊長と会った事あるっけ?」

 行き先の事を考えていたら、適当に思いついたのはそれだった。


「直接お会いするのは初めてです。ご当主様を通して、間接的なやり取りをした事は何度かあります。もっとも、私の境遇や血についての内容がほとんどでしたが」


 無視されないだけよかったのかな……目に光が戻ったとまではいかないけれど、話している間は幾分陰鬱なオーラもマシになったような感じがする。


 その後も道中は、行き先であるC隊やセシリアのことなどで、適当に沈黙を防いでいたが、後半になるにつれて、ダークな内容につながってしまった。

 C隊やセシリアのおかげで、ギリギリ自分達は人権を保っていられているので感謝はしているが、同時に自分たちを擁護しているような姿勢の為、自分達を快く思わない者達の批判の対象になっているのが申し訳ない。等々……。


 多分どんなことからでもダークな方面へ繋げることができるんだろうな……鬱の人って……。


 ずっと発していたそんな重い雰囲気も、騎士団本部内へ入る頃には、周りに境遇を理解する者が多いのを察してか、多少はマシになった。いや、マシになったというより、これはパトリシアの周りの者へ対する敬意なのだろう。


 行きよりも長く感じたが……何だかんだでC隊の隊長室前まで戻ってこれた。ようやくお使いも終了だ。帰って何をしようかを考えながら、皮肉にも開け慣れてしまっている扉を開けたら、行きの時と同じく、いつものように生気の抜けた顔で書類の処理をしているセシリアが――――いなかった。


「えー……」

 終りかけで上手くいかないとなると、どんなことでも大抵ガッカリするものだろう。それが嫌な事であるなら尚更だ。


「お留守でしょうか……?」


 当然といえる疑問をパトリシアは口にしたが、音声でその単語を聞いて、私の中で一つ疑問が生まれる。留守……? この部屋が留守であったことなど今までになかった。ごくまれにセシリアがこの部屋にいないことはあったが、その場合は必ず代わりに秘書の副隊長がこの部屋にいた。認めたくはないが、セシリアとは長い付き合いだ、私が騎士だったころからの……というか私が騎士になってすぐには関係を持っていたが……それ故この部屋に誰もいないというのはとても妙に感じた。


 荷物を部屋の隅に下ろし、部屋の様子を調べてみると、真っ先に目に止まったのは卓上にあった書置きだ。内容は走り書きで『心配はいらない』とだけ。

 あの人が普段書く丁寧な字とはかけ離れているな……それに机に積まれたこの大量の書類……今日最初にこの部屋を出た時と、量が大して変わっていない……。


 妙な事が重ね重ね起きると事件の臭いがしてくる。パトリシアやアンジェリーナの事もあり、C隊を快く思っていない者は少なくない。まさか誘拐とかそんな面倒な事に巻き込まれてないよねあの人……。


 決してあの人の事が心配なわけではない。荷物をちゃんと送り届けたとならなければパトリシアが館へ戻れないし、待ち時間がどれ程になるか分からない現状、あとは自分に任せて帰れとも言えないので、暇つぶしもかねて私は部屋を再度調べ始めた。


 机にはお茶がこぼれている。こぼれている事自体は珍しくないな、あの人食事する際はいつもそうみたいだし。だがこぼれた水滴が渇ききっていないのは、ここから姿を消してからそう時間が経っていないことを示す。


 そして、椅子が引かれているが……右を向いている。騎士なら習わずとも、剣を腰に下げる以上、席に着くのも立つのも左からになるはずだが、この人に関してはその例に漏れていてもおかしくないか。


 机に詰まれたこの大量の書類……あの人が、常に生気の抜けた隈だらけの顔をしているのは、仕事はちゃんとする人だからだ。これだけの量の仕事を放ってまで優先するような事……思いつかないな……。


 書置きが走り書きで『心配はいらない』というのも妙だ。普段丁寧な字を書くあの人が走り書きをするのも妙だし、内容が漠然としすぎだ。それにこれがあの人の書いた物であるとは限らないし……。


 等々、無意識に指で机をトントンとたたきながら考え事をしていると、突然パトリシアが何かに気付いたような声を発した。


「どうしたの? パトリシアちゃん」

「いえ……そこの暖炉の奥に、何か空間があるような感じがしまして」


 言われた通り、暖炉を調べてみると妙な点があった。

 塵の跡が不自然だった。まるでそこに隠し扉があるのを物語るように途中で切れている。


「何で気付いたの?」

「その……仁義さんの指の音です。音の反響で分かりました」


 さっきのあれか、あんな音でよく分かったな……なんて思ったがよくよく思えば当然だった。

 アンジェリーナが怪力を制御しきれていないのは、元々あった全身の激痛が、急に消えての、感覚の違和感によるものだが、パトリシアはその逆だ。


 彼女はアンジェリーナとは逆で、全身の感覚が麻痺していた。急に感覚が戻ったため、感覚が通常より鋭敏になっているのだろう。愚直家でアンジェリーナが、呼んでもいないのに『もうじき来る』と言っていたのはそのためだ。


 暖炉を調べてみると、裏側に何かのスイッチがあり、押してみると案の定、暖炉の奥の隠し扉が開いた。隠し扉を見つけた者が、それを開けられたのなら次にとる行動は大抵決まっている。その例に漏れず、私は隠し扉の奥へと進んだ。


 進んだといっても、中はそれほど広くはない。とはいえ密閉空間だ、すぐに何も見えなくなるくらい暗くなり、引き返してランプでも持ってこようかな、とでも考えた矢先、隠し扉の外で、パトリシアがまた何かに気付いたような声を発した。


「今度は何? パトリシアちゃん」

 狭い通路に私の声が響く。パトリシアは私の奥を見ているようだ。

「奥に人影が見えます。青というか緑というか……何とも言い難い色の髪の女性が倒れているように見えます」


 なんだって? じゃあもう確定じゃないか。


 セシリアの名を呼んでも反応はない。意識がないのか……?

 多少は目も慣れた。半ば手さぐりでだが、私は奥へ進みセシリアの身体へ手が触れるのを感じた。意識はないようだが体温はまだ高いな……。


 感触で分かる。倒れているのは分かるが、なんだか妙な感じだ。起こそうとしてもセシリアの手が動かない。腕伝いに動かない部分に触れてみると、冷たくて固い――鉄のような感触を感じた。


 手元を殆ど覆っている。手錠ではなくガントレットか……? ガントレットごと何かに固定されているようだ。これをどう外すかを調べるために、ガントレットの様々な部分を触っていると――


 突然貧血のような感覚に襲われた。全身の血の気が一斉に引き……いや、頭の方からだったかな、いや、指先からだったか……。そんな事を考えている余裕もすぐに無くなる。寒気を感じた次のフェイズは、なにもない。寒気すらも感じなくなり……すぐに私は意識を失った。

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