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夜明けの約束  作者: 暮先 冬夜
夜明けの約束 一章
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始まりの依頼3

「お茶どうぞ……」

「あ、いえお構いなく……」

 二人は道端では周囲の目があるのでと、男性に少し離れた場所に建つ家に案内された。

 こんな所に住んでみたい!と香奈が絶賛した豪邸のリビングで、出された紅茶を頂きながら彰人は話をどう切り出そうか迷っていた。

 気弱そうな男性は二人に向き合ってソファに座り、紅茶を一口飲んでから自己紹介をした。

「私は山崎と申します。職業は大学で教授をしています。それで、その……」

 第一印象通りの教授の声はだんだん小さくなっていき、最後には口を閉ざしてしまった。

 両手を組んで上目遣いでこちらを見つめてくる。その様子を見て更に切り出しにくいと彰人は考えていた。

 目の前に小さくなって座っている教授では恐らく、あのざますなおばちゃんに勝てないだろうなぁと思うからだ。


 そんな空気をぶち壊すかのように香奈が袖を引いてくる。

「ね、彰人、彰人」

「何だよ。今俺静かに困ってんだよ?」

「分ってるけどさ……これ、この子……もしかして?」

 香奈が足元に視線を落とすのでつられて見ると、いつの間に側に来ていたのだろうか、写真で見たマリアンヌと同種と思われる小型犬がお腹を見せていた。

 彰人と香奈がじっと犬を眺めていると、教授が当時の状況を話し始めた。

「あ、あのう、その……うちの飼い犬です……開けてあった窓から脱走しちゃって……庭にいると思っていたんですが、いつの間にか外まで行ったらしくて。そのう……」

 ゆっくりと犬から教授へ視線を移した彰人はそういうことかと思った。

「あー全部言わなくてもいいですよ。大体分かりましたから……怖かったんですよね?」

 多分だが依頼主が喚いていたのだろうと彰人は考える。大体分かったという言葉に教授が反応する。少し前のめりになりながら更に説明を続けた。

「そ、そうなんです!あの人、ものすごい勢いで怒ってて。その子は声にびっくりして戻ってきましたが。わ、私とても謝罪に行く勇気が……足震えちゃって」

 色々思い出したのか気の毒なほど青ざめて、涙目になってしまっている教授を見て、二人とも午前中の光景がフラッシュバックする。

「分りますぅ!すっごく分りますぅ!あの人すごいですよね、怖いですよね?」

「ああ!あなたも被害に遭われたんですね……いやもう本当に」

 早々と意識を飛ばしてしまった彰人と違い、なまじっか耐え抜いてしまった香奈は、妙な親近感を持って教授と話し込み始めてしまった。


 その様子を眺めて嫌な予感がすると彰人が思い始めた頃に香奈が言った。

「ねえ!彰人。何とかならないの?この人助けてあげられないの?」

 予測通りの質問に彰人は額に手を当てる。

「馬鹿かお前は?……クライアントは誰だ?」

 彰人の言葉に香奈が怯む。

「うっ……そ、それは……あの、おばさんです。分ってるけどさ……わざとじゃないんだよ?何とか穏便にしてあげたいじゃない?いい手はないのかな?この子すごい可愛いよ?ほら、大人しいの!初対面のあたしでも抱っこさせてくれるよ。毛並みいいからさ?きっと可愛い子犬が産まれるよ?」


 彰人の方へ見せるように犬を抱いて、矢継ぎ早に香奈が訴える。だがこれは仕事で、非常に残念だがあの女性が依頼人という事実は覆らない。

 確かに故意ではないのだから何かいい手があればと彰人は思うが、世の中そんなに甘くは無い。気の毒だが発見の報告をしなければならない。

 そしてそこからは当事者同士の話し合いになるのだ。確かにこの家で飼われている犬は可愛く毛並みも品も良さそうだ。

 けれど依頼人がそれだけで納得するとは到底思えない。なにしろ自慢のマリアンヌ可愛さに、確認もしないではっきりと野良犬と断言していたほどだ。


 香奈に向かいお前は黙っていろという視線を投げて彰人は教授へ向き直る。香奈は不満そうにしているが、膝に犬を乗せて大人しくしている。

 嫌な役目は自分が引き受けようと考えた彰人は、上目遣いで不安げに自分を見ている教授に向かい話を切り出した。

「お気の毒ですが、こちらも仕事なので……この子がおいたをしてしまった野良……ゴホン。ワンちゃんですね?」

「はい、この辺りで犬を飼っているのは私だけなので間違いないです……処分しろとか言われてしまうんでしょうか?この種類が欲しくて、せっかくペットショップで予約までしたのに。何とかそれだけは避けたいですが……」

 肩を落とす教授の言葉に答えつつも彰人は気になることがあった。

「流石に処分なんて言わないでしょう。待てよ?この子はショップで購入されたんですか?ひょっとして?……あのうっかりしてましたが、血統書はありますか?」

 テーブルに半身乗り出すように詰め寄る彰人に、教授は小さく頷いたのだった。


 数分後教授から渡された血統書を確認しながら、彰人が教授に思いついた打開策を説明していた。

「山崎さん、この血統書が有れば何とかなるかもしれません。何とかして相手をまるめ……説明してきますので、後日の話し合いで上手く話を合わせてください」

 彰人の説明に本当に何とかなるのか不安だと顔に大きく書いてあるけれど、教授が何度も頷いていた。

「本当に何とかなるんでしたら怖いですが頑張ります。こちらの不注意でご迷惑をお掛けするうえに二重依頼みたいな形になって申し訳ないです……お願いします」

「はい、お任せ下さい。では連絡先を頂戴してもよろしいですか?」

 彰人と教授は携帯番号を交換し更に細かい打ち合わせを始め、香奈は打ち合わせの内容をメモに取り、自分も手順を間違えないように打ち合わせに参加した。

 香奈の膝の上では犬がのんびりとあくびをしながら丸まっていた。教授宅を出たのは一時間程後だった。

 まだ依頼人との交渉が残っている為、安心は出来ないが帰路につく二人だった。

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