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Chapter2 Scene2 絆を取り戻すために

 放課後。俺は別館にある生徒会室の前で、仰々しい扉に手を伸ばしては、ノックする寸前で手を下ろす。そんな仕草を繰り返していた。

 咲夜ちゃんとの絆を取り戻したいという想いは嘘じゃない。

 けど、俺は彼女に徹底的に嫌われている。彼女から最後に投げかけられた言葉は、『女の子の部屋に勝手に入るなんて最低だよ』だ。

 再会の第一声を想像すると……なかなか踏ん切りがつかなかった。


 ――でも、俺は彼女ともう一度仲良くなりたい。

 そんな想いに突き動かされ、震える手でとんとんとんと、三回扉を叩いた。

「なにをしているのかと思えば……生徒会になにか用事かしら?」

 一呼吸置いて、そんな言葉が耳に届いた。けど、それは部屋の中からじゃない。

 どこか懐かしい――けれど、昔とは違う冷たい音色は、俺の背後から聞こえた。手の震えを隠すようにズボンの生地を握りしめ、俺はゆっくりと振り返る。

 最初に飛び込んできたのは、窓から差し込む夕日に煌めく長髪。そしてそんな艶やかな髪に縁取られる小顔には、見る者を凍てつかせるような冷たい瞳が納められている。

 咲夜ちゃんだと判る程度に面影を残しているが、以前の可愛い雰囲気は欠片も残っていない。そこにいるのは、氷の刃を体現したかのような美少女だった。

 そんな彼女は腕を組み、威圧的な視線を俺へと向けている。


「咲夜ちゃん……」

「――馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはないのだけど?」

「あっと、ごめん。覚えてないかもしれないけど――」

「秋葉 柚希でしょ。覚えてるわ。でも、そう言う問題じゃないの」

「そういう問題じゃない?」

「ええ。‘秋葉くん’。貴方に名前で呼ばれる覚えはないって言ってるのよ」

「あ……そう、だよな。ごめん、月ヶ瀬さん」

 その言葉に傷つかなかったと言えば嘘になる。だけど、記憶を失っている咲夜ちゃんがそう思うのは当然だ。俺は言われるまで気づかなかったことを反省する。


「……なによ?」

「いや、なんでもないよ、えっと……月ヶ瀬さん。五年ぶりの再会だな」

「そうね。私は別に、会いたくなんてなかったけど」

「そう、だろうな」

「へぇ……判ってて、楓ねぇの頼みを引き受けたの? もしかして、楓ねぇに良いところを見せようとでも思ったのかしら?」

「楓ねぇに?」

「そうよ。私はあまり覚えてないけど……昔はよく楓ねぇと遊んでたんでしょ?」

「そう、だったな」

 正しくは、咲夜ちゃんと遊んでいたから、楓ねぇとも一緒にいたが正解だ。

 けど、彼女が惚けてるようには見えない。恐らくは俺との思い出を失った際、辻褄を合わせるように記憶が改竄されたのだろう。


「別に楓ねぇに良いところを見せようとか、そんな風に思って引き受けた訳じゃないよ」

「そうなの? だったら、どうして引き受けたのかしら?」

 咲夜ちゃんとの絆を取り戻したいから――なんて、言える訳がなく、俺はぼやかして答える事にした。

「ある女の子との約束を守るため、かな」

「なによ、それ」

「個人的な理由ってこと」

「ふぅん? 深く追求するなってことかしら?」

 探るような眼差し。俺はその視線を、なんでもない風を装って受け止めた。


 しばらくの沈黙の後。咲夜ちゃんは俺の言葉に納得したのか、はたまたどうでも良くなったのか、「まぁ良いけどね」と肩をすくめた。

「そう言ってくれると助かるよ。それで手伝いだけど」

「――勘違いしないで。事情に興味がないってだけよ。楓ねぇは貴方に手伝って貰えなんて言ってたけど……この際だからハッキリ言っておくわよ。私は貴方のことが好きじゃない。だから、出来ることなら頼みたくないの。……判るわよね?」

 拒絶の言葉に胸が痛む。だけどのその反応は、俺の予想の範囲内。むしろ、門前払いされなくて良かったと思うところだ。


「人手不足で困ってるんだろ?」

「それは……ね。生徒会は元々二人でまわしてたんだけど、その子が先日転校しちゃったのよね」

「へぇ、そうなんだ」

 なんて、本当は楓ねぇから聞いて知っている。

 病気でずっと入院しているその子の妹が、最先端医療を行える病院に移ることになり、家族で病院の側に引っ越すことになったから転校すると言うことも。

 ――その病院を手配したのが、楓ねぇであることも。

 本当なら、咲夜ちゃんの友達を引き離すのはどうなんだと怒るところだろう。けど、楓ねぇはこうも言っていた。

 彼女は最後まで、生徒会を辞めることを気に病む素振りは見せなかった――と。

 その子が薄情なのか、咲夜ちゃんに問題があるのか……恐らくは後者だろう。そんな状態だから、楓ねぇは咲夜ちゃんを心配して、俺のところに来た。

 だから自分の為だけじゃなくて、咲夜ちゃんや楓ねぇのためにも、ここで引き下がる訳にはいかない。


「そうだな、取り敢えずはお試し期間ってことでどうだ?」

「お試し期間、ねぇ。どうしても引き下がってくれないの?」

「どうしても、だ」

「……仕方ないわね。取り敢えず話をしましょう」

 咲夜ちゃんはそう言って俺の横をすり抜けると、生徒会室の鍵を開けた。


「……入って良いのか?」

「楓ねぇの推薦だもの。話も聞かずに追い返す訳にはいかないでしょ」

「そっか、助かるよ」

 取り敢えず最悪の事態は避けられたとホッと息を吐く。

「ただし、変なことをしようとしたら叩き出すわよ」

「しないしない」

 俺は身振りでやましい気持ちがないことを示し、咲夜ちゃんの後に続いて生徒会室へと足を踏み入れる。


 そうして目前に広がった光景に、俺は驚きの声を上げた。

「ここが生徒会室……?」

「どう、驚いたでしょ?」

「ああ、想像してたイメージとはだいぶ違うな」


 生徒会室と言えば、名ばかりのなにもない教室――もしくは、資料が並んだ殺風景な場所というイメージだったのだが、目前の光景はそのどちらとも違う。

 まず靴を脱ぐ玄関があり、その先にはフローリングのフロア。来客用のソファと外の景色を一望できる大きな窓、ずいぶんとゆったりした空間が広がっている。

 更に、奥には炊事場があり、戸棚にはティーセットがしまわれていた。


「レフィア関連で、生徒会には外部の人間が良く尋ねてくるのよ」

「なるほど。来客を意識した部屋なのか」

「そう言うこと。っていうか、あんまりジロジロ見ないでくれるかしら?」

「っと、悪い」

 俺は慌てて視線を戻し、改めて咲夜ちゃんを見る。彼女は腕を組み、少し警戒した面持ちでこちらを見ている。


「本題に戻るけど、貴方は生徒会を手伝いたいって言うのね?」

「ああ。月ヶ瀬さんが望んでないのは判ってるつもりだ。けど、それでも、俺は生徒会を手伝いたいんだ」

「どうして? 貴方にメリットなんてないはずでしょ?」

「言っただろ、約束のためだって」

「はぁ……困ったわね。私から断ると、楓ねぇに怒られるのよね。貴方が乗り気じゃないのなら、それを口実に断るつもりだったのだけど……」

 なるほどね。門前払いされなかったのは、楓ねぇのお陰か。昔の楓ねぇは怒ると怖かったけど……今も変わっていないみたいだな。


「月ヶ瀬さんも大変だな」

「そう思うのなら、貴方から断ってくれないかしら」

「悪いけど、それは出来ないよ。俺は手伝うつもりだからさ」

「…………はぁ」

 咲夜ちゃんは小さなため息をついただけだったけど、その視線がこれでもかと不満を訴えている。楓ねぇにに言われたとは言え、本当はかなり嫌なんだろうな。

 そう思いつつも気づかないフリをしていると、彼女は渋々といった様子で口を開いた。


「手伝い……ねぇ。でも貴方、なにをすれば良いか判らないでしょ? 貴方に説明してる暇があれば、自分でやった方が早いんじゃないかしら?」

「……まあ確かにそうだろうな」

「あら、認めるのね」

「見栄をはっても仕方ないからな」

「残念。否定するなら、『ならやってみて。出来なければ辞めてもらうわよ?』って言うつもりだったのに」

 そんなことだろうと思ったと、俺は肩をすくめる。


「出しゃばって、月ヶ瀬さんの邪魔をするつもりはないよ。でも、俺にも出来ることはあるだろ? 例えば……雑用とか、さ」

「雑用……? 部屋の掃除でもしてくれるつもりかしら?」

「それもかまわないけど……良ければお茶でも淹れようか?」

「お茶? ふふっ、そうね」

 咲夜ちゃんは怪しい微笑みを浮かべる。

「なら、紅茶を淹れてもらおうかしら。それで私を認めさせることが出来れば、雑用係としておいてあげる。ただし――」

「紅茶にはうるさい、だろ? 良いよ。奥の一式を使わせてもらうな?」

「え? えぇ、良いけど……え? ほんとに淹れるつもりなの?」

 俺を困らせてやろうと思っての発言だったのだろう。俺が奥の炊事場に向かうと、咲夜ちゃんは戸惑う素振りを見せた。

 そんな彼女の視線を感じながら、俺は棚からティーカップとティーポットを取り出し、あらかじめ敷かれていた保温マットの上に置く。


「ちょっと、本当に淹れるつもりなの?」

「そう言ったろ? ええっと、お湯は……電気ポットしかないのか?」

「生徒が勝手にコンロを使えるわけないじゃない」

「それもそうか……まあしょうがない」

 俺はまず、ティーポットとカップに少しお湯を注ぐ。そうして容器を暖めているあいだに、電気ポットに少々乱暴に水を足した。そして、改めて沸騰ボタンを押す。


「なにしてるの? お湯は入ってたでしょ?」

「お湯に空気を含ませたんだ。じゃないと対流が起きなくて、茶葉の味が引き出せないからな」

 本当は汲みたての水道水をヤカンで沸かすべきなんだけど……ないモノはしょうがない。出来る範囲で美味しく淹れるのも腕の見せどころだろう。

 俺はそんな風に考えながら、近くにあった茶葉の缶を手に取った。


「ふむ……ミルクティーで良いのか?」

「ど、どうして判るのよ?」

「茶葉がアッサムだったからだよ」

 アッサムの濃密な味わいがミルクティーに適しているから。

 ――というのは後付けの理由。本当は、咲夜ちゃんは昔からミルクティーが大好きだったので、今でもそうだと思っただけだ。

 だけど、もちろんそんなことは口に出さない。俺はそれ以上は語らず、黙々とお湯が沸騰するのを待った。


「そろそろ良いかな?」

 お湯が沸騰したのを確認し、容器を暖めるのに使ったお湯を捨てる。

 そして二人分の茶葉をティースプーンでポットへと入れて、沸騰したお湯を注いで蓋をする。さらに保温用のカバーを被せ、近くにあった砂時計を裏返した。


「これでよし、っと」

「な、なんか、本当に手慣れてるわね。紅茶を淹れるのが趣味かなにかなの?」

 興味深そうに眺めていた咲夜ちゃんがぽつりと呟いた。その言葉は小さなトゲとなり、俺の胸にちくりと突き刺さった。


「……昔、ミルクティーを大好きな女の子がいたんだよ」

「ミルクティーを好きな女の子?」

「ああ。それで約束したんだ。いつか、淹れてあげる……ってさ」

 約束を交わしたのは、彼女が床に伏した直後のことだった。


『いつか元気になったら、柚希くんの淹れた紅茶を飲んでみたいな』


 そんな風に言われて、元気になったらねと指切りをした。楓ねぇにも負けないような紅茶を入れて見せるって約束した。

 だけど、咲夜ちゃんの病は悪化の一途をたどり……俺は彼女にレフィアを使った。だから、約束を果たす機会は訪れなかった。

 ――今、この瞬間までは。


「また約束? よっぽど約束をするのが好きだったのね」

「そうだな……」

 キミは覚えていないだろうけど――と、俺は声に出さずに呟く。


 それから俺は砂時計の砂が落ちきるのを見計らい、ティーポットを軽く揺すって均一に。カップに紅茶とミルクを注いだ。

「お待たせ、良かったら飲んでみてくれ」

 俺はソーサーに乗せたカップをテーブルに並べる。平然を振る舞っているけど、本当は手が震えないようにするのに必死だった。


「それじゃいただくわ」

 咲夜ちゃんは席に座り、神妙な面持ちでカップを口元へと運ぶ。

 美味しいといってくれますように――と、俺は彼女に悟られないようにさり気なく、けれど祈るような気持ちで見守った。

 永遠にも感じられる一瞬の後、彼女がカップの縁に唇をつける。そしてこくりと一口。喉を鳴らすと、ほぅっと息をついた。


「……ふぅん。楓ねぇの淹れる紅茶ほどじゃないわね」

「そう、か……」

 ……そうだよな。楓ねぇの淹れる紅茶は、俺達が揃ってミルクティーを好きになるくらい美味しい。

 そんな楓ねぇの紅茶を毎日飲んでいる彼女のハードルが低いはずがない。

 せっかく楓ねぇがチャンスをくれたのに……ちょっとばかし練習したからって、俺はなにを思い上がってたんだ。


「まあ、しょうがないわね。貴方を雑用係として使ってあげるわ」

「……なにを言ってるんだ? 俺は不合格なんだろ?」

「あら、誰もそんなことは言ってないわ。楓ねぇには敵わないと言ったけど、美味しかったわよ?」

「そ、そっか。なら、良かった……」

 認められたことは嬉しい。けど、楓ねぇに負けないような紅茶を淹れることは出来なかった。それが悔しくてたまらない。


「ふぅん……楓ねぇの腕前を知ってるはずなのに、負けて悔しがるんだ?」

「そ、そんなことは……」

「別に誤魔化すことはないわ。悔しがるのは努力してる証拠でしょ。よっぽど、その約束とやらが大切なのね。もしかして、その相手って貴方の妹のこと?」

「え? いや、違うけど……なんで妹が出てくるんだ?」

「違うの? でも貴方の妹って、確かミルクティーが大好きだったわよね?」

「……ミルクティーを?」

 確かに最近の天音はミルクティーが大好きだ。

 だけど、昔の天音はそれほど紅茶を飲んでいなかった。咲夜ちゃんを慕っていたので、マネをして紅茶を飲んでいた程度だ。


「あいつは月ヶ瀬さんに懐いてたからな。一緒の時は紅茶を飲んでたけど、それほど好きって訳じゃなかったと思うよ」

「ふぅん、そうだったかしら?」

 咲夜ちゃんは首をひねる。どうやら記憶の差異に違和感を抱いているようだ。

 あの頃はいつも三人一緒にいたから、俺のことだけじゃなくて、天音のことも忘れてるのかも知れないな。


「まあ良いわ。それで、その約束の子には紅茶を淹れてあげたの?」

「……ああ、美味しいって言ってくれたよ」

 俺は胸中の想いを漏らさないように、静かに呟いた。


「ふぅん? まあこれだけの味が出せれば上出来よね」

「ありがと。それじゃ雑用係として頑張らせてもらうよ」

「はぁ、仕方ないわね。約束だし、貴方を使ってあげる。その代わり……」

「ああ、紅茶が飲みたくなったらいつでも言ってくれ」


 昔のようにとは程遠い。彼女はまだまだ俺に対して嫌悪感を抱いている。それは、言葉の節々から感じられる。

 だけど、それでも、こんな風に話せる日が来るとは夢にも思っていなかった。これから少しずつわだかまりをなくし、失った絆を取り戻していけば、いつか昔のように……

 そんな期待を胸に、俺は彼女の手伝いを始めた。

 

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