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夜明けの約束  作者: 暮先 冬夜
夜明けの約束 一章
9/71

依頼

「元々は私が研究調査をしていた分野があって、幼いころから話して聞かせるうちに興味を持ったらしくて、大学に入ったら同じ研究をすると宣言されていましてね」

 教授の話を聞きながら単語だけメモに書いていく彰人は、研究内容を確認する為に質問をする。

「何の研究をされているんですか?フィールドワークがあるとは伺いましたが、それは研究施設内で完結する内容ではない、という意味にとって問題ないですか?」

 依頼の打ち合わせは主に彰人の仕事になる為、香奈は鞄の中からレコーダーとノートパソコンを取り出して記録を始めた。その間にも話は進んでいく。


「神話と民間伝承が地域に与えた影響と、そこから生み出された風習や神事・行事の歴史と、現代社会におけるそれらの役割について。というのが私が行っていた研究なんですよ」

 軽食を取り分けながら話し始めた教授は、流石と頷ける貫禄をみせた。専門的な内容だからということもあるだろう。

「民間伝承ですか?その……それは例えば下町の神社や、謂れのある場所にまつわる言い伝えと関連するお祭りみたいな?……えっと間違ってます?」

 自信なく話す彰人の隣にいる香奈の更に隣に、いつの間にか自分のカップと皿を持って真理が移動してきていた。

「ねぇ、香奈さん。何だか彰人さん、声がうわずってる気がするの……」

「……大正解」

 彰人を見守りつつも香奈は内心で溜息をついた。

『んー彰人は難しい話少し苦手だからなぁ……あーあー気持ち目が泳いでるじゃない』


 香奈はすばやく入力をしながら真理とコソコソ内緒話をするようにして、小声で話しながら彰人と教授の打合せを見守り続けた。

「概ね正解です。図書館や電子書籍、ネット上に散らばるデータ等資料は沢山ありますし閲覧できますが、そこに関わっている人達の意見や感想・想いなんかは聞けないんですよ、現場へ足を運ばないとね……お祭りは楽しそうに神事は真剣な眼差しでと、みんないい表情をするんですよ。老若男女問わずだからこちらも楽しくなるし取材に熱が入る」

 昔を懐かしむように教授は説明を続ける。確かに子供の頃から見ていれば、自分も同じ物を追いかけたくなるかもしれない。

 専門的なことではと構えすぎていた彰人は、肩の力を抜いて落ち着いて聞きながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「経験者の意見ってことで娘さんを手伝うのは駄目なんですか?現場に行く前の下準備や、もしかしたらレポートそのものだって作成出来るのでは?」

 彰人の質問に香奈は一理あると考えたが、教授はやんわりと首を振る。


「自慢ではないですが私はいくつもの論文と書籍を発表しました。それなりに名前が通ると思います。だからですよ手を貸さないのは……というか貸せないんですよ。色々と面倒でしてね……大学の教授という仕事はね」

 退屈そうにしていた真理が拗ねた様子で小声で香奈に補足する。

「親に頼ったとか、娘だから甘やかしたとか悪く言う人はいるんだよね……」

「そっかぁ。親子なのに邪魔が入るから一緒に出来ないんだね……世の中善人ばかりじゃないもんねぇ……辛いよね」

「……ちょっとね。でもさ、だからこそ自分だけで頑張って成果を出したいんだよね」

「応援してあげたいけど、内容と条件でかわるから約束はできないの……やっぱり仕事で依頼として受けるか判断しなきゃいけなくて……ごめんね真理ちゃん」

「えへへ。気にかけてくれてありがとね」

 女子組の会話が聞こえていた彰人は、香奈の言う通りで仕事として受けるかの判断をしなくてはならない。

 この後教授が提示してくる条件の予測をしながら見ると、教授は優しい顔で二人を見ている。


「……教授?」

 彰人に声をかけられて教授は視線を戻した。

「ああ。すまないね……続けようか。そんなわけで一人で行かなくてはいけないが親としては心配で、更にこれを言うと怒るのだけど未成年に間違えられやすくて……トラブルは未然に防ぎたくてね。お二人と一緒ならば大丈夫ではと思うのですよ」

 未成年にという教授の言葉に、香奈の横で真理が文句を言いたそうな顔をしていたが、彰人はひとまず無視をしようと決めた。

「お話は大体把握できましたが、ひょっとして出掛ける範囲がかなり広くないですか?ずっと同行するのは無理があります」

 想定範囲内の質問だったのだろう、教授は落ち着いた様子で話をする。

「いやいや、流石に毎日でずっとなんて言いませんよ。授業だってあるわけだし。まあしばらくは週末のあたりでということになります。範囲に関してはおっしゃる通り広いです。調べる内容によって地域が決まるので。……稀にかなり離れた場所との関わりがあって移動という場合も想定できますが、例えば関東地方から北全域とか四国限定とかですね」

「なるほど……金曜から土曜にかけて出掛ける時に同行するというわけですね。それであればこちらの通常業務や他の依頼にぶつかることも少ないと。ふむ……ええと誠に言いづらいんですが、費用などに関しては?事前持ち出しで後日請求という形になりますか?」


 事前持ち出しは資金繰りに影響するので、必ず確認をしておかなくてはならない。申し訳なさそうに言う彰人に教授が答えた。

「そこはご心配なく。範囲が広い中での活動なので、移動手段だけでも大変ですからね。受けて頂けるなら事前に指定口座へ振り込みます。後は定期的に継続振込みをしますよ」

教授の提示に彰人は驚いていた。

『随分気前がいいが、幾らかかるかも分らないってのに……どうするかな。継続で振り込まれるとなれば活動期間は……少なくとも数ヶ月から一年程度はかかるんじゃないか?』

 彰人はこの場で即答は出来ないと判断した。一度香奈のほうを見ると目が合った。

『彰人迷ってるな。……確かに即答は厳しいよね……うん!あたしは彰人の判断に従う』

 香奈が小さく頷くと、彰人はそれを確認して切り出した。


「申し訳ありませんが、細かい調整やその他の事があるので持ち帰らせていただいて後日改めてお話させてください。」

 慎重な回答をする彰人に嫌な顔をしないで教授は答えてくれた。

「ええ、構いませんよ。……なるべく色よい返事を期待していますが、お互い無理はよくありません。……真理もそんなに落ち込むんじゃない。ゆっくり検討してもらおう、な?」

 不安げな真理をなだめる教授の姿に少し罪悪感がわくが、あくまで仕事なのだから仕方ない。

「では、依頼の件は一旦お開きにして。そろそろ準備が出来ているでしょう。ご一緒に夕食はいかがですかな?」

 教授の言葉に合わせるように香奈の腕に真理がまとわりついてきた。上目遣いで香奈に甘えるように言ってくる。

「うちのお手伝いさんはご飯作るの上手なんだよ。ね、一緒に食べよ?だめ?」

 こちらは素直に好意を受ける事にした二人だった。


「結構美味い飯だったな。そこいらのレストランなんか下手したら逃げ出すんじゃないか?食事の後の酒も上等でさ、金持ちはすごいな色々さ」

「えへへ、確かにねぇ」

「おい、危ないぞ……車道側に行くなよ。こっち歩けよ、ほら」

 昼間と違ってややひんやりとする風が吹いている中を歩きながら、二人は帰路についていた。

 酒は少し付き合っただけだったが、洋酒だったために度数が高く、体が火照っている。

 普段はほとんど飲まない香奈が珍しく飲んでいたから、彰人は香奈がつまづいて転んだりしないように気をつけていた。

「本当ねぇ。あの煮込みが絶品だったなぁ……レシピ聞いておけば良かったかなぁ、そうすればあたしでも作れるかも……どうかなぁ?」

 自分の腕に子供のように体重をかけてくる香奈を支えながら、ゆっくり歩く彰人は呆れながら答えた。

「いやいや待てって。あんな手の込んだ食事をやるには、手間だけじゃなくて金もかかるぞ?申し訳ないが俺は零細企業だよ?普通でいいよ」

 香奈は彰人の答えにやや不満そうに少しだけ唸っていたが、にぱっと笑うと彰人から離れて小走りに先を行く。

「だから危ないって、香奈」


 実際はそれほど車が走っているわけでもないし、ガードレールもあるから彰人は言葉だけで香奈に注意を促す。

 五メートル程離れたところで足を止めて香奈が振り返った。月明かりの下で彰人へ手を伸しながら笑顔で言った。

「そうだねぇ、普通。……一緒に普通でいこう彰人」

「ああ、そうだな」

 互いの手を取り固く繋ぎながら、二人はまたゆっくりと歩き始めた。

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