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Chapter3 Scene6 咲夜の告白

「どうして、どうしてよ……」

 夕暮れの生徒会室。あかね色の光に照らされた肢体を抱きしめ、咲夜ちゃんが嗚咽を漏らしていた。

 俺のレフィアが、発動しなかったからだ。


「どうしたら良いの? 嫌よ。私、まだ死にたくないのに……」

 精神的にも、そして肉体的にも限界に達しているのだろう。咲夜ちゃんは泣き疲れたような表情を浮かべていた――が、その表情が不意に強ばった。


「……月ヶ瀬さん?」

 彼女は生徒会室の入り口へと視線を張り付かせている。俺は釣られてその視線の先を見た。そうして見つけたのは、生徒会室の入り口に佇む、天音の姿だった。

 天音は無機質な人形のように、感情の読み取れない微笑みを浮かべていた。そして、その大粒の瞳には、着衣の乱れた状態で寄り添う俺達が映り込んでいる。


「――はっ!? こ、こここっ、これは違うの、ごっ、誤解よ!?」

 我に返った咲夜ちゃんが、弾かれたように俺の上から飛び退き、背を向けて乱れた制服を直し始めた。

 天音はそんな咲夜ちゃんを見送ると、ゆっくりと俺を見て……深々と息を吐いた。


「……柚希は一体なにをしてるの?」

「こ、これには訳があるんだ!」

 俺は思わず言い訳を始める。天音に告白されたことが頭に残っているせいだろう。まるで浮気現場に踏み込まれた彼氏のような心境だった。

「誤解なんてしてないよ」

「……本当か?」

 俺は恐る恐る天音の顔色をうかがう。


「あれでしょ? 命を救って欲しければ、その体でえっちぃご奉仕をしろって、ゲスいことを言ったんだよね?」

「ちげぇよ! 人聞きの悪いことを言うな!」

「……へぇ? ほんとに違うの?」

 感情の読み取れない瞳に見つめられ、俺は意味も無く狼狽えた。


「ねぇ、自分のしたこと、よ ぉ く、考えてみて? 本当に、違う、の?」

「そ、それは……えっと……。だ、大体あってる……」

 咲夜ちゃんを助けたい純粋な思いゆえとは言え、やったことは天音の言う通りだ。それを他人から改めて指摘され、俺は本気で悪人になった気がした。


「あ、あの……私が頼んだのよ。だから、彼を責めないであげて」

 身なりを整え終えた咲夜ちゃんが、申し訳なさげに割って入ってくる。そして、不機嫌そうな天音を見て、気まずげに尋ねる。

「えっと……貴方は並木道で話しかけてきた生徒よね? もしかして……その。秋葉くんの、恋人かなにかなの?」

「そうだよ」

「――サラッと嘘をつくな!」

「え? あたしは愛人だったの!?」

「愛人でもねぇ!」

「そんなっ!? あの日のことは、一夜限りの火遊びだったっていうの!?」

「そんな日はなかったし、これからも来ない!」

 俺は反射的に突っ込みを入れる。


 俺を好きだと言ったことを考えれば、今の天音は相当傷ついているはずだ。本当なら、掴み掛かって、俺を責め立てたっておかしくない。

 なのに天音の行動はまるで、俺の負担を軽くしようとしているかのようだ。天音は、一体なにを考えているんだろう?


「あ、あの、秋葉くん。結局、どういう関係なの?」

「月ヶ瀬さんは覚えてないかもしれないけど……天音は俺の妹だよ」

「あま、ね――っ」

 不意に、咲夜ちゃんは頭を押さえてうずくまった。


「月ヶ瀬さん!?」

 発作を起こしたのかと思って駆け寄ろうとする。だけど、その一歩を踏み出す寸前、天音に強く袖を引かれた。

「……天音?」

「あたしが行くから、柚希はここにいて」

 反論を挟む余地を与えず、天音は咲夜ちゃんの元に歩み寄った。そうして苦しむ彼女の側に膝をつき、その顔を覗き込む。


「無理に思いだそうとしなくて良いよ。その記憶は、貴方の中で矛盾を生むから」

「……どういう、こと?」

 頭痛に顔をしかめながら、咲夜ちゃんが尋ねる。けれど天音は答えず、無言で首を横に振った。そして苦しむ咲夜ちゃんに肩を貸し、ソファへと横たえる。


「心配しないで。すぐに悪夢は覚めるから。だから、今は少し休んで」

 天音が咲夜ちゃんの頭を撫でる。姉が妹をあやしているかの様なあべこべの光景。

 咲夜ちゃんは、程なく眠りに落ちた。


「……彼女は大丈夫なのか?」

「うん、彼女は平気。緊張の糸が切れただけだから心配ないよ」

 天音はそう言って立ち上がり、テラスへと出た。そうして手すりへと寄りかかり、肩越しに夕焼けに染まる空を見上げる。


「……天音、その」

「――謝らないで!」

 空を見つめたまま、天音は鋭く言い放った。


「柚希は悪くない。これは……私が望んだ結果だから」

「天音の望んだ……結果?」

 俺を好きだと言った天音にとって、いまの状況は受け入れがたいはずだ。なのに、この状況を天音が望んだ?


「どういうことなんだ?」

「昨日、あたしがあんな風に言えば、柚希は自分でなんとかしようとするって判ってた。そうして、頑なな彼女の心を溶かし……だけど、それでも救えなくて、彼女が絶望することも、ね」

「それを天音が望んだって言うのか? 一体どうして……」

「過去の清算をするために、必要なことだったの」

 天音は夕焼けの空を見上げたまま少しだけ身をよじる。艶やかな髪がサラサラと揺れ、夕日を浴びて紅く煌めいている。

 その姿はなんだか物悲しくて、天音が泣いているかのように思えた。


「……昔ね、一人の女の子がいたの。その子は優しくて、だけど甘えたで……大好きなお兄ちゃんに、いつもくっついてた。そんな小さな女の子」

 俺にはそれが誰のことかすぐに判った。事故に遭う以前の天音のことだ。

 天音がどうして自身の過去を話し始めたのか。そもそも、天音はそのことを覚えてないはずなのに……と疑問を抱く。

 だけど天音はそんな疑問には答えず、穏やかな口調で続ける。


「ある日、その女の子は事故に巻き込まれたの。……うぅん。巻き込まれたっていうのは正しい言葉じゃないね。その子はね、レフィアで子供の身代わりになったの」

「――え?」

 それは、俺にとって初耳だった。

 天音が巻き込まれた事故は、何かと不審な点が多かったけど……それが天音のレフィアの影響だなんて、今まで一度だって耳にしたことはない。

 それどころか俺は、天音がレフィアに目覚めていたことすら知らなかった。


「それは……本当のことなのか?」

「残念ながら断言は出来ないよ。でも、天音のレフィアがそう言うモノなのは事実だよ」

「身代わりのレフィア?」

「そう。様々な条件下において、誰かの身代わりになることが可能なレフィア――スケープゴート。代償は言うまでもないよね」

「身代わりになって受ける、不幸そのものってことか? ……なら天音が車に轢かれたのは、誰かの身代わりになったから、なんだな?」

「うん、そう言うこと」

「そう、か……」


 事故で不可解だったのは、天音が車に轢かれるような位置にいなかったと言う証言があること。だけど、レフィアが関わってるなら納得がいく。


「天音がそういうレフィアを持ってるのは判った。でも、どうしてそんな話を?」

 俺は尋ねながら、嫌な予感を覚えていた。

 先日の天音はどこか思い詰めた様子で、咲夜ちゃんを助けると言っていた。そして、そんな天音には、他人の身代わりになるレフィアがあるという。

 そこから導き出される結論は――最悪だ。


「……まさか、身代わりになるなんて言い出すんじゃないだろうな? いくら彼女を助けるためとは言え、天音が身代わりになるなんて、絶対にダメだからな?」

 もし天音がレフィアを使おうとすれば、飛びかかってでも阻止してみせる――と、俺は身構えながら、天音に問いかけた。

 だけど、

「違うよ。身代わりになんてならないよ」

 天音は俺が拍子抜けするほど、あっさりと否定した。

 天音は暮れ行く空から視線を戻し、俺を安心させるかのように微笑みを浮かべる。俺はそんな天音の態度に、ほっと安堵のため息をつく。

 だけど――


「既に入れ替わっていた魂を元へと戻す。ただ、それだけだから」


 俺はその言葉を聞いて凍り付いた。その言葉の意味を理解しようとするけれど、心が拒絶しているかのように、俺の思考は上手く働かない。

 なのに、天音は静かに語り続ける。


「――五年前のあの日。あたしは記憶を失うのが嫌でまわりに助けを求め……目を合わせたの。他人の身代わりとなることの出来るレフィアを持つ、彼女と」

 そう言って天音が視線を向けたのは――ソファで眠る咲夜ちゃん。

「なにを……なにを言ってるんだ?」

「その時の‘天音’はね、まだ自分の能力を良く判ってなかったんだと思う。ただ、助けを求める咲夜の力になりたいって願った。ただそれだけのことだったんだよ」

「だ、だから、天音はなにを言ってるんだ?」

「――違うよ」

「……え?」

「まだ判らないの? あたし、言ったでしょ、柚希の妹だなんて思ったことないって」

「それって……それって、まさか……」

「そうだよ。‘あたしは’……‘天音じゃないんだよ’」

 夜色に染まりゆく空の下、天音の姿をした彼女は告げる。

「柚希への想いを失うのが嫌で周囲に助けを求め――そして天音に救われた」


「あたしは……

‘あたしが’、‘咲夜’なんだよ」

 

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