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Chapter4 Scene1 命よりも大切な想い

 俺は言葉を失っていた。

 五年前、失意に落ち込む俺を慰めてくれたのは、目の前の少女だった。妹として、家族として、誰よりも側で俺を支えてくれた。

 そんな彼女が、実は咲夜ちゃんだった。そんな突拍子もない話は、とてもじゃないけど信じられない。


「……おかしいだろ。それが本当なら、どうして彼女はそれを覚えてないんだ?」

 長い、長い沈黙の後、俺はようやく声を絞り出した。そうして俺は、ソファで眠る少女、咲夜ちゃんの姿をした女の子を見る。

「それに五年前の天音は、俺のことを嫌ってた。もし本当に入れ替わってたのなら、俺のレフィアで癒やせるはずないだろ?」

「その答えは簡単だよ。柚希に対して好意がなければ、レフィアは発動しない。だから五年前の天音は、柚希に好意を抱いていたんだよ」

 咲夜ちゃんを名乗る少女がこともなげに答えるが、それこそ俺にとっては信じられない答えだった。


「そんなのあり得ない。あの頃の天音は、俺と話すのだって嫌そうにしてたんだ」

「そうだね。あたしも覚えてるよ」

「なら判るだろ。天音が俺を慕ってたはずなんてない」

「どうしてそう思うの? 思い出を失う前の天音は、柚希を大好きだったんだよ? 五年も一緒にいて、ずっと嫌いなはずないじゃない」

「態度はそのままでも、心は変わってたって言うのか?」

「きっとね。一度嫌いだって言ってしまったから、素直になれなかったんだと思う。天音って、そういうところがあったでしょ?」

「それは……」

 確かに昔の天音は、そういう意地っ張りなところがあった。

 だけど、だからって、咲夜ちゃんだと言い張る天音の言葉を容易に信じることは出来ない。俺はそれを確かめるため、質問を続けることにした。


「……その仮定が事実なら、レフィアが発動した可能性はある。でも、その話が正しければ、お前は咲夜ちゃんなんだろ? どうして、天音の気持ちが判るんだよ?」

「判るわけじゃないよ。でも、当てずっぽうでもない。根拠は、ちゃんとあるの」

「根拠? なんだよ?」

「天音が全てを忘れた理由だよ。天音は五年で好意を取り戻したと言っても、それは命に釣り合うほどじゃない。でも、天音にはまだ大切な思いが残ってたの」

「まさか……」

 不意に思いだしたのは、咲夜ちゃんだと思っていた少女の言葉。彼女は……両親のことすら忘れていると言っていた。それを踏まえ、俺の中で一つの可能性が思い浮ぶ。


「家族としての思い出が代償……」

「そう。天音は柚希の妹であることを、家族であることを大切に思ってた。だから天音は、自分が天音であることを忘れたんだよ」

「そんなことって……」

 ありえるのだろうか?

 鵜呑みには出来ないけど、否定するだけの材料も見付からない。

 そして、咲夜ちゃんと天音が入れ替わっているのだと考えれば、今まで抱いていた疑問が氷解するのも事実だ。

 例えば五年前を境に、妹は人が変わった様に俺に対する態度を豹変させた。俺を嫌っていた理由が、レフィアによる影響だと知ったからだとしても不自然なほどに。

 だけど、本当に人が入れ替わっていたのだとすれば、人が変わったように見えるのは当然だ。


 そしてもう一つ。

 彼女はこの五年間ずっと、『あたし』と『天音』を使い分けていた。どうしてそんな風に一人称を使い分けるのか、俺はずっと不思議に思っていた。

 だけど、さっきのやりとりでようやく判った。

 彼女は一人称を使い分けてなんていない。あくまで一人称は『あたし』で、本当の天音のことを話すときに、『天音』と言っていただけなのだ。

 それに、以前の天音は、自分のことを『あたし』ではなく『私』と呼んでいた。

 『私』から『あたし』へ。

 思春期であれば、その程度の変化は不思議なことじゃない。

 だけど、もう一人。『あたし』から『私』へと変化した少女がいる。それは、ソファで眠っている咲夜ちゃんの姿をした少女。


 ――つまり、

「本当に……咲夜ちゃん、なのか?」

「咲夜って呼んで。あたしは、ずっとそう呼んで欲しかったから」

「……咲夜?」

「うん、咲夜だよ。柚希……やっと、打ち明けられた」

 俺の問いかけに、天音の姿をした少女が微笑みかける。そうやって可愛らしく小首をかしげる仕草が、かつての咲夜ちゃんの癖だったことを思いだした。


 ――つまり、『天音』だと思っていた女の子が、俺の幼なじみの咲夜。そして、『月ヶ瀬さん』だと思っていた女の子が、俺の妹である天音と言うこと。

 初めは半信半疑だったけど、俺は彼女が咲夜だとようやく理解した。


「……それじゃ、咲夜はこれからどうするつもりなんだ?」

 記憶を失ったと思っていた咲夜が、実は記憶を保ったままずっと俺の側にいてくれた。その事実は凄く嬉しい。

 本当に、凄く、凄く嬉しい。


 ――だけど、病気の件はなに一つとして解決していない。

 咲夜の体に宿る魂が天音だったと言うだけの話で、咲夜の体が不治の病に冒されていることは今も代わらない。

 そして、先ほどの咲夜のセリフ。身代わりとして入れ替わるのではなく、魂を元に戻すのだと言った。その言葉が意味するところは……


「天音にもう一度、レフィアを使わせるつもりなのか?」

「そうだよ。正確には、あたしが使うんだけどね」

「咲夜が? 身代わりになるレフィアは、天音の能力なんだろ?」

「そうだね。でも、今のあたしが、天音のレフィアを使えるのは事実だよ」

「どういうことだ?」

「前例がないから推測になるけど……レフィアが目覚める切っ掛けは心にあっても、その力が宿るのは体ってことなんじゃないかな?」

 信じがたい話だけど確かめるすべはない。そしてきっと、咲夜が言うのならそれが事実なんだろう。


「天音のレフィアを使えるのは判ったけど、そうやって入れ替わっても、なんの解決にもならないだろ?」

「そんなことはないよ。だって、ソファで眠ってるのは、あたしの体だもの。それとも、あたしのために、天音を犠牲にするつもり?」

「それは……」

 咲夜を助けたいけれど、レフィアの代償で嫌われたくない。そんなジレンマに、天音を犠牲にするという第三の選択肢が加わった。

 もしこのまま二人が入れ替わることを阻止すれば、咲夜の命を救い、なおかつ咲夜の記憶を奪うこともない。そんな、俺の願った未来が手に入る。


 ……なんて、天音を犠牲になんて出来る訳がない。天音は俺の掛け替えのない妹で、それはこの五年が抜け落ちたって変わらない。

 それになにより、俺が救いたいと思ったのは、ソファで眠っている少女だ。それが咲夜か天音かなんて関係ない。


 だけど……天音を救うために魂を戻す。

 それは即ち、咲夜を死に追いやると言うこと。


「……大丈夫だよ」

 不意に、咲夜が全てを包み込むような微笑みを浮かべた。

「柚希はどうしたい? 柚希の願いを聞かせて?」

「俺は……俺は咲夜が大切だ。でも、天音だって大切な妹なんだ。だからたとえ咲夜を助けるためでも、身代わりには出来ない」

「……柚希ならそう言うって思ってたよ」

 それは死の宣告にも等しい言葉だったはずだ。なのに咲夜は穏やか声で答えた。

「……咲夜は、平気なのか?」

「心配してくれてありがとう。でも、あたしは大丈夫だから」

 咲夜は微笑み、ソファで眠る天音へと歩み寄った。



「……今の話、聞こえてたよね?」

 咲夜に声を掛けられ、眠っていたはずの天音がぴくりと身を震わせた。どうやら、いつの間にか目を覚ましていたらしい。


「……どうして判ったのよ?」

 咲夜の体を借りた天音が、気まずげに身を起こす。

「途中から呼吸のリズムが浅くなったらから、そうかなって思ってたの。それに、困ったときに寝たふりをするのは、小さい頃の天音の癖だったから」

「私の……癖。さっきの話は本当なの?」

「うん。本当だよ。貴方は月ヶ瀬 咲夜じゃない。柚希の妹、秋葉 天音なんだよ」

「私が……秋葉くんの妹」

 実感がわかないのだろう。天音はその意味を確かめるように呟く。


「心配しなくて大丈夫。あたしが覚えていられるかは……ちょっと判らないけど、後のことは楓に頼んであるから」

「楓ねぇに?」

「うん。それにね。あたしはまだ聖霊に通ってないの。だから転校生として、一からやっていけるはずだよ」

「――え?」

 俺は驚いて咲夜を見る。妹の姿をした彼女が学校に通ってないなんて、俺は今まで知らなかったからだ。


「えへへ、気づかなかったでしょ?」

 俺の視線に気づいた咲夜が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「気づくもなにも、毎日一緒に登校してたじゃないか」

「うん。それで柚希と別れた後、楓のところに行ってたんだよ」

「そうだったのか? いや、でも、初日は昇降口にいただろ?」

「あれは、職員室に挨拶に行った帰りだよ」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。まさか妹の姿をした咲夜が、学校に通うフリをしていたなんて、夢にも思わなかった。

 誰にも気づかれずにそれを貫くなんて、相当な覚悟と労力が必要だったはずだ。それなのに、咲夜はそれを貫き通した。その理由は……


「……貴方は、初めからこうするつもりだったの?」

 俺と同じような結論に至ったのか、天音が問いかける。

「そうだよ」

「どうして? この体は、不治の病に冒されているのよ?」

「そうだね。でも、天音は私の恩人だから」

「恩人……って、私がレフィアで魂を入れ替えたってことよね?」

「うん、そうだよ」

「それは……貴方にとって良いことだったの?」

「もちろんだよ。だって本当なら、あたしはとっくに柚希への想いを失っていた。こうして柚希の側にいることが出来たのは、天音のお陰だもの」

 咲夜はゆっくりと歩み寄り、天音の髪をそっと撫でた。姉が妹をあやすかのような光景。先ほどはあべこべに思えたけれど、今はそれがとても自然に写った。


「今度は、あたしが恩を返す番だよ。……なんて、これを恩返しって言って良いのか判らないけど……」

 咲夜はそう言って、天音の瞳を覗き込んだ。

「待って、待ってよ。まだ聞きたいことがたくさんあるの」

 天音が慌てて止めようとする。だけど、咲夜はゆっくりと首を横に振った。

「ごめんね。今しかチャンスはないの。もうほかに助かる手段はないんだって、貴方が絶望してる、今しか」

「それって、まさかそのために――」

 天音が驚きに目を見開く。次の瞬間。天音の姿をした咲夜がソファに崩れ落ちた。

「――咲夜!?」

 成り行きを見守っていた俺は、慌てて側に駆け寄ってその体を抱き起こす。その身体は意識を失っていた。


「大丈夫だよ。ショックで少し気を失ってるだけだから」

 咲夜の姿をした少女が微笑む。その少女の中身は、先ほどまでは天音だった。

 けれどさっきのやりとりで、魂は元に戻っているはず――なんだけど、その微笑みからは判断することが出来ない。

 これ以上の沈黙はまずいと、俺は天音の体をソファに寝かせ、恐る恐る口を開いた。


「……さ、咲夜?」

「……まだ入れ替わってないわよ?」

「わ、判ってるよ! い、今のは咲夜の姿をしてる天音って意味で――」

「というのは嘘だけどね」

「…………………」

 二の句が継げなかった。


「なにか言うことは?」

「……そう言う意地悪なところ、間違いなく咲夜だよ」

 正確には、この五年間ずっと俺の側にいた少女の性格、という意味である。昔の咲夜は茶目っ気はあっても、こんな風に意地悪じゃなかった。

 なんだかんだで、五年って月日は長いよなぁと俺は天を仰ぐ。

 直後、ふわりと軽い衝撃が襲う。気がつけば、咲夜が俺に抱きついていた。


「やっと、やっと抱きしめられた!」

「さ、咲夜? ど、どうしたんだよ、急に」

「ずっと、ずっとこうしたかったの。でも私の体は天音のモノだったから。勝手に抱きついたりしたら悪いと思って……」

「そうか……そう言うことか……」

 それこそが、天音だと思っていた咲夜が、俺に触れようとしなかった理由。咲夜はずっと、天音の身体を借りている立場であることを意識していたのだ。


「そんなの、気にしなくて良かったのに」

「ふふっ、そんなこと言って。少し前の天音が聞いたら、激怒したはずだよ?」

「うぐっ……」

 確かに以前の天音が知れば怒り狂っていただろう。それがありありと想像できてしまい、俺は思わず身震いをする。


「……………………」

「………………………………」

「……でも、これで振り出しか」

 咲夜と天音の魂が入れ替わっていたという問題は解決した。だけど、咲夜の体は未だ病に冒されたまま。何も変わってない。

 そう思ったその瞬間、

「振り出しなんかじゃないよ」

 咲夜はどこか寂しげに、けれどほのかに頬を上気させて微笑んだ。


「――だって、あたしは柚希が大好きだもの」


「なっ、いきなり何を言い出すんだよ!?」

 俺は顔が赤くなるのを自覚する。

 先日聞いた時は、妹に告白されているのだと思ってた。だから、驚きの方が大きくて、動揺は比較的小さくてすんだ。

 だけど、今は違う。もうこの世から消えてしまったと思ってた、俺の幼なじみとしての記憶を持つ咲夜。そんな彼女に告白されて冷静でいられるはずがない。

 そうして動揺する俺に、咲夜は静かな口調で続ける。


「あたしは、柚希が好き。柚希への想いを失うくらいなら、死んだ方がマシだって本気で思ってる。だから、だからね――」

 浮かれていた感情が一瞬で凍り付いた。

 俺の中でまさかという思いが膨れあがり、聞きたくないと首を振る。なのに、咲夜はその続きを言葉にしてしまった。


「――あたしの想いを犠牲にすれば、柚希の願いは叶うよ」


「それは――」

 それは、俺がそうするべきだと決意したこと。俺はそのために、咲夜との絆を取り戻そうとしていた。……だけど、今の俺は。


「ねぇ柚希。あたしは死にたくないよ」

 俺の内心を見透かしたかのように、咲夜がぽつりと呟く。

「――っ。そうだな、俺が咲夜を救わないと」

 咲夜は天音の恩に報いるために、不治の病に冒されている体へと戻った。なのに、俺が咲夜の信頼を裏切るわけにはいかない。

 そう思ったのだけど、咲夜はふるふると首を横に振った。


「違うよ」

「違う?」

「うん。死ぬのは怖い。だけど、ね。柚希への想いを失うのは、あたしにとって死と同じことなの。だから――」

 咲夜の細い腕が、ゆっくりと俺の首へと回される。


「柚希を忘れて過ごす一生なんていらない。あたしが死ぬまでの僅かな時間で良いの。柚希の時間を……あたしに下さい」

 首に絡められた腕がそっと引かれ、徐々に距離が近づいていく。

 咲夜は心から、命よりも俺への想いを大切にしてくれている。そんな彼女の思いに触れ、俺の心が満たされていく。


 咲夜に残された時間がどれくらいあるのかは判らない。けれど、残りの時間を一緒に過ごせば、幸せな思い出を残せるだろう。

 もうすぐ咲夜が死ぬのだとしても、それまでの日々を一緒に過ごしたい。そうすれば、とても幸せな終わりを迎えることが出来るはずだから。

 だけど――


「……ごめん、それは、出来ないよ」

 咲夜をそっと引きはがした。だって、俺がその誘惑に負けてしまえば、彼女は本当に死んでしまう。

 咲夜にとって、俺との思い出を失うことが死と同義なら、俺にとっては咲夜の死こそが、全ての終わりだから。


「……柚希なら、そう言うんじゃないかなって、思ってた」

 咲夜は少し寂しげに、だけど、どこか嬉しそうに微笑んだ。

「咲夜……ごめん」

「謝らないで。あたしの望んだ答えじゃないけど、柚希の気持ちは凄く嬉しいの。だから、ね? あたしにレフィアを使って」

 咲夜は穏やかに微笑む。彼女は命よりも俺への想いが大切だと考えながらも、俺の意思を尊重して、命を選ぼうとしてくれている。

 俺は……彼女の望まない未来を押しつけようとしている。

 どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう? 俺はただ、咲夜との絆を取り戻したかっただけなのに。俺は咲夜を傷つけてばっかりだ。

 そんな現実に胸が苦しくなって、やるせない想いに耐えかねて、爪が食い込むほどギュッと拳を握りしめた。


 ……だけど、それでも。俺は咲夜に死んで欲しくない。たとえ傷つけることになっても、たとえ傷つくことになっても、大好きな咲夜に生きていて欲しい。

 だから俺は、悲しみも後悔も、やるせない想いも全部、心の奥にしまい込む。そうして、咲夜を救う。ただそれだけを考え、俺はレフィアを使う覚悟を決めた。

 だけど――

「待って。レフィアを使うのは明日の夜にして欲しいの」

 俺はレフィアを使う瞬間、咲夜がそんな風にお願いしてきた。

「でも……」

 決心が鈍れば、レフィアは発動しなくなるかも知れない。俺はそれを心配する。

「大丈夫。覚悟はもう出来てるから平気だよ。けど、レフィアを使えば、あたしは全てを忘れてしまう。だから一日だけ待って欲しいの」

 全てを忘れるという言葉に、胸がズキリと痛んだ。だけど俺は、それを表情に出さないようにと耐える。


「……それじゃ、レフィアは明日、咲夜の家で使う。それで良いか?」

「うん、ありがとうね、柚希」

 整った顔がふわりと緩み、つぼみが花開くようにほころんだ。中身が天音だった時には想像も出来ないような豊かな表情。同じ顔でここまで違うのかと驚かされる。

 その事実に思わず泣きそうになる。だけど俺はそれに耐え抜いた。


「それじゃ、天音を家に連れて帰ってあげて?」

「判った……って、天音を連れて帰って大丈夫なのか?」

「どういうこと?」

「だって、急に性格が変わったりしたら、両親が驚くだろ?」

「あぁ、それなら問題ないよ」

 咲夜がことさら軽い口調で答える。俺はなんだか嫌な予感を覚えた。


「……どうして?」

「だって、小父様と小母様は、天音の体に宿る魂が、あたし(咲夜)だって知ってたもの」

「……なにそれ、なんで知ってるんだよ?」

「楓が言ってたでしょ? 柚希の両親に転校のお願いをしたって。柚希と天音以外は、あたしと天音の入れ替わりを、最初から知ってたんだよ」

「……ま、マジで?」

「うん、マジマジ、大マジだよ?」

「いやいやいやいや。いくらなんでもそれは嘘だろ?」

「どうしてそう思うの?」

「だって、両親がそんな事実を知って隠してたら、一緒に過ごしてる俺が気づかないはずないだろ?」

「うん。あたしもそう思う。ほんと、どうして気づかなかったの?」

「…………ぐぅ」

 正論すぎてぐうの音も……いや、ぐうの音しか出ない。俺は自分の鈍感さに頭を抱えた。


「ふふっ、冗談。小父様と小母様はかなり混乱してたけど、あたしはそれが不自然に写らないように行動してたから、柚希が気づかなくてもしょうがないよ」

「……どういう意味だよ?」

「あの日を境に天音の姿をしたあたしは、別人のように柚希に甘え始めたでしょ?」

「あ、あぁ……そっか」

 俺の両親は動揺していた。それを隠すことは難しい。だから咲夜は、両親が動揺していても不自然に見えない状況を作ったというわけだ。


「そっか……五年前、天音と入れ替わった咲夜が、いきなり俺に甘えるようになったのは、そういう事情があったからだったんだな」

「うん、そうだよ。……な~んて、本当は大好きな柚希と一緒に住むことになって、感情が抑えきれなかっただけ、だったり?」

 咲夜は頬を朱に染め、上目遣いで俺を見る。


「――ぐっ」

 妹だと思い込んでいた時ですら、結構な破壊力があったのだ。咲夜の姿でのそれは破壊力がありすぎだ。今すぐ抱きしめ、残りの時間を俺にくれと言ってしまいたくなる。

 だけど、

「ふふっ、柚希ってば、照れちゃって――っ」

 咲夜の言葉が途切れた。直後、彼女は胸を押さえてくずおれた。


「咲夜っ、大丈夫か!?」

「……心配、しないで。ちょっと胸が痛むだけ、だから……まだ大丈夫、だよ」

「まだ……って、そんなこと、そんなこと言うなよ!」

 咲夜が紡いだ言葉に、俺は胸が締め付けられるような苦しみを覚えた。

「ごめんね。でも、柚希には嘘を吐きたくないから」

「そう、か……」

 確かに、咲夜に嘘をつかれる方がずっと嫌だ。

 それなのに、辛いだなんて言わないで欲しいという。そんなのは、咲夜に元気でいて欲しいという願望を押しつけているだけだ。


「……ごめん、我が儘を言ってるな」

「うぅん。柚希がそんな風に言ってくれるの、あたしは嬉しいよ」

 咲夜は少し照れくさそうにはにかむ。

「――咲夜」

 俺はたまらなくなって、咲夜の体を抱きしめ、無言で天井を見上げた。自分が涙を流しているところを、咲夜に見せたくなかったから。



 どれくらいそうしていただろう? 咲夜はゆっくりと身を離した。

「さぁ、今日は家に帰ろ?」

「……送っていくよ」

 少しでも一緒にいたくて、そんな言葉を口にした。けれど咲夜は小さく首を横に振る。


「ここに来る前に楓に連絡してあるの。だから心配しないで」

「そっか……」

「うん。だから、柚希は天音を連れて帰ってあげて」

 苦しむ咲夜を一人にするのは心配だったけど、楓ねぇが来るのなら信頼できる。俺は判ったと、眠る天音を背負って生徒会室を後にした。

 

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