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Chapter3 Scene2 守りたいモノがあるから

 自宅へと戻った俺が玄関で靴を脱いでいると、その音を聞きつけたのか、リビングから天音が姿を現した。

 そして、

「柚希、おかえ――どうしたの!?」

 俺の顔を見るなり詰め寄ってきた。

「どうって、別になにもないけど」

「そんな表情をしておいて、あたしが気づかないと思ってるの? それとも、自分でも気づいてないだけ?」

「……そんなに、俺は酷い顔をしてるのか?」

「誰かにレフィアを使ったでしょ?」

「――なっ。……参ったな。天音にはそこまで判るのか」

「何十年一緒にいると思ってるのさ」

「そんなに長くは生きてねぇよ」

「……ふぅん。突っ込む程度の元気はあるんだ。なら相手は和哉先輩……」天音はそこで俺の顔を見ると、「……じゃなくて莉子先輩か」と続けた。

「……そこまで読まれるとちょっと怖いんだけど」

「良いから。話を聞いてあげるから、手を洗ってリビングに来る」



 俺が病院での出来事を話し終えると、天音は深々とため息をついた。

「……状況を聞く限り、チャンスはその時しかなかっただろうし、莉子先輩の気持ちを考えたら……間違ってないのかも知れないけど」

「そう思うなら、どうして不満気なんだよ」

「正しいかどうかじゃなくて、あたしは柚希が傷ついてることが不満なの! 悲しいこと全部、柚希が一人で背負い込んでるじゃない!」

「それはまぁ……せっかく出来た友達を失ったのは悲しいけどさ」

 今日の土岐の反応。今までの経験から言って、以前のように話すのは不可能だろう。そして土岐に嫌われていると言うことは、和哉と話す機会も減ると言うこと。

 俺は転校して初めて出来た友人二人を失ったことになる。


「……ねぇ、柚希。もうレフィアを使うのは止めようよ。これ以上、柚希が傷つく必要なんてないでしょ?」

「それは、出来ないよ」

 俺は静かに、けれどキッパリと答える。

「……咲夜を助けたいから?」

「ああ。俺は咲夜ちゃんを助けたい」

「……見込みはあるの?」

「純粋な想い自体は……レフィアを隠し通せば問題ないと思う」

「でも、絆が足りなければ病は完治しない。そうしたら、また繰り返すことになるかも知れないんだよ? 本当に、命を救うほどの絆を取り戻せると思ってるの?」

「難しいとは思うけど、他に方法なんてないだろ? だから、俺は可能性が低くても、絶対に諦めたりしない」

 俺の覚悟を伝える。すると天音は、フッと寂しげに微笑んだ。

「……ねぇ柚希。前にも聞いたけど、もう一度聞くね」

 天音は静かな声を紡ぎ、俺の瞳を覗き込んだ。そうして、囁くような声で続ける。


「咲夜のこと……好き?」

「……好きだよ。じゃなきゃ、こんな思いまでして助けようなんて思わないよ」

「なら、柚希が好きなのは、レフィアで変わってしまう前の咲夜? それとも……変わった後の咲夜?」

 そんなの、どっちも同じ咲夜ちゃんだ――と、喉元までこみ上げた言葉は、けれど口をついて出ることはなかった。

 それほどまでに、彼女の性格は変わってしまっていたから。


 昔の咲夜ちゃんは明るくて元気で、誰からも好かれる人当たりの良い性格だった。

 だけど、今の彼女は違う。どこか影があって、孤高のお嬢様といった近寄りがたい印象。

 今の彼女も大切に思っているけど、昔と同じ感情じゃない。どちらかというと、昔の天音を見ているようで放っておけないという気持ちの方が強かった。


「答えられないんだ?」

「……そうだな。でも、救いたいって思ってる。それは間違いないよ」

 それは以前にも交わしたやりとり。

 だけど、その後に紡がれた天音の言葉は違っていた。

「だったら、あたしのことは……好き?」

「なっ!? い、いきなり、なにを聞くんだよ?」

 天音の積極的なアプローチはいつものことだ。だけど、こんな状況でそんなことを問われるとは、夢にも思っていなかった。だから俺は動揺し、思わず一歩後ずさる。

 なのに天音は、そうして開いた距離を静かに詰め寄ってきた。


「あたしのこと……好き?」

「そ、そんなの、妹だから大切に決まってるだろ?」

 動揺を押し隠し、はぐらかそうとする。だけどそんな俺に、天音は違うよと、首を小さく横に振った。


「あたしが聞いてるのは、一人の女の子として、好きなのかって……ことだよ」

「なにを……なにを言ってるんだ。俺たちは兄妹、なんだぞ?」

「なら、もし兄妹じゃなかったら、あたしを好きだって言ってくれるの?」

「そんなこと…………」

 好きか嫌いかと言われれば、もちろん好きに決まってる。だけど、俺は天音を妹としか思ってない。急にそんなことを言われても、答えることはできなかった。


「あたしはね……柚希。あたしは柚希のこと、好きだよ。もちろん、妹としてじゃなくて、一人の女の子として、ね」

「うっ、あ。そ、そう、なんだ……」


 俺はもちろん、天音の好意に気づいていた。だけど、それは妹として、レフィアの代償で失った絆を取り戻すために、兄に尽くしているのだと思っていた。

 ……そう、思い込もうとしていた。だから、そんな風にストレートに言われたことに、俺は激しい動揺を抱く。


「えへへっ、柚希ったら……顔が真っ赤だよ?」

「う、ううっうるさいなっ! いきなり告白なんてされたら、動揺するに決まってるだろ!?」

「相手が妹なのに?」

「普通の妹は、兄に告白なんてしないっ!」

「それはまぁ……そうだね」

 天音は小首をかしげ、人差し指を頬に添える。今まではなんとも思わなかったその仕草が、不意に可愛く見えて心がざわつく。


「判ってるなら、どうして告白なんて……」

「そんなの、好きだから。それ意外になにがあるって言うの?」

 小細工一つない、何処までも純粋な想いによる中央突破。俺の中に残っていたなけなしの平常心が、一撃で打ち砕かれた。

 心臓がうるさいくらいに高鳴っているのを自覚する。


「それにね。柚希は天音のお兄ちゃんだけど、あたしは柚希をお兄ちゃんだなんて思ったことは、一度だってないよ」

「ど、どういう意味だよ?」

「そのままの意味だよ。あたしは柚希をお兄ちゃんだなんて思ったことない。だから、柚希を好きなことに、なに一つ抵抗がないの」

「ええっと……?」

 俺は天音の理論を頭の中で構築してみる。

 俺達は実の兄妹だが、天音は兄妹だと考えていない。つまりは他人も同然で、恋愛対象であることになんら問題はない――と言うこと。


「な、なるほど……って、納得して良いのだろうか?」

 突っ込みどころは満載だが、言いたいことはなんとなく判った。

 思い返してみれば、天音が俺をお兄ちゃんと呼ぶのは、初対面の相手や、あまり親しくない第三者がいる――体面上取り繕う必要がある時だけだ。

 要するに天音は、世間体を保つために妹として振る舞っていたと言うことらしい。


「と、とにかく、天音の気持ちは判った。でも、俺にどうしろって言うんだ?」

 兄妹だからというのもあるけど、今はそんなことを考えている余裕はない。だから、もし付き合って欲しいと言われれば断るつもりだったのだけど……

「付き合って下さい――な~んて、言ったりしないから。心配しないで」

 天音は俺の内心を見透かしたように微笑む。


「そ、そうなのか?」

「うん。だって、兄妹で付き合うなんて、おかしいじゃない」

「……おい。お前がそれを言うのか……?」

 さっきの理論と盛大に矛盾してるだろと、呆れてジト目で見る。だけど、天音は何処がおかしいのか判らないといった様子で小首をかしげた。


「なにかあたしが変なこと言った?」

「おかしいもなにも。好きだとか、兄と思ってないとか、さっき言ってたじゃないか。それなのに、今更一般論とか、矛盾しまくりだろ?」


「あたしは別に矛盾なんてしてないよ?」

「どこがだよ」

「――まず、あたしは柚希を兄だなんて思ってない。だから、一人の異性として見ることにおかしいところはないでしょ?」

「そ……そう、かなぁ?」

 そこから間違っている気がする。だけど、突っ込むと話が進まなさそうなので、取り敢えずはと目を瞑る。


「なら、兄妹で付き合うのがおかしいって発想はどこから来たんだ?」

「だって、柚希はあたしを妹だって思ってるでしょ? だから、兄妹で付き合うなんてありえない。それだけの話だよ」

「……なるほど。その辺は常識的なんだな」

 自分は非常識なくせに……と、声には出さずに突っ込む。そしてふと、だったらどうして告白してきたのかという疑問に至った。


「天音は、俺に思いを打ち明けたかっただけなのか?」

「うん、そうだよ。あたしは柚希を好き。それを知っておいて欲しかったの。あたしはもうすぐ……から」

 天音がぽつりと呟く。俺はその呟きを聞き取ることが出来なかった。だけど、天音のどこか寂しげな表情に、言いようのない不安を覚える。

「天音、今なんて――っ」

 問い詰めようとした俺の唇を、天音の細い指がふさいだ。


「今回の件、あたしはずっと迷ってたの。本当にこれで良いのかな? あたしは、どうしたいのかな……って。でも、今日のことで踏ん切りがついた。だから……心配しないで」

 天音がなにを言っているか判らない。それがなおさら俺の不安を駆り立てていく。


「天音は一体、なにをするつもりなんだ?」

「心配しないで。柚希の願いは、あたしが叶えてあげるから」

「叶えるって、なにを言ってるんだ?」

「大丈夫、あたしを信じて。柚希は心配なんてしなくて良いんだよ」

「――ごまかさないでくれ!」

 ここで聞き出さなければきっと後悔する。そんな感情に突き動かされて、俺は天音の両肩を掴んで詰めよった。


「なにをするつもりなんだ? 教えてくれ!」

「……柚希は、咲夜が望もうと望むまいと、レフィアを使うつもりなんだよね? 例えそれで、自分が嫌われる結果になったとしても」

「……そう、だよ」

「なら、なにも心配いらないよ。柚希は咲夜に嫌われるかもしれないけど、ちゃんと救うことは出来る。‘それ以外に失うモノなんてない’。だから、大丈夫だよ」

「……本当か?」

「うん。だって、あたしが一番大切なのは、柚希の想いだから」

 

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