始まりの依頼4
「おーほほほほほ!今回はマリアンヌちゃんにいいお婿さんを紹介してくれて感謝してるざますわ!ほーんと、可愛いワンちゃんだったわ!ウィリアム君!なんだったら子犬を分けてあげてもよくってよ?おーほほほほほほ!」
数日後オフィスでまたもや超音波攻撃に晒されている二人だが、やっぱり彰人はゾンビだった。今回も香奈が一人奮闘中だ。
「いえ、奥様。こちらとしても良縁の橋渡しが出来て光栄です。子犬は末永く可愛がってあげてくださいね」
相変わらずテンションの高い依頼人に、香奈の精神力も限界が近くなっていた。
依頼人は格好をつけて扇子で、ちょっとだけ口元を隠すようにして笑っているが高笑いで色々台無しだ。
「もちろんざますわ!おーほほほ!あ、そうそう、忘れちゃうところだったざます。残りの依頼料とこっちは感謝の気持ちざます。それじゃ帰るざます」
ブランド物と思われるバッグから二つの封筒を出して、香奈へ渡しながら依頼人は席を立つ。
最初から用意してあった、領収書の入った封筒を渡して香奈がお辞儀をする。
「こちら領収書です。またのご利用お待ちしております。ありがとうございました」
長々と自慢話を繰り広げていた依頼人が、階段から見えなくなった時には香奈も限界だった。定時には少し早いが、オフィスの入り口にクローズの札を掛けてカーテンを引いた。
鍵を閉めそのままソファに倒れこんでしまった。香奈は突っ伏したままで、ぐらぐらする頭で今回の依頼の内容について考えてみるが、依頼人と自分一人で戦った事が腑に落ちなくて怒りがこみ上げてきた。
据わった目で起き上がった香奈はおもむろに彰人の腕を取り噛み付いた。かなり強く噛んだので彰人が飛び起きた。
「い、痛えぇぇぇ!何すんだ香奈!痛い!やめて!やめてくれえ!」
「ふぁぎとにょふぁかあ!(彰人の馬鹿!)」
「うぎゃあああああ!」
数分後何とか香奈をなだめすかした彰人の腕は歯形だらけだった。ソファに座ってつーんとそっぽを向く香奈の前で彰人は必死にあやまっていた。
「えっと香奈様?すいません……申し訳なく思っております。反省しております……」
「……がう」
かなり怒っているらしくまともな返事が返ってこない。困った彰人はバンザイのポーズで更にあやまった。
「本当に悪かったよ。頼むから機嫌直してくれよ。上手くいったじゃないか依頼」
その様子に香奈が思わず吹き出して、やれやれという顔になった。
「変なポーズして、もういいよ怒ってないよ。でも運が良かったよね!あのおじさんが有名大学の教授でさ!」
香奈が普通に話してくれるようになったので彰人はその隣に腰掛けた
「おう!おまけに飼い犬の血統も教授のほうが上とくるしな!おかげで説得が簡単にいったからな。おばちゃんの変わり身の早さには正直引いたけどな」
あの時彰人が教授から見せられた血統書の内容は、依頼人が持ってきた物よりも優れていたのだ。そのためブランド意識の強そうな、依頼人を説得することが出来たのだった。
ひとしきり彰人に噛みついてすっきりしたのか、香奈は彰人の肩に頭を預けるような姿勢になって話を続けた。
「うん。見事すぎて何も言えない感じだった。いいお婿さんだってさ……笑っちゃう」
「まあ、次は会いたくねえな。チップは随分弾んでくれたみたいだったけどな。ちょっと見せてみろよ」
香奈から封筒を受け取った彰人は、謝礼として渡された方を開けて中を確認してみた。そのとたん彰人の顔に驚きの色が広がる。
「おお!さっすがお金持ちだな!もう今日は店仕舞だし美味いもんでも食いに行こうぜ!」
まだ確認をしていなかったので、同じように横から中を見た香奈が彰人に抱きついた。封筒の中は一万円札が軽く何十枚という状態だった。
「キャー素敵!賛成!えへへ!あたしね焼肉食べたい!あの有名店行こうよ!」
「いいぜ。久し振りの焼肉だしな!それじゃさくっと出掛けようぜ」
一仕事終えた二人は足取り軽く陽気に夕暮れの街へと繰り出したが、静かに獲物に忍び寄る蛇のように音すら立てず、運命の歯車が回り始めた事にはまったく気付いていなかった。