Chapter3 Scene4 咲夜とのすれ違い
土岐にレフィアを使った事情を説明しなくてはいけない。そんな意気込みで学校に向かったのだけど、和哉は学校を休んでいた。
先生から聞いたところ、土岐の付き添いで二、三日休むと連絡があったらしい。和哉とは早めに話をしておきたいけど、土岐の居る病院には顔を出せない。
歯がゆいけど仕方がないと気持ちを切り替え――放課後。今は咲夜ちゃんとのことを頑張ろうと生徒会室へと顔を出したのだが、
「もう手伝いは必要ないわ」
咲夜ちゃんに冷たく突き放された。
「な、なんで……?」
「別に驚くことじゃないでしょ? 秋葉くんに手伝いをお願いしていたのは、作業が滞っていたからだもの」
「でも、昨日はまだあんなにたくさん――」
俺はその言葉を途中で飲み込んだ。昨日まで山住になっていた未処理の書類が全て、処理された状態で机の上に積まれていたのだ。
「見ての通り、大方の作業は終わったわ。だから、もう手伝いは必要ないってこと」
「そう、なんだ……」
生徒会に通えなければ、咲夜ちゃんとの接点はなくなってしまう。そんなことになったら、絆を取り戻せない。
「でも雑用係はいても困らないだろ? 俺の紅茶、美味しいって言ってくれたじゃないか」
俺はそうやって食い下がる。楓ねぇの件もあるし、俺がそんな風に言えば、咲夜ちゃんは折れてくれると思ったからだ。
けれど――
「でも、楓ねぇの紅茶ほどじゃないとも言ったはずよ」
「それは……」
「とにかく、もうここには来ないで」
咲夜ちゃんが紡いだ言葉は、完全なる拒絶だった。
俺はショックでなにも言えなくなってしまう。そしてそんな状態では、もう食い下がることなんて出来なくて……俺は判ったと呟き、とぼとぼと生徒会室を後にした。
そのまま暗鬱とした気持ちで帰宅。玄関の扉を開けると、まるで俺が帰ってくるのを知っていたかのように、天音が出迎えてくれた。
「……天音。ただいま」
「お帰り柚希。元気がないけど……もしかして、咲夜にもう生徒会に来なくて良いって言われた?」
「……良く判るな」
言葉にして、違和感を抱く。
……いくらずっと一緒にいるからって、本当にそんなことまで判るものなのか?
昨日のは、俺の反応を伺いながら答えている素振りがあったけど、今日は違う。天音は俺が帰る前から玄関で待っていた。
まるで最初から、俺が早く帰ってくると知っているかのように。
「……まさか、咲夜ちゃんになにか言ったのか?」
否定して欲しくて尋ねる。なのに天音は静かに頷いた。
「あたしが、柚希のレフィアを教えたの」
「――なっ!? どうしてそんなことをしたんだ!?」
「……言ったでしょ。柚希に傷ついて欲しくないって」
「ふざけるな! レフィアを使えなきゃ、咲夜ちゃんは死んじゃうんだぞ!?」
それだけは許せないと、俺は天音を睨み付ける。だけど天音はそんな俺の視線を、穏やかな表情で受け止める。
「大丈夫だよ。あたしが、柚希の望まないことをするはずないでしょ?」
「なにを……なにを言ってるんだ?」
「忘れちゃった? あたしが柚希の願いを叶えるって言ったでしょ?」
「叶えるって……本気で言ってるのか?」
俺の願いは、咲夜ちゃんとの絆を取り戻し、その命を救うこと。そのためには、俺のレフィアを彼女に知られないことが第一条件だったはずだ。
「あたしのこと、信じられない?」
「それは……」
天音はこの五年、ずっと俺を支えてくれていた。俺が一人で生活できないくらいダメダメだった時も、ずっと側にいてくれた。
天音が俺に嘘を吐くなんて思いたくない。けど……
「俺のためって言うのは判る。けど、咲夜ちゃんを救うためだって言うのは……信じられる訳、ないだろ?」
「そっか。そうだよね……」
天音は少し寂しげに微笑む。
それを見て、俺は胸が締め付けられるように苦しくなった。本当なら、天音を信じてやりたい。でも、間違ってたら咲夜ちゃんは死んでしまう。
天音の言うことだから信じる――なんて、簡単には言えない……
「……そんな顔、しないで。今は柚希の為だって思って貰えるだけで十分だよ。そこから先はちゃんと、行動で示してみせるから」
「行動って……天音は何をするつもりなんだ?」
「ごめん、それはまだ言えないよ。でも、ちゃんと時期が来たら全部話すから」
「天音……」
「ごめんね。もうこの話は止めよ? これ以上話しても、お互い辛くなるだけでしょ?」
天音はクルリと身を翻し、リビングへと行ってしまう。
――結局、天音がなにを考えているのか、聞き出すことは出来なかった。