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エピローグ いつかきっと

 ――あれから、一週間が過ぎた。

 もちろん、そのあいだには色々なことがあった。


 まずは天音のこと。

 学年が一つ下がったこともあり、最初は新しい環境に戸惑っていたようだけど、今では天音としての生活に馴染みはじめていた。

 お嬢様として過ごしていたせいか料理だけは苦手みたいだけど、毎晩のように特訓しているので、焦げてない料理が食卓に並ぶのもそう遠くはないだろう。

 ついでに言うと、会長代理として役員がいなくなった生徒会を取り仕切っている。

 転校生の、それも一年が、なんて声も上がってはいるけれど、天音は元々生徒会長を務めていたので、手順は誰よりも心得ている。

 周囲のそういった声もすぐに収まるだろう。


 そして、咲夜のこと。咲夜は……入院している。

 とは言え、病が治らなかったわけじゃない。今度こそ悲劇を繰り返さないために、万が一を考えて徹底的に検査をしているのだ。

 そしてその結果は、どうやら良い方向に向かっているらしい。

 けれど代償として、咲夜は俺に対する好意的な感情や想い出と一緒に、ここ五年の記憶の多くを失った。

 当然、俺に対して憎悪を抱いている。

 俺の幼なじみだった咲夜は、もうこの世のどこにもいない。


 だけど――


 病室を訪ねると、彼女はベッドサイドに腰掛けて日記を眺めていた。

「……柚希。今日も、会いに来てくれたの?」

 咲夜が俺を見てぎこちなく微笑む。

「そういう咲夜は、今日も日記を読んでたのか?」

「うん。だって、思い出せないままだなんて、なんだか悔しいじゃない。こうして繰り返し読んでても、まるで他人の日記を読んでるみたいなんだよ?」

 ――天音を筆頭に、咲夜の両親や楓ねぇ。それに事情を知った和哉達までもが必死に、記憶を失った咲夜に様々な話をしてくれた。

 その結果、咲夜は負の感情を抱きながらも、俺が側にいることを許してくれたのだ。


「柚希に聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「いいけど……聞きたいこと?」

「うん。いくら日記を読んでも書いてないから、聞きたいんだけど……あたしと柚希って、付き合ってなかったの?」

「ああ、付き合ってなかったよ」

「でも、五年もずっと一緒にいたんでしょ?」

「ずっと一緒って言っても、俺は咲夜が妹だって思ってたからな。咲夜も、天音の体を使ってることを気にしてたみたいだし」

「そっか。心は別人でも、体は兄妹だもんね。なら、体が戻ってからは?」

「体が戻ってからレフィアを使うまで一日。数十分しか話してないんだぞ?」

「そう言えば……そうだったね」

 咲夜は日記をちらり。日記で読んだ知識と、俺の話をすりあわせているのだろう。

「なら、今の柚希は? 柚希はあたしと付き合いたいのかな?」

「なっ、なんでそんなことを聞くんだ?」

「だって柚希はあたしのために、たくさん辛い思いをしてくれたんでしょ? 今もこうしてお見舞いに来てくれてるし……あたしのことが好きなのかなって思ったんだけど」

「そ、それは……そっ、そういう咲夜はどうなんだよ?」

 恥ずかしさから逃げるように質問を投げ返す。

 咲夜は「あたし?」と小首をかしげた。


「……正直に言って良いの?」

「い、いや、今のだけで大体判った」

 レフィアの影響を受けた咲夜に、好きという想いは欠片も残っていない。寂しくはあるけど、当然の答えでもあると、俺はその現実を受け入れた。


「でも、付き合ってみても良いかな――とは、思ってるんだよね」

「え? な、なんだよそれ」

 予想だにしない言葉に、俺は咲夜をマジマジと見つめる。


「だって、今のあたしって記憶喪失みたいなモノでしょ?」

「まぁ……そうだけど」

「右も左も分からない。そんなあたしに尽くしてくれる命の恩人が――自分の命と同じくらい大切だったはずの男の子がいるんだよ?」

「……もしかして、俺に同情してるのか?」

 もしもそういう理由なら、気を遣って欲しくないなと思った。

 俺はいつまでも咲夜との約束を覚えているつもりだけど……咲夜には過去にとらわれないで、自由に生きて欲しいと思うから。


「変、かな? 柚希は恩人だから、恩を返さなきゃって思ったんだけど」

「その気持ちは嬉しいよ。でも、俺のためとか無理しなくて良いから」

「……柚希は優しいね」

「そうか?」

「うん。記憶を失ったあたしより、全部覚えてる柚希の方が辛いはずでしょ? それなのに、柚希はあたしの心配をしてくれてる。記憶を失う前のあたしが、命より柚希への想いを選ぼうとしていた理由、少しだけ判った気がするよ」

 咲夜はそう言って、日記の表紙を愛おしそうに撫でた。

「今は柚希の思いに答えられないけど……いつかきっと、柚希のことをもう一度好きになる。思い出も全部思いだしてみせる。だから、それまであたしの側にいてね」

 俺は息を呑んだ。


「……その言葉、誰から聞いたんだ?」

「誰からって、自然と出てきたんだけど……もしかして、前にも似たようなことを言ったのかな? だったら、日記で読んだのかも」

「そっか……」

「……どうしたの? もしかして、図々しいお願いだった?」

 咲夜が不安げに俺を見上げる。


「……うぅん、そんなことないよ」

「……ホントに?」

「ああ、嘘じゃない」

「じゃあ……約束してくれる?」

「……約束する。俺はずっと、咲夜の側にいるよ」





 ――いつかきっと、柚希のことをもう一度好きになる。思い出も全部思いだしてみせる。だから、それまであたしの側にいてね。


 その言葉が日記に書いてるはずなんてない。だってその言葉は、俺がレフィアを使う寸前に、咲夜が紡いだ願いだから。


 覚えているはずのない約束を咲夜が口にした。

 その意味は、きっと――

 

 

 最後までお読み頂きありがとうございます。

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