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Chapter1 Scene2 狙いすました偶然の出会い

 放課後。

 俺はさっそく、先生の好意を受け取ったことを後悔していた。

「柚希よ。親の都合と言っていたが、両親はなんの仕事をしているのだ?」

「このバカズヤ! 人のプライバシーに軽々しく首を突っ込むなって、何度言えば判るのさっ!?」

「はっ、そういう莉子だって、柚希の話に興味あるだろ?」

「確かに興味くらいはあるけど……でも、礼儀ってモノがあるでしょ!?」

 とまぁ、こんな感じで一日中、俺を挟んで二人がやり合っているのだ。


 おかげさまで「お前も転校早々大変だなぁ」なんて感じで同情の声が集まり、他のクラスメイトとは早々に打ち解けられそうではある。

 その点は感謝しなくもないけど……それを差し引いても、二人は騒がしいことこの上ない。もう少しだけ静かにしてくれても良いと思う。


「はっ、礼儀だと? がさつなお前の何処に、礼儀があるというんだ? あぁ、確かにお前の胸は慎ましやかだなっ!」

「誰の胸が慎ましやかだよ! ボクの胸が小さいのは、和哉のせいでしょっ?」

 ……うん? なんか今の、妙な言い回しじゃなかったか? 土岐の胸が小さいのは和哉のせいって、どういう意味だ?

 逆ならまだ分かるけど……と視線を向ける。だけど、二人は口論に夢中で俺の視線には気づいてくれない。

 ……うぅん。

 物理的にも、話の内容的にも中心にいるはずなのに、完全に蚊帳の外だ。

 土岐の発言は気になるけど……『土岐の胸が小さいのは和哉のせいってどういう意味?』なんて聞いた日には、俺が変態扱いされかねない。

 ……しょうがない。聞かなかったことにしようと、俺は帰り支度を始める。直後、口論を続けていた二人が、示し合わせたかのように俺へと視線を向けた。


「……なんだよ?」

「いやなに、柚希はもう帰るつもりなのかと思ってな」

「そりゃ帰るだろ。もう放課後なんだし」

「そうか。ならその前に校舎を案内してやろう」

「校舎の案内? ……いや、申し出はありがたいけど、特に変わったモノがあるわけじゃないだろ? わざわざ案内をして貰うほどじゃないよ。だから――」

「ならば街を案内してやろう!」

 必要ない――と言うより早く、和哉に次の提案を突きつけられた。


「いや、それも別に……まぁ良いか」

 実のところ、俺は五年前までこの街に住んでいたので、街並みが変わって戸惑う程度のことはあっても、案内が必要なほどじゃないんだよな。

 だけど、そんなネタを提供すれば、色々と質問されるのは目に見えている。

 それに和哉達は案内を口実に、俺が打ち解けやすいように気遣ってくれているみたいだし、せっかくの好意を無下にすることはないだろう。

 そんな風に考えて、俺は彼らと寄り道をすることにした。



 そうして三人で向かった下駄箱の前。和哉がおもむろに感嘆のため息を吐いた。

「おぉぉ……なんだあの美少女は」

「……美少女?」

「ほら、あの入り口の柱に寄り掛かってる、胸の大きな女の子だよ」

 和哉の示す方向を見れば、たしかにセミロングの女の子が一人。大切な誰かを待っているかのように幸せそうな表情を浮かべ、柱にそっと寄り掛かっている。

 幼さが残るものの、見る者を惹き付ける整った顔立ち。スタイルも良く、外から吹き込む風に艶やかな髪を揺らす姿は、ドラマのワンシーンのようにも見える。

 客観的に見れば、稀に見る美少女だった。


「襟のカラーは一年だというのに、物憂げな表情といい、胸の大きさといい、とても年下とは思えんな。今すぐあの胸に飛び込みたい――」

「ぐはっ!? な、なんで柚希まで……がくっ」

 和哉は顔面と腹に、それぞれ土岐と俺の鞄を食らって崩れ落ちた。

 そんな騒動が聞こえたのだろう。彼女はふと顔を上げた。そして視線を彷徨わせた先にいた俺を見つけると、花がほころぶような微笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

「お兄ちゃん、いま帰り?」

 彼女の名前は天音。俺と一緒に本日付で転校をした、親愛なる妹だ。


「ああ。そういう天音は、そんなところで何をやってるんだ?」

「奇遇だね。あたしもこれから帰るところなんだよ」

「……いや、奇遇って。思いっきり、俺が来るのを待ってたよな?」

「え、まさか。ちょっと物思いにふけってただけだよ?」

 しれっと言ってのけるが、そんなはずはない。嘘をつけ嘘を――なんて言葉が喉元までこみ上げるけど、俺はその言葉を飲み込んだ。

 代わりにちょっとしたイジワルを思いつき、芝居掛かった仕草で肩をすくめる。


「残念ながら奇遇じゃないな」

「うん? どういうこと?」

 天音はちょこんと小首をかしげる。

「俺はこいつらと寄り道する予定なんだ」


 僅かな沈黙。

 天音は再び笑みを浮かべた。


「やっぱり奇遇だね。実はあたしもその二人に案内して貰う予定なんだよぉ」

「いやいやいや、いくら何でもそれは無理があるだろ? いつの間に知り合ったって言うつもりなんだよ」


「――それは今だ!」

 叫んだのはいきなり復活した和哉だった。彼はずずいっと天音に迫ると、勢いに任せて話し掛けた。

「今この瞬間から、天音と俺達は親友だ。だから一緒に遊ぼうぜ!」

「えっと……ありがとうございます。それじゃ、あたしもご一緒させて頂きますね」

 天音が目を白黒させたのは一瞬、直ぐに愛くるしい微笑みを浮かべた。こういう状況でも冷静でいられる天音は、正直大物だと思う。


「おおっ。胸が大きいだけあって心も広いなっ! 俺は和哉、よろしくなっ!」

 穏やかな対応の天音に気を良くしたのか、和哉は右手を差し出した――が、

「――でも、あたしを天音って呼んでいい男の子は、この世でお兄ちゃんだけなので、呼び捨てにしないで下さいね。馴れ馴れしい」

 天音は愛くるしい笑顔を張り付かせたまま、和哉の手をペちっとはたき落とした。

「ひ、ひどい……」

 がくりと崩れ落ちる和哉。

 ほんの少し同情しないでもないけど……自業自得だと思う。


「まったく。キミはなにをやってるんだよ」

 土岐は打ちひしがれる和哉を容赦なく蹴り飛ばし、天音の前へと立った。

「ごめんね。あのバカは気にしないでいいからね」

「ええっと……貴方は?」

「ボクは莉子。土岐 莉子だよ。よろしくね……えっと、秋葉さん?」

「さっきのは異性の話なので、天音と呼び捨てにして頂いても結構ですよ。あたしも莉子先輩と呼ばせて頂くので」

「そっか、なら天音ちゃん、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 天音はスカートの端をちょこっとつまんで、優雅に膝を折って見せた。それで終わっていれば丸く収まったのだが、「ところで」と、天音は土岐に一歩詰め寄る。


「一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」

「え? もちろん構わないけど……な、なにかな?」

 和哉の件があるからだろう。土岐は少し警戒の色を見せつつ答える。そんな彼女に、天音は穏やかな表情で続けた。

「兄とは今日が初対面だと思うのですが、どうして街の案内を?」

「あぁ、それは同じクラスだからだよ」

「そうですか。偶然クラスが同じだったから、たまたま案内をすることに?」

「う、うん。せ、席も隣だったしね」

「同じクラスで隣の席……つまり、図らずも席が隣で知り合いになったので、なんとなく一緒に帰ることになったと?」

「そ、そうだね。先生に、新入生の世話をしてくれって、ボクと和哉が」

「お世話を、ですか。それは、ただの、普通の、クラスメイトとして、ですよね?」

「そ、そうだけど……って、秋葉く~ん、キミの妹さん、怖いんだけど……」

 土岐が泣きそうな面持ちを向けてくる。俺は申し訳なくなってすまんと謝罪。天音の襟首を掴んで引き剥がした。


「天音、俺の言ったことを忘れたのか?」

「……言ったこと? 卒業したら結婚しよう?」

「そんな死亡フラグは立ててねぇよ!」

 ちなみにこの場合、社会的に死ぬ方のフラグである。


「でも、想ってはいるんだよね?」

「想ってもないっ!」

「大丈夫、判ってる。無理して言わなくて良いんだよ?」

「……無理に言わせようとしてるのはお前だからな?」

 ジト目で睨み付けるが、天音はまるで聞こえていないかのように続ける。

「えへへ、面と向かって言うのは恥ずかしいもんね。でも、プロポーズの時は、背後から強く抱きしめて、薬指にエンゲージリングをはめながら愛を囁いて欲しいなぁ」

「だーかーらーっ! ちょっとは人の話を聞けよ!? 俺は周りの人に迷惑を掛けるなって言ったんだ!」

「え、迷惑なんて掛けないよ。私がお兄ちゃんを困らせるような事をすると思う?」

「本気で心外そうに言うな! いまこの瞬間、俺を困らせてるだろうがっ!?」

「やだなぁ。それはお兄ちゃんのためを思って……」

「――言うこと聞かないなら、もう口をきかないからな?」

「そ、そんな――っ」

 天音はまるでもうすぐ世界が終わると聞かされたかのように絶望し、よろよろと後ずさった。ここまでショックを受けるのはどうかと思うけど……チャンスには変わりないので畳み掛ける。


「さぁ、二人に謝るのか、謝らないのか」

「……うぅ、お兄ちゃんの鬼畜ぅ。でも天音の体は、お兄ちゃんの命令に逆らえないように調教されているので、素直に言うことを聞きます……ごめんなさい」

「お前は……またそうやって人聞きの悪いことを……」

 俺は不安になって二人を見る。彼らは案の定、微妙な表情を浮かべていた。天音の言動が本気なのかそうでないのか、判断しかねているのだろう。

 俺は頬が引きつるのを自覚しつつ、彼らに向き直った。


「な、なにか言いたいことがあるのか?」

「いや、なんて言うか、なぁ?」

「そ、そうだね。なかなかユニークな妹さんだね」

 ……気遣われてる感がヤバイ。

「えぇっと……少し変わった妹だけど、良ければ仲良くしてやってくれ」

 俺は引きつった笑みを浮かべつつ言い放った。

 

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