雪の汽車
昭和三十年くらいのお話。
なのでこの頃は客車の扉は自分で開け閉め出来たのだな。そして特急だけは自分で閉めなくていいサービスがあった。そのための女子職員をその特急の名前から『○○ガール』と呼んだ時代だ。
そんな時代のお話。
雪が、降っていた。雪は線路を余計に滑らせ、視界を失わせる。そのせいで列車は遅れているけど、それは、今の僕たちには非常に有り難かった。目の前には、中学生の少女。僕のことを慕ってくれる子だ。雪は静けさを余計に拡大する。
「先生、あの…」
何かを言おうとしたのだろうけど、ホームに入ってくる汽車の汽笛にかき消された。そして、ブレーキだか何かがたてる鈍い摩擦音が続く。僕は、山高帽子を目深にかぶる。このままだと泣いてしまうから。男は泣かないものだ。そして、妄りに笑わないものだ。三年に一度、方頬だけで充分だ。泣くのは、もっと少なくていい。
『止まる迄御待ちください、止まる迄御待ちください』
駅の放送が聞こえる。列車が止まり、人が降りてくる。僕は、立ち尽くしている。
「先生、また、会えますよね?」
「うん、また会えるさ。」
嘘だ。お互いそれはわかっている。それでも、僕たちにはその嘘が必要だった。僕は、最後に乗り込んだ。デッキの扉は閉めない。そして、身を乗り出しながら、また、僕たちのための嘘を紡ぐ。
「僕は、息災にするから、君も息災で。」
「ハイッ…」
俯いて涙ぐむ彼女を、直視できなかった。発車のベルが鳴る。何だか思わず、言葉が口から勝手に出て行く。
「何時か、これは思い出の彼方に消えて行くだろう。せめてそのときまで、僕のことを、忘れないで居てくれるかい?」
彼女が顔をあげて、何か言うけれど、また汽笛に被せられてなにも聞こえない。ガタリと列車が動き出す。彼女が列車のそばを走って、何か言う。
「わたしは、忘れませんから。忘れたくありませんから。」
列車がさらに加速して彼女を振り切る。それでも、彼女は追いかけてくるのが見える。そして、ホーム端をとうとう通り越した。僕は、まだデッキの扉から身を乗り出してホームを見る。ホームから、同じように僕を見る彼女がいる。雪が、お互いの姿をかき消すまではすぐだった。僕はそこではじめて、自分が泣いているのに気がついた。デッキの扉を閉めて、寄りかかる。
きっと彼女には『好い人』が出来て、僕のことなんか忘れてしまう。だけど、いや、だから、今暫くだけ、僕のことだけを想って欲しい。そんなことは言えなかったけれど。車体後ろの扉からまた後ろを見てみるけれど、もう、ホームすら見えない。
私には恋愛は書けない。よってこれは恋愛小説ではない。




