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Chapter4 Scene2 天音が取り戻した日常

 自宅へと戻った俺は少し迷った末に、咲夜の使っていた部屋に天音を運ぶ。そうして、ベッドにそっと下ろした。


「……ここは?」

 ベッドに下ろした反動で目が覚めたのか、天音がうっすらとまぶたを開く。

「ここは天音の部屋だよ」

「天音……そっか、私は……」

 天音は複雑な表情を浮かべる。


「ええっと、その……辛いなら辛いっていって良いんだぞ?」

「ば、バカなこと言わないで。平気に決まってるじゃない」

「そっか……」

 辛そうな表情でそんなことを言われても、少しも平気には見えない。

 けど、今の天音に必要なのは、俺が側にいることじゃなくて、一人で考える時間だろう。そう思ったから、俺は立ち去ることにした。

「俺は部屋にいるから、なにかあれば呼んでくれ」



 自室へと戻った俺は一人、窓から見える夜空を見上げて物思いに耽っていた。

 そうして考えるのは、天音がずっと眠っていた理由。学校から家に運ぶまでずっと眠っていたのは、天音が相当に疲れていたからだろう。

 ――だけど、天音の体を少し前まで使っていたのは咲夜だ。つまり、咲夜がそれだけ疲れていたと言うこと。

 元気そうに振る舞いながらも、今回の件で色々と思い詰めていたのだろう。

 それなのに、俺はそんな彼女の状態に気づくどころか、二人の入れ替わりにすら気づかなかった。本当に、自分はなにをやっているのかとため息をつく。


 ――直後、リビングから天音の悲鳴が響いた。驚いてリビングへと走る。すると周囲には煙が立ちこめていた。


「な、なんでなんでっ、どうしてこうなるのよ!?」

 キッチンの方から、煙と共に天音の悲鳴が漏れている。

「……あ、天音?」

 キッチンを覗き込むと、天音の後ろ姿がびくりと跳ねた。

「あっ、秋葉く――じゃなくて、えっと、お、おに、お兄ちゃん、な、なに?」

 天音がキッチンを背に、引きつった笑みを浮かべる。

 ずっと他人だと思っていた相手が実の兄だった。そんな状況の変化に戸惑っている――と、見えなくもないが、実際のところはおそらく違う。

 背後の惨状を隠そうとしているのだろう。天音の背後に見えるキッチンが、なにやら地獄絵図だった。


「……なにをやってるんだ?」

「み、見て判らないかしら?」

 見て判らないから聞いている――という突っ込みを飲み込み、キッチンへと視線を向ける。なにやら焦げたご飯粒が辺りに散乱し、圧力鍋から煙が吹き出ている。


「夕食を作ろうとして『まずはご飯よね。でも、ご飯を炊飯器で炊くなんて本格的とは言えないわ』――って感じで、圧力鍋で炊こうとして失敗した?」

「判らないでよぉ……」

 天音がめそめそと崩れ落ちた。適当に言ったんだけど、どうやら図星だったらしい。


「って言うか、なんで夕食を作ろうとしたんだ?」

「それは……だって、私は秋葉家の食事を担ってたのよね?」

「そうだけど……」

 どうして知ってるんだと尋ねる。


「部屋で日記を見つけたのよ」

「うわ、人の日記を勝手に読むとか、最低だな」

「わっ、私の日記なんだから良いでしょ?」

「書いたのは咲夜だけどな?」

 呆れ眼でジロリ。天音はばつが悪そうに視線を逸らした。


「だ、大丈夫よ。ちゃんと、私向けに書かれてた方を読んだから」

「天音向け……って、どういう意味だ?」

「えっと、だから、咲夜……さん?」

 数時間前まで自分の名前だと思っていたので違和感があるのだろう。天音は何処か言いにくそうに首を捻っている。


「以前の天音は、咲夜お姉ちゃんって呼んでたかな」

「咲夜お姉ちゃん……ねぇ。なんだか呼び慣れないわ」

「まぁ好きに呼べば良いだろ。どっかの誰かみたいに、馴れ馴れしいって怒ったりはしないと思うぞ?」

「誰かって、誰のことよ……?」

 非難がましい視線を向けられるが、俺は素知らぬ顔で受け流す。


「取り敢えず、咲夜さんで良いんじゃないか?」

「……そうね。とにかく、日記は二冊あったの。その一つは、咲夜さんが私のために書いた日記よ。最初から、それらしい記述が幾つもあったわ」

「あぁ……なるほど」

 咲夜はいつかこんな日が来ることを予想してたんだな。それで体が戻った時に天音が困らないように、自分の行動を日記につけていた……と。

 なんて言うか、咲夜らしいなぁ。


「それで自分が夕食を作らなきゃって思って、咲夜に負けないようにと背伸びした結果、この惨状を引き起こしたってことか。……ずいぶんとお粗末だな」

「くっ、そうよ、その通りよっ。悪かったわねっ! でも、そんなにストレートに言うことないでしょ! さっきからなんなのよ!?」

 天音は眉をつり上げる。割と本気で怒らせてしまったらしい。


「……悪い、言い過ぎた」

「良いけど……」

 俺の変わり身の速さに拍子抜けしたのだろう。天音は意外そうに矛先を納めた。

「妙に素直ね。そんなに簡単に謝るなら、初めから余計なこと言わなきゃ良いのに」

「悪気はなかったんだよ。ただ、その姿だとつい、な」

「……そっか。お兄ちゃんから見たら、さっきまで咲夜さんだったんだものね」

「そうそう……って言うか、お兄ちゃん?」

 今更ながらに突っ込みを入れる。


「おかしいかしら? 私は貴方の妹なのよね?」

「まあそうだけど……」

「だったら、お兄ちゃんで良いでしょう?」

「まぁ、な」

 以前はそう呼ばれていた訳だし、咲夜にだって時々とは言えそう呼ばれていた。別に止める理由はないはずだ。


「でも、天音の方は平気なのか?」

 暗に、俺のことを嫌っていたはずだろう? というニュアンスを込めて尋ねる。

「まぁお兄ちゃんに対する嫌悪感は人工的なものだって判ったし。それに……私、お兄ちゃんって存在に憧れてたのよね。だから、ちょっと嬉しい、かしら」

「憧れてた、ねぇ……」

 もしかしたら、記憶を失ってもなお、兄がいたという記憶がどこかに残っていて、失ったモノを無意識に求めていた――なんて、都合よく考えすぎかな。


「……でも私、実のお兄ちゃんに、あ、あんなことをしちゃったのよね……」

 天音がぼそりと呟く。その指は、自らの下腹部に添えられていた。その意味に気づき、俺は顔が赤くなるのを自覚する。

 しかし、だ。あの時は咲夜の姿をしていたけれど、その魂は実の妹だ。忘れてしまうのがお互いのためだろうと、聞こえないフリをする。

「そ、そう言えばお腹すいたな!」

「悪かったわね、失敗して」

 ……しまった。話題の振り方を間違った。


「いや、ええっと。夕食なら冷蔵庫に天音――じゃなくて、咲夜の作り置きがあるはずだからさ。今日はそれを――」

 食べれば良いと言おうとした矢先、天音は「知ってるわよ」とそれを遮った。

「……気づいてたのか? なら、どうして。……もしかして」

 今回の一件で咲夜を恨んでいて、咲夜の作ったご飯なんて食べられないというのだろうかと不安になった。でも、それは杞憂だった。

「違うわ。そうじゃなくて、少し味見をしたら、凄く、凄~く美味しかったのよ」

「……美味しかったなら、どうして自分で作ろうって話になるんだ?」

「だから、それは……」

「あぁ、それでさっきの話に繋がるんだな。対抗意識を燃やして……」

「……拗ねるわよ?」

「わ、悪い悪い」

 中身が入れ替わったことを忘れる訳ではないのだが、天音の姿を見ると、この五年間のノリで、ついついキツイ突っ込みを入れてしまう。

 気をつけないと――と、俺は自分に言い聞かせた。そしてそれと同時。俺でもこんなに混乱しているのだから、天音自身はもっと混乱しているだろうと心配になる。


「……天音は、もう落ち着いたのか?」

「もう大丈夫、とは言えないわね。自分が咲夜だと思って生きてきたのに、いきなり別の人間だって言われたんだもの。正直、まだ混乱してるわ」

「……そうだよな」

「そんな顔しないで。もう少しすれば、きっと気持ちの整理がつくから」

「でも、今まで家族と思ってた人と別れるとか……色々あるだろ?」

「そう、ね。楓ねぇや、お父さんとお母さん……じゃなくて、小父さんと小母さんは本当に私に優しくしてくれたわ。だから、寂しくないって言えば嘘になるわね」

「……天音」

「だから、そんな顔しないでって。平気よ。二度と会えなくなる訳じゃないんだし。今の私には、お兄ちゃんや本当の両親がいるのでしょ?」

 強がっているのは明らかだが、無闇に気遣っても天音の不安を煽るだけだろう。だから俺は「天音は強いな」と、その頭をくしゃくしゃと撫でた。

「……子供扱い、しないでよね」

 天音が照れくさそうに俺の手から逃れる。


「それよりお兄ちゃんは、咲夜さんのことをどうするつもりなのよ?」

「――っ」

 あえて避けていた話題に予想外の形で触れられ、俺は激しい動揺を覚えた。そんな空気が、天音にも伝わったのだろう。彼女は気まずげに視線を逸らす。


「ごめんなさい。私が口にしていい話題じゃなかったわね」

 天音は言葉以上に罪悪感にまみれた表情を浮かべた。どうやら、この状況を招いた原因が自分にあると思っているらしい。

 ……俺は天音をそれ以上悲しませたくなくて、努めて明るい表情を浮かべる。


「俺はさ、天音に感謝してるよ」

「……嘘よ。お兄ちゃんは、こんなにも悲しい目に遭ってるじゃない」

「それは天音のせいじゃないよ。もし天音があの日、レフィアを使っていなくても、きっと今と同じ状況になってたさ」

「気休めはよしてよ。私が気づいてないと思ってるの? 咲夜さんの病気が再発したのは、私の想いが、レフィアの代償に見合ってなかったからでしょ?」

「それは……」

 おそらく事実だ。家族としての純粋な想いではあっても、命に匹敵するほどの強い絆ではなかった。咲夜の病が再発したのはそれが理由だろう。


「あたしがレフィアを使わなければ、咲夜さんの病は一度で完治してたはずよ。だから、お兄ちゃんが二度も傷つく必要なんてなかったのよっ!」

「……そうかもな。でも、俺は天音を恨んだりしてないよ。だって天音のお陰で、咲夜と一緒に過ごすことが出来たんだから」

 この状況が天音のせいだというなら、いままで咲夜と過ごせたのも天音のお陰。

 それに天音は、咲夜のためにレフィアを使った。それは、俺が咲夜にしようとしたのと同じこと。それなのに、恨むなんて出来るはずない。

 だから気にするなと、俺は天音の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「……だから、子供扱いしないでってば」

「妹扱いしてるだけだって。それに、俺はまだ諦めた訳じゃない――っ」

 天音を慰めるつもりで何気なく紡いだ自らの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 咲夜にレフィアを使えば、今度こそ二度と関わることは出来ない。そんな風に思い込んでいたからだ。


「……天音。俺に協力してくれないか?」

「協力? 私に出来ることなら、なんだってするけど……なにをすれば良いの?」

「それは――」

 俺は自分の思いついたアイディアを天音に伝えた。

 

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