Chapter1 Scene4 柚希のレフィア
太陽がビルの谷間へと沈み始めた頃。とあるファーストフード店の片隅に、柚希を除いた三人が再集合していた。
けれど、和気あいあいという雰囲気ではなく、和哉先輩と莉子先輩の表情は少し硬い。あたしがこれから話す内容を、多少なりとも予想しているからだろう。
「そう身構えないで下さい」
「そうは言っても……ねぇ?」
「天音ちゃんの話って、柚希のレフィアの話なんだよな?」
あたしの場を和ませようとした一言にも、二人は警戒を滲ませる。
うぅん。ちょっとやりすぎたかなぁ。柚希に面倒な妹がいるって思われるのは、あたしの望むところじゃないんだよね。
「お二人の予想通りレフィアの話ですが、内容は違っていると思いますよ」
「そう、なの?」
「ええ、だから肩の力を抜いてください」
あたしはその場の空気を和らげるために、大好きなホットミルクティーを一口。二人を安心させるように微笑んで見せた。
「あたしは二人に、柚希のレフィアを知って貰いたいだけなんです」
「知って貰いたいだけ?」
莉子先輩はショートの黒髪を揺らし、可愛らしく小首をかしげた。
「確かにあたしは、柚希のことが大好きです」
「……そこは認めちゃうんだ」
「もちろん。柚希はあたしの初恋で、それは今もずっと続いているから」
「へ、へぇ……」
莉子先輩達は、あたしの告白にどん引きしている。でもそれは仕方のないことだろう。だって二人は、‘あたしが柚希の妹じゃない’ことを知らないから。
だから、あたしはその話題には触れずに話を進めた。
「あたしは柚希が大切だけど……うぅん。だからこそ、かな。必要以上に過保護なマネをするつもりはないんです」
「……つまり、影で柚希くんの敵を排除するようなマネはしないってことかな?」
「端的に言えばそうですね。そもそも、貴方たちを警戒してる訳じゃないですよ?」
「そ、そう……なんだ」
昇降口での出来事を思いだしているのだろう。莉子先輩の表情が引きつっている。
……やっぱり、やり過ぎた気がする。
「あの時はごめんなさい。あれは、あたしのライバルになるか警戒しただけだから。それ以外に、含むところはないんです」
「そうなんだ……って、今はボクを警戒してないってこと?」
あたしはその問いかけに頷き、和哉先輩をちらり。
「心配する必要、ないですよね?」
「なっ、ななな、なにを言ってるのかな?」
予想どおりあたふたと慌てる。
そんな莉子先輩を見て判りやすいなぁなんて思ったけど、今回は別に先輩の想いを暴くのが目的じゃないから、あたしはそれ以上追求せず、早々に話を戻すことにした。
「とにかく、あたしは二人を警戒してる訳じゃないんです。そもそも柚希のレフィアは、他人に悪用されにくい類いのモノですから」
「悪用されにくいって……癒やしの類いなんだよね? それなら、利用しようとする人はいくらでもいるんじゃないかな?」
「普通なら、そうでしょうね」
「……普通なら?」
「ええ。柚希のレフィアは、普通とは少し事情が異なるんです」
「そう言えば、あの女の子の様子がおかしかったよね」
女の子が柚希の存在を忘れていたのを思いだしているのだろう。あれはどういうことだったの? と、莉子先輩は首をかしげた。
「順を追って説明しますね」
いくら親しい関係でも、レフィアについて勝手に話すのはマナー違反だ。だけど、これは柚希を護る為にはどうしても必要なこと――と、自分を言い聞かせる。
そうして再びミルクティーを一口。説明する手順を素早く頭の中で構築していく。
「まずは柚希のレフィアですが、あらゆる病や傷を癒やす能力です」
「なっ、そこまで凄いレフィアなの!?」
「莉子先輩――」
「――莉子、声が大きいぞ。周りの奴らが何事かって見てる」
あたしが遮るより早く、和哉先輩が大声をたしなめた。
「ご、ごめんなさい」
慌てて謝罪する莉子先輩を横目に、あたしはさっと周囲を見回す。幸いにして。彼らの視線はすぐに離れていった。
あたしはホッと一息。それにしても――と、和哉先輩を見た。
和哉先輩にだって衝撃の内容だったはずなんだけど、第三者の立ち位置にいることで、莉子先輩よりは冷静だったのかな?
ふざけた行動に見せかけて、他人との距離を測るなんてマネもするくらいだし、意外と頼りになる人なのかもしれない――と、あたしは彼の評価を改めた。
それから一息つき、あたしは莉子先輩へと視線を戻す。
「落ち着きましたか?」
「うん、大きな声を出してごめんね。でも全てを癒やすなんて、世界中から狙われてもおかしくないほどの力でしょ? 軽々しく、人に教えちゃダメなんじゃない?」
莉子先輩は声をひそめたモノの、興奮の色は隠しきれていない。
でも、それは仕方ないことだ。あらゆる病や傷を治すレフィアなんて聞かされれば、誰だってこんな反応になるに決まってる。
――その代償を知らなければ、だけどね。
「普通なら莉子先輩の言うとおりでしょうね。でもそれは、あくまで普通なら。柚希のレフィアは代償が特殊なんです」
「代償……。そうだ。それだけの能力、代償も凄いはずだよね。秋葉くんは一体どんな代償を払っているの?」
「……なにも。柚希自身は、レフィアによる代償を差し出していません」
「差し出してないって……そんなのおかしいじゃない。レフィアの発動には、必ず使用者の大切ななにかが代償に――っ」
先ほどの女の子の反応を思いだしたのだろう。莉子先輩が息をのんだ。
「もしかして、秋葉くんの支払う代償って……相手の記憶?」
「ええ。より正確には、対象から向けられる好意的な感情や、それにまつわる記憶。それが柚希のレフィアに対する代償です」
柚希は他者との繋がりをなにより大切にしている。だから癒やした相手から、柚希に対する好意や楽しい思い出が、代償として失われるのだ。
――つまり、幸せを失うのは柚希だけど、実際に代償を支払うのは柚希ではないと言うこと。これは、無数にあるレフィアの中でもかなり特殊なケースだ。
自分よりも、他人を大切にする柚希だからこその代償。そして、そんな代償を支払った結果が、先ほどの小さな女の子の反応である。
柚希に助け起こされることで女の子が抱いた、好意的な感情や記憶を代償に、柚希は女の子の怪我を癒やした。
だから、治療後の女の子は、柚希の存在を忘れてしまっていたのだ。
「要するに、レフィアで傷を癒やすと、秋葉くんは相手から忘れられるってこと?」
それだけならまだ救いはあったけど……と、あたしは静かに首を横に振った。
「先ほどのように初対面であれば、結果的に忘れられるケースも珍しくはありません。でも対象が失う代償は、レフィアに関する記憶と、好意的な感情や思い出に限定されるんです。だから、逆に言えば――」
「負の感情や記憶は消えない……ってことかな?」
「そうです。だからもし友人に使えば――憎悪すら抱かれる」
「憎悪って……それはちょっと大げさすぎじゃない?」
あたしの表現が誇張だと思ったのだろう。莉子先輩が苦笑いを浮かべる。けれど、そんな風に思えるのは、柚希のレフィアの怖さを理解していないからだ。
あたしは五年前の悲劇を思いだし、スカートの端をギュッと握りしめた。
「莉子先輩、少し想像してみて下さい」
「なにを?」
「良い部分を全部取り払った和哉先輩です」
「……あぁ、それは最悪だね。確かに憎悪の対象だよ」
和哉先輩と仲の良い莉子先輩は、彼の悪いところを誰よりも知っているのだろう。心底嫌そうな表情を浮かべた。
「判って貰えましたか?」
欠点のない人なんて存在しない。少なくとも、あたしはそんな人を知らない。
なので一般的に考えて、親しいと言うことは、相手の良いところも悪いところもたくさん知っていると言うことになる。
だから、親しい人間から良い印象を取れば、後に残るのは最悪な印象だけ。それが、柚希のレフィアが起こす奇跡の代償、なんだよね。
「話を戻しますね。柚希の支払う代償は、対象が柚希に向ける純粋な好意とその記憶。つまり、相手が下心を持って柚希に近づいても、レフィアは発動しないんです」
「そっか。それで利用されにくいって話なんだね。でも、どうしてボク達にそのことを話したの?」
「それは……さっきの話には、実は裏技があるからです」
「裏技? どういうこと?」
「――柚希のレフィアを知る人間が、対象に柚希のレフィアを教えず、偶然を装って柚希と引き合わせる、だろ?」
沈黙を保っていた和哉先輩が、あたしの代わりに答える。その内容を聞き、あたしは和哉先輩の頭の回転の速さに軽い驚きを覚えた。
「その通りです。だからあたしは、お二人にこの話をしたんです」
「ええっと?」
まだ状況を理解していない莉子先輩が首を捻る。
「つまりだな。自分の為に柚希を利用することは出来ないが、自分の大切な誰かの為に柚希を利用することは出来るということだ」
「……あぁ、だから偶然を装って引き合わせるの?」
「そうだ。しかしそのケースを達成するには、対象に柚希のレフィアを隠し通す必要がある。だから、柚希のレフィアが周知の事実なら、このもくろみは達成できない」
「……そっか。秋葉くんの能力は、みんなに教えた方が悪用されにくいんだ?」
和哉先輩の説明で理解した莉子先輩が問いかけてくる。それに対し、あたしはこくりと頷いて見せた。
「だからそういった誰かが現れないように、お二人には柚希のレフィアを知っておいて欲しかったんです」
「それは……秋葉くんを悲しい目に遭わせないため……なのかな?」
「それもあります。でも、それだけじゃありません」
「……どういう意味?」
「レフィアが青い鳥症候群に揶揄されていること……お二人はご存じですよね?」
レフィアは手の内にある幸せを代償に、願いを叶える力。最初から手の内にある青い鳥は、決して手に入らない。
例えば、柚希に対する好意と引き替えに、不治の死病を癒やせるとする。レフィアをよく知らない人間なら、それくらいで命が救われるならと思うだろう。
……だけど、それは違う。
それくらいと思える程度の想いなら、命の代償にはならない。
死に至る病を治す代償になるほどの好意や思い出があるとすれば、それは命を引き替えにしても守りたいほどの大切な想い――と言うこと。
「あたしは、自分のような人間を、これ以上増やしたくないんです」
「それって、まさか」
「ええ。あたしは……天音は――」
「――こら、天音っ」
不意に、背後から聞き慣れた声が響く。そのちょっと怒ったような声に、あたしは思わずびくりと身を振るわせた。
◆◆◆
「ゆ、ゆゆゆっ柚希!? どうしてここに!?」
勝手なことをしているという自覚はあったのだろう。俺の声を聞いた天音は、面白いくらいに狼狽えている。
「急に忘れ物とか言って走り去るから、怪しいと思って探してたんだ」
「そ、そそっそんな風に人を疑うのは、感心しないよっ」
「それが勘違いだったなら、な」
「うぐぅ」
「なにか、言いたいことはあるか?」
無いなら判ってるよな? と天音の肩に手を置き、俺はにっこりと微笑んで見せた。
「うぇっ!? そ、そうだねっ、えっと……ば、晩ご飯はなにが良い?」
「……なんで晩ご飯?」
誤魔化すにしても酷すぎると、俺は呆れ顔を浮かべる。だけど、天音の誤魔化しはそこからが本領だった。
天音はがたっと立ち上がり、恥じ入るように自らを抱きしめた。
「えっ? そんなっ、夜はあたしを食べたいなんて、ダメだよぉ~」
「ちょっ、誰もそんなこと言ってないだろ!?」
それなりに混雑している店の真ん中で、天音が恥ずかしそうに声を上げたものだから、一瞬でざわめきが消え、周囲の視線が俺達に集中した。
不意打ちで奇異の視線を向けられた俺は、思わず顔が紅くなるのを自覚する。だから、慌てて天音の言葉を否定したのだが――
「でも、天音の体はお兄ちゃんに逆らえないように調教されてるので、その、えっと……先に帰って用意しておくね。やだっ、恥ずかしいっ」
「ちょ、まっ、おいいいいっ!?」
天音はいかにも『恥ずかしいけど、お兄ちゃんのためなら!』と言わんばかりのスタンスを保ったまま、俺が止める暇も無くファーストフード店から走り去っていった。
「……逃げたな」
「……逃げたね」
和哉と土岐が同時に呟く。
「さ、最悪だ……」
男性の妬むような視線や、女性の蔑むような視線に晒される。出来ることなら俺も、今すぐにでも逃げ出したい。
だが、和哉と土岐をそのままに帰るわけにはいかないので、帰ったら覚えてろよと拳を握りしめ、怒りで羞恥心を誤魔化した。
その後、突き刺さるような視線に耐え抜いた俺は、改めて二人へと向き直り、
「天音が迷惑を掛けたみたいですまない」
二人に向かって頭を下げる。
「そ、そんな。気にしないでよ。天音ちゃんは別に、ボク達に迷惑なんてかけてないから」
「そうなのか? 失礼なこととか言ってなかったか?」
土岐が気を遣ってくれているだけかもと思い、和哉へと視線を移す。だが、和哉も大丈夫だとばかりに肩をすくめた。
「心配性だな。天音ちゃんは、柚希の心配をしてただけだぜ」
「そっか……」
それならば良いという訳ではないけど、二人が怒っていないのは幸いだ。俺は良かったと安堵のため息を吐いた。
その時、タイミングを見計らったように、俺のスマフォにメッセージが届いた。
「ちょっと悪い」
俺は二人に断りを入れて、スマフォを取り出して内容を表示する。差出人はさっき逃げたばかりの天音で、そこには――
『さっきはごめんね。
お詫びに、あたしの食べ残したポテトのセットを食べて良いからね』
と書かれていた。……食べ残しを勧めるなよな。
俺は心の中で文句を言いつつ、天音が置いていったミルクティーを一口。そうしてふと顔を上げると、二人がなにか言いたげな表情で俺を見ていた。
「……なんだよ?」
俺が尋ねると、二人はどうするとばかりに顔を見合わせた。なにか聞きたいことがあって、だけど聞いて良いか悩んでいると言った感じかな?
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
俺が促すと、和哉がそれならと口を開いた。
「天音ちゃんから、お前のレフィアについて聞いた」
「……そうか」
タイミングからそんな話だろうと予想してたので、動揺を表に出すことはなかった。
だけどーー
「それで、天音ちゃんが言ってたんだよ。自分みたいな人を増やしたくないって」
「――っ。そっか……天音は、そんなことを言ってたのか」
今度は動揺を抑えられなかった。俺はレフィアを使い、天音の大切な思い出を根こそぎ奪い去った過去がある。
もちろん、それは天音を救う為に必要な処置だったと思ってる。だけど、それでも、俺が天音の大切な想いを奪った事実に変わりはない。
だからそんな風に思われているかもしれないと予想はしていた。けど、実際にそんな風に聞かされると、想像以上に胸が痛い。
「……もしかして、お前は天音ちゃんにレフィアを使ったのか?」
「ああ。あれは、今から十年ほど前だ。天音が交通事故に巻き込まれたんだ」
「交通事故……って、車かなにかに?」
「ああ、車にはねられた……らしい」
「らしい? って、どういうことだ?」
「それは――」
加害者である運転手の供述と、実際の状況が食い違っているのだ。
ただ、運転手は全面的に過失を認めていて示談で話は付いている。だから問題にはなっていないのだけど、俺はどうしてかそのことがずっと引っかかっている。
だから『らしい』なんて言い方をしてしまったのだけど……
それを二人に話しても仕方がないと思い直し、「悪い、さっきのは忘れてくれ」とその話を打ち切り、話題を元へと戻す。
「とにかく、天音はその事故で下半身不随となったんだ」
「そんなに酷い事故だったのか……」
「ああ。あれは……きつかったなぁ」
俺は当時に思いを巡らす。
あの頃の天音は少し不器用だけど甘えたで、俺の後ろをずっとついて回っているような大人しい女の子だった。
なのに、交通事故に遭って入院し、もう二度と立ち上がれないかもしれないなんて言われ、天音がどれほどショックを受けたことか。
もう、お兄ちゃんの後を追いかけられない。お兄ちゃんにおいて行かれちゃう。そんなのは絶対にイヤなのに――って、ずっと……泣いていた。
「あの時の俺は、悲しむ天音を見ていられなくてさ。なんとかしてあげたいって必死に願ったんだ。それが、俺がレフィアに目覚めた切っ掛けだよ」
「そうだったのか……って、待てよ。それならどうして、天音ちゃんはあんなにお前を慕ってるんだ? レフィアを受けたなら、お前を嫌わなきゃおかしいだろ?」
「……そうだな。実際、あの頃は嫌われてたよ」
天音が笑う日常を取り戻したくて、俺は目覚めたばかりのレフィアを使った。
そうして、俺は天音を救うことが出来た。天音の脚はたちどころに治り、次の日には走り回れるほどに回復していた。
だけど、天音は俺に笑顔を見せてくれなかった。
いつもは『お兄ちゃん、お兄ちゃ~ん』と甘えてくる天音が俺を見て、貴方なんて大っ嫌い、顔も見たくない! なんて、口汚く罵ったのだ。
初めはなんの冗談かと思った。そして徐々にそれが本気で言っているのだと判り、どうしてそんなことを言われなきゃいけないんだって哀しくなった。
だけど、それがレフィアの代償だって聞かされて、天音を救った結果だって知らされて……レフィアが青い鳥症候群なんて揶揄される意味を子供ながらに理解した。
「あの頃は、もう二度と、お兄ちゃんなんて呼んでくれないと思ってたよ」
「なら、どうして今みたいになったんだ?」
「それは……一応切っ掛けはあるんだけど、俺も良く判ってないんだよなぁ」
「なにがあったんだ?」
「五年ほど前にさ、俺が他の子にレフィアを使ったんだ。それを見てから、急に態度が変わった」
「他の子にレフィア?」
「ああ、幼なじみに、ちょっと……な」
天音の時と同じか、それ以上に悲しかった思い出。
けど、知り合ったばかりの彼らにそんな話をするのはキツイ。だからそれ以上触れないでくれというニュアンスを込め、俺は言葉を濁した。
「……ふむ。つまりこういうことか? 天音ちゃんは、お前を嫌っている理由が、助けられた結果だと知った。だから、態度を軟化させた?」
「多分、な……」
歯切れが悪いのは、腑に落ちない点がいくつかあるからだ。
そもそも、信じてもらえなかっただけで、俺がレフィアを使った事実は、それまでにも何度か説明している。
いくら実際にレフィアのもたらす結果を目の当たりにしたからといって、すぐさま態度を豹変させるとは思えない。
だけど事実として、天音は翌日から態度を豹変。大切な幼なじみと決別して絶望した俺を、献身的なまでに励ましてくれた。
あの頃は落ち込んでいて気が回らなかったけど、後から考えればずいぶんと不自然な豹変ぶりだったと思う。とは言え、人の心は複雑で、説明できることばかりじゃないだろうと、今は納得することにしている。
「なんにしても、あんなに巨乳で可愛くて、しかも胸の大きい妹に慕われるとか、リア充すぎだぜ」
どれだけ巨乳好きなんだと言いたくなるような発言。
素で言っているのか、それとも空気を和ませようとしているのか。恐らくは前者だろう。和哉は「妬ましいっ」と拳を握りしめている。
「まぁ……妹に好かれるのがリア充かはともかく、嫌われるよりはずっと良いよな」
俺はしみじみと呟き、かつての幼なじみだった咲夜ちゃんを思いだした。
レフィアを使って以来、彼女とは一度も会っていない。記憶の混乱を恐れた彼女の両親が会わせてくれなかったからだ。
もちろん、それでも咲夜ちゃんと会うのを諦めてなかったけど、俺が親の都合で引っ越こして疎遠になり、もう五年が過ぎている。
叶うならもう一度、咲夜ちゃんとの絆を取り戻したい。
引っ越ししていないのなら、今でもこの街に住んでいるはずだけど……彼女は元気でやっているだろうか――と、そんな風に考えたところで、咲夜ちゃんがクラスの人気者だったことを思いだした。
彼女の性格ならば、たくさんの友達に囲まれて元気に過ごしていることだろう。
「……柚希?」
「っと、悪い。なんでもない。取り敢えずそんな訳だから、天音が言ったことはあまり気にしないでくれよ」
俺は哀しい過去を押し流すように、残ったミルクティーを飲み干した。