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夜明けの約束  作者: 暮先 冬夜
夜明けの約束 一章
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始まりの依頼2

「いやぁ、まいったね。あのおばはんすごかったわ。まだ頭がくらくらするぜ」

「何言ってんの!途中から抜け殻になってたくせに!あたし一人で相手したんだからね!頭痛いのはあたしのほうです!大体なんであんな依頼受けたの?」

「悪かったよ、怒るなよ。金払いが良かったからさ……ついね」

 痴話喧嘩のような会話をしつつ二人が向かっているのは、東京都内でも屈指の高級住宅街だ。

 普段の二人には近寄る事すらない場所だが、仕事となれば気が進まなくても足を運ばなくてはならない。

 平日昼間に高級住宅街で犬との追いかけっこが仕事というと、訝しがられそうだが悪い事をしているわけではない。


 元々は彰人が早くに亡くなった両親から継いだ会計事務所があり、幾つかの企業の顧問をして運営していたのだ。

 しかし不況の波が忍び寄り担当していた企業が倒産したり、実家の跡を継ぐために故郷に帰るんですと、雇っていた従業員が退職したりと少しずつ先細りになってしまった。

 会計事務所として回らなくなってしまったわけではないが、違う仕事を始めてみたかったから思い切ってたたんだという話をゲーム内で一緒に冒険しているときに聞いた。

 そして始めたのが便利屋だった。お庭の草刈からワンちゃんの散歩まで何でも請け負います。あなたの街の便利屋さん!みたいなフレーズが看板に書いてあった気がする。

 会社勤めを辞めた後に次にやりたい仕事というか目標がなかった香奈は、彰人に誘われるままバイトとして手伝うようになっていた。


 そんなわけで稀によく分っていない、他の業者と混同している今回の依頼者みたいな方もやってくる事がある。

 便利屋さんだから時間幾らで草むしりとか掃除・ペットの散歩はするが、捜索は少し違うと説明はしてみた。

 最初からヒートアップしていた依頼者が全く聞いていなかっただけだ。だから悪い事じゃないと自分達に言い聞かせつつ、当てもなく犯人(犯犬)を探しているが、道行くお金持ちの皆様の視線が痛い……。


 二人は噛みつかれたり引っかかれたりという、もしもの場合に備えて厚めの軍手をはめている。

 そして網とケージとジャーキーの三種の神器?を携えているわけだが、見た目が百歩譲っても怪しい事この上ない!

 じろじろと眺められ聞こえるくらいの声で、高級な血統書つきの飼い犬を誘拐して売り飛ばしているに違いないだのと井戸端会議!をされる。

「むかつくわー。……好きでこんな所まで来て怪しいことしてるわけじゃないのよ!」

 香奈はヒソヒソとこちらを覗うご婦人方に、今にも噛みつかんばかりの視線を投げた。

 そのままだと文句を言う為に歩き出しそうだ。落ち着けという意味で香奈の肩を彰人が押さえる。

「まあ、落ち着けよ。な?もう少ししたら休憩しようぜ?な?」

「だって、日傘の陰で馬鹿にしてんのよ?そうに違いないわ……天気いいから日傘有っても不自然じゃないし。そう思わない?」

「うーん。確かに天気はいいが……とにかく落ち着けって。ほら、捜そうぜ」

 迂闊なことを言うと矛先が自分に向く気がした彰人は、香奈の気を変えようと犬捜しを続行するように促した。

 ちらっと空を見上げると香奈の言うように雲一つ無く日差しが厳しい。何故か二人揃って太陽に愛されているらしく、出掛ける際は天気がいいことが多い。

 遊びに出掛けているならいいけれど、仕事で長時間外にいる時などは辛い場合がある。


 何時間か歩くと暑さと疲労で、電柱があることすら気に障るような気がすると呟きはじめた香奈をなだめつつ、彰人も打つ手が無い状況に困っていた。

 聞き込みをしようとすると逃げられ、侮蔑の視線だけが投げかけられる。肝心の犬の姿は無く、そろそろ夕暮れが近くなってきたから捜索は難しくなってきていた。

 状況が変わったのは今日は収穫なしで切り上げて帰ろうと、二人が話し合っている時だった。

「あ、あのう。すいません……お二人は何をなさっているのでしょう?」

 遠慮がちに聞こえてきたのは男性の声だった。不意に後ろから掛けられた問いに、彰人は内心冷や汗をかきながらゆっくり振り向きつつ思った。

『やばい!不審だったかも……せ、せめて香奈だけは巻き込まないぞ。……でも、職務質問はいやだなぁ』


 しかしそこに居たのは、市民の安全を守る制服の正義のお兄さんではなく、大学とかで生徒にからかわれつつ、講義と実験や研究にいそしんでいる感じの人物だ。

 やや上目がちに不安げな表情でこちらを見ていた。

「先程から何時間もこの付近にいらっしゃいますよね?……何をされているのでしょう?」

 こんな時は相手を怯えさせてはいけない、それこそ制服の方を呼ばれてしまう可能性があるからだ。

 とびきりの営業スマイルを張り付かせて彰人が答えた。

「い、いやぁ。あはは……ちょっと頼まれて犬を探しているんですが。そうだちょうどいい、この辺りでこんな特徴のワンちゃん見かけませんでした?」

 依頼主の偏見に満ちた……もとい依頼主が客観的に?見たという犬の特徴を彰人が話した途端に、男性は目が泳ぎ始めていた。

「い、犬ですか……そうですか……すいませんね。見てないですね……」

 勿論彰人はそれに気付いていたが当たり障りのない返事をする。

「あ、そうですかぁ。いや残念だなぁ。お手間取らせてすいませんでした?」

「……」

 彰人と男性の間に微妙な沈黙が流れたが、明らかに男性は挙動不審だ。やりとりを見守っていた香奈は、男性が逃げたそうにしている気がした。

『この人何か知ってる!でも彰人が話してるのに口挟むわけにも……いいやもう、聞いちゃえ』


 手掛かりがあるかもしれないのに、逃げられては意味が無い。思い切って香奈が口を開こうとした時だった。耐え切れなくなった男性が先に折れた。

「……ごめんなさい!ごめんなさい!話しますから睨まないで……」

 男性は何故か話をしている彰人ではなく、香奈に向かって謝りはじめたのだった。

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