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Vitamin☆Days

寒空トワイライト

作者: パルコ

「Vitamin☆Days」第8弾です!

えっくん、ドキドキに気が付く の巻!

 穂香ちゃんのバイト先に来たのは初めてだった。イベント終わりのオフである今日は穂香ちゃんとバスケをする予定だったけど、パートさんのお子さんが熱を出したため穂香ちゃんが急きょシフトに入ることになったらしい。仕事なら仕方ないと思って了承したものの、電話の声からがっかりした様子を感じたと笑う穂香ちゃんが15時からならと予定を空けてくれた。無理に空けなくてもいいと言ったらお昼過ぎから社員さん達とオーナーさんで回すから大丈夫とか言っていたからその言葉を信じて僕も了承した。けど思ったより早く着いてしまっので、店の中で待たせてもらっている。


 ポニーテールの彼女を見たのは、僕の卒業式以来だった。エプロン姿の彼女を見たのは初めてだった。この店にお客さんが二人(うち一人は僕……だけど客っていうより冷やかし)しかいない今、彼女はボックスフラワーをカウンターに用意していた。

「お客様、お待たせしました。」

この儚なさのある柔らかいソプラノの持ち主は、誰だったっけ? あ、穂香ちゃんだった。彼女の声に気づいて、店内の花を見ていた老年の男性がカウンターの前まで歩いていった。カフェオレのような色味のスーツを着た男性から溢れる気品はイギリスの映画俳優を思わせた。

「品物をご確認頂いてよろしいでしょうか?」

「……うん、凄く綺麗だ」

男性は満足そうに頷いていた。穂香ちゃんは彼と話しながら手際よく箱にリボンを巻く。聞こえたのは、男性の奥さんの話で、穂香ちゃんは静かに相槌を打ったり、男性に奥さんのことを訊ねたり。いつものパキパキした口調はどこかに飛んで行ったみたいで、カウンターの向こうにいるのは穂香ちゃんなのに、なんだか違和感があった。

「ありがとうございます。奥様と素敵な銀婚式を」

男性は満足したように店を出た。お客さんらしき人がいなくなったと思ってなんとなく時計を見ると、14時20分頃のようだった。

「オーナー、お先に失礼します」

「お疲れさまー、ありがとね」

穂香ちゃんは事務所の入り口らしき所に入っていった。穂香ちゃんがいないのに店にいるのも申し訳ないから僕も店から出て、水色のアルトの近くで待つことにした。

「行こう行こう! コートは家から歩いてすぐだからアタシ着替えるね」

「車で行かないの?」

「駐車スペースないもん」

「ああ」

僕は助手席側の後部座席に乗った。



 所変わってバスケットコート。穂香ちゃんが着ていた紺のシャツはビッグパーカーに変わっていた。

「えっくん背ぇ高いんだもんズルい」

「穂香ちゃん小回り利くからいいじゃん」

コートを10分くらい走り抜けて、今は休憩をとっている。穂香ちゃんも小学校以来やってないと言っていた割には動きが軽いしフォームも綺麗だった。小柄で細身でフットワークが軽いから上背がある僕がボールを叩き落とそうとしても抜かれたりした。

「どっち?」

「コレ」

「やっぱり」

自販機で買ったホットのブレンド茶を穂香ちゃんに渡す。僕は彼女が選ばなかったレモンティーを開けた。

「外が思ったより寒い」

「ね。雪も降ったし」

「水やり辛くないの?」

「指先痛いけど楽しい。お花も腐ったりするから水替えとかもあって、パートさんとかは手荒れが酷いって言ってたけどね」

大きなパーカーから出る指先が目に入った。彼女の華奢な指は傷一つなくて、花屋で仕事をしているとは思えないほど繊細だ。僕はそれを両手で包むように触れた。それは多分、無意識だったと思う。

「……あっ」

両手で包んだ指先の冷たさを感じて、ようやく我に返った。

「ゴメンっ……!」

咄嗟に手を離したところで穂香ちゃんと目が合った。

「冷たい?」

きょとんと穂香ちゃんは訊いてきた。僕に勝手に触られたことを重く受け止めてないんだろう。僕はそれが少し気に障った。

「よくわかんない」

「えっくんの手ちょっとあったかい」

「そう? ずっとあったかいもの触ってたからかな?」

温かいレモンティーが入ったペットボトルをずっと持っていたからか、手のひらに温度が移っているのを冷気にあてられた頬で感じた。きっと穂香ちゃんの左手も同じだろう。

「行こっか」

「うん」

僕らはまたコートへ走った。今日は思い切り遊ぼう。彼女との時間はまだまだある。

「えっくんアリウープ!」

「ムリ!!!」

無茶苦茶な後輩の無茶振りは失敗した。



 穂香ちゃんが軽々シュートを決めたところで、疲れたから帰ろうということになった。

「いま何時?」

「16時19分」

「まだそんくらいなんだ」

青い空はオレンジ色に侵食されている。西の方には月が浮かんでいた。月をじっと見て歩いていたせいか、穂香ちゃんが不思議そうな顔で僕を見ていた。

「えっくん夕方に月見たことないの?」

「あんまり見たことない」

「ずっと下見て歩いてたから?」

「酷い酷い」

出会った頃は穂香ちゃんの奔放さに圧されていたけど、彼女と軽口を叩けるようになった僕は、圧し返す力が少しついたんだろうか?

「ねぇ月って言ったら『月が綺麗ですね』ってあるじゃん?」

唐突に穂香ちゃんが聞いてきた。

「? あぁ、漱石?」

僕は自分の中の何かが揺れたのを見ないふりして、彼女の話に耳を傾けた。

「えっくんなら何て返す? 好きな人に、『月が綺麗ですね』って言われたら」

急に自分の体温が下がった気がした。

「何で……?」

「えっくんなら駆け引きっぽい言葉知ってるかなって、なんとなく気になっただけ」

さらに衝撃が襲う。え……? そんな駆け引きしたくなるような男の子が出来たの……?

「えっくん?」

「あ、ゴメン……。うん、好きな人に言われたらでしょ?」

「うん」

「普通に『死んでもいい』って返すかな。ごめんねホントにつまんなくて」

「ううん、ただ気になっただけだから」

あっけらかんと言う彼女を見て、僕も聞いてみた。

「穂香ちゃんは、なんて答える?」

「月より太陽が好き」

「フッた! フッた!」

「あはははっ! 違うって!」

顔も知らない男の子が穂香ちゃんの返しを聞いてショックを受ける姿が目に浮かぶ。なんだ、穂香ちゃんの方が駆け引き上手いじゃないか。

「だって月って太陽の光で輝いてんでしょ?」

穂香ちゃんが歩みを止めた。

「穂香ちゃ……うわっ!」

穂香ちゃんが僕の目の前に飛び出してきた。動いたらぶつかりそうな距離にいる彼女の目は丸っこくて色素が薄い。鼻も小さくてお人形みたいだな、なんてちょっと現実逃避をしたのは、いつもの3倍は働いている自分の心臓の音を聞きたくなかったから。


   ああ、そうか。だから僕は今まで―――――


穂香ちゃんが上目遣いで僕を見ている。

「自分の持っている光で輝いて、その光で皆を照らし続ける。ときどきうっとうしいくらい照らし過ぎるけど、その光が皆に必要とされて、愛されてる」

やめてよ。そんな切ない目でこっちを見ないでよ。

「アタシは、そんな太陽のことが好き」

たった今気づいたのに、余裕のある大人の顔なんて出来るはずがない。


 言うだけ言って満足したのか穂香ちゃんはひょいっと離れてまた僕の隣を歩く。

「だからこういう返しもアリでしょって話!」

「うん……そうだね……」

空の青はもうなくなって、オレンジ色に染まりきっていた。

「じゃあアタシこっちだから」

「うん、じゃあ」

「じゃあね、時間が合ったらまたあそぼ!」

僕がもう一度「じゃあね」と声に出したのは、穂香ちゃんの影が小さくなった後だった。



 自宅マンションのリビングで、倒れ込んだ。

「何で……何で!!!」

馬鹿だ。大馬鹿だ。自分が馬鹿過ぎて腹が立つ。穂香ちゃんに対する感情に気づく前に対処が出来なかった。よく考えれば分かるはずだった。


なんで彼女から目が離せなかったのか

なんで写真集をつくるなんて無理を叶えようと思ったのか

なんで一緒に遊べなくて残念だったのか

なんで手に触れたことを軽く見られて傷ついたのか

なんで彼女に意中の男の子がいると思うとショックだったのか


「僕は……穂香ちゃんが好きなんだ……」

穂香ちゃんが好きだ。彼女にしたいって意味で。あまり会うこともないし、過度なスキンシップもなかったけど、僕が声優として、一人の人間として価値や居場所を見つけるきっかけになった高校の後輩。僕はいつだって気ままな彼女に救われてきた。パキパキした発音で「えっくん」って呼ぶ声がリフレインする。


 なんでも受け取りそうな笑顔をしているけど、周りが思っているよりドライな子。決して多くはないけど僕が彼女とコミュニケーションを取ってわかった彼女の性格。だから僕が気持ちを伝えても、彼女はきっと全部避けるんじゃないかと思う。


穂香ちゃんの気ままさを初めて、酷いと思った。

ありがとうございます!

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