俺以外全員妹
「おにいちゃん!!!」
それは妹と言うにはあまりにも野太い声だった。
大豪田ジャギ松。
我が聖コロンバイン高校に君臨する闇の帝王。
人類の範疇から逸脱するかのような身長と体躯。
分厚い胸板。
筋肉で隆起した太い腕。
男らしさをアピールするかのように激しく渦を作る自己主張の激しい眉。
まさに漢。
その大豪田が……
妹になった。
念のために言うが俺は狂ってはいない。
狂っているのはこの世界だ。
西暦2014年。
ある病が人類の雄、つまり世の男性を襲った。
それは……
『妹になる病気』
何度も言うが俺は狂っていない。
その病気に罹患したものは、男の証であるゴールデンボウルとメンズキャノンの主砲が消滅。
三つの至宝が消滅してから一ヶ月ほどで男子としてのアイデンティティは崩壊。
徐々に妹属性に目覚めていくのだ。
……大豪田も例外では無かった。
三つの至宝は消滅。
身長は縮み、全体的に細い体躯になった。
眉毛は太眉という範疇に収まるようになり、ワックスも使わないのに逆立っていた髪の毛は茶色いおさげになった。
声だけはまだ変化の途中である。
「おにいちゃん! まゆぴーね。今日お弁当作ってきたんだ♪」
まゆぴー(笑)がそう言った。
大豪田は女体化してから真由と名乗っているのだ。
「お前ジャギ松だろが」とツッコミは入れない。
古代中国から伝わる暗殺拳で抹殺されるからな!
俺は仕方なく調子を合わせる。
「真由のお弁当はおいしいからな(棒)」
「うふふ。おにいちゃん。大好き♪」
繊細な俺の神経への過大なストレスのせいで、臓物の奥から酸性の液体が喉に逆流してきた。
誰かマジで助けて。
だがこの程度はまだまだ序の口なのだ。
「おにいちゃん!!!」
俺たちが学校に入ると明るい女の子の声が聞こえてきた。
『リア充爆発しろ!』だって?
ざけんな死ね。マジで死ね。
一〇八回死んで生まれ変わってくるな!
あのな聖コロンバイン高校は男子校だ。
つまりこれも元男子だ。
しかも俺は元の姿知ってるんだよ!
「ジュンね。ジュンね。おにいちゃんを待ってたの!」
ぴょこぴょこと動く小動物はそう元気よく言った。
ジュン。
本名、ジャック本郷。
フィリピンハーフでボクシング部主将。
フラッシュだのマッハだのメガトンだのという毎回違う必殺技で全ての試合に勝利した最強のボクサーだ。
つかてめえらなんで微妙に名前のセンスが古いんだよ!!!
親の世代のネームセンスだよな!!!
オイコラ責任者出てこい!!!
だが声には出さない。
岩をも砕く新必殺技で抹殺されるからな!
「お兄ちゃん一緒に登校しようね♪」
あーマジでこの世界滅びねえかな。
そう思いながらも俺は妹(笑)どもに笑いかける。
もちろん愛想笑いだ。
こうして俺が休む間もなくツッコミをするのが朝の恒例行事になっている。
でも二人だけだ。
それに、まゆぴー(笑)は三年だ。
……年上の妹って何?
俺全然わからない。
まあいいや。(思考停止)
朝さえ乗り切れば大丈夫だ。
妹が一人減るし。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
「「お兄ちゃん!!!」」
俺が教室に入るといくつもの甲高い声が聞こえてきた。
どいつもこいつも妹だ。
なおもうすでに忘れているかもしれないがここは男子校だ。
俺の口元がひくつく。
あ、悪夢だ。
あのな、こいつら一見すると美幼女の集団だけどみんな元汚い男子学生だからな。
この連中ね、全員おっさん顔で古代中国に伝わる胡散臭い暗殺拳とかの使い手なの!
うらやましい点なんて何もねえからな!
「どうしたんだい? 兄さん」
王子様系っぽい声の女子が俺に話しかけてきた。
黒髪でボーイッシュ。
少女漫画に出てきそうなキャラだ。
つうか王子様っぽい妹ってなんだ?
今から殴るから責任者マジで出てこい!
……こいつは林。
今の名前はリン。
超適当なコイツは台湾からの留学生だ。
やたら最終奥義がある暗殺拳の使い手で元はイケメン細マッチョ。
以前は全男子高校生の敵だった。
リア充爆発しろ!!!
特に理由もなくムカついた俺はジト目でリンを見る。
「兄さん……その熱い視線……とうとうボクの愛を受け入れてくれたんだね……」
キラキラと目を輝かせて林がそう言いやがった。
脳みそわいてんのか?
心の中で毒づいた俺の顔の前にシュッと何かが突きつけられた。
ナイフだ。
「今、兄さん『ねえよ。バカ死ねよ。このクソビッチ』って思ったでしょ?」
そこまで思ってねえ!
「あはは。全部あの女が悪いんだよ……」
あの女って誰だ?
「あの女がボクの兄さんに馴れ馴れしくするから!」
おーい。勝手に進むな!
俺はお前ら変な生物以外にモテたことねえぞ。
「許さない許さない許さない……」
おーい! 戻ってこーい。
「……ない……そうだ! こっちの悪い子には罰を与えないとね。大丈夫痛いのは一瞬だから」
そう言うとヤンデレ妹(絶望)がナイフを振り下ろした。
俺は必死になってよける。
ナイフは俺の机に深々と突き刺さった。
元男で幼女でヤンデレ。
なんというハードモード。
すでに俺のSAN値は限界を迎えていた。
「あー! リンちゃんずるい!」
ジュンがそう言った。
なぜか手にはトゲ突きメリケンサック。
「てめえらざけんな!!!」
とうとう俺がキレた。
なぜかって?
命が惜しいからだ!!!
ここで止めないと俺が死ぬ。
主に精神的に。
「ふええええええええ……」
クラス三十名全員残さず涙目。
……あっれー?
反応がおかしい。
このクラス、半殺程度なら笑い話で終わりのはずだよな?
俺がキレただけでなにこの反応。
「お兄ちゃ……」
はあ……なんすか?
「兄様……」
はいはい。
「「お兄ちゃんのバカぁーッ!」」
ぎゃああああああああああッ!!!
まあアレだ。
気功弾とか新必殺ブローとかナイフとかな。
空中コンボ。
バレーボールのように空中を飛んでいく俺。
もちろん俺汁を吹き出しながら。
あ、下ネタじゃない方な。
死ぬな普通に。
ガシャン。
あれ?
窓割れたんじゃね?
っつーことはアレだ。ここ二階な。
フリーフォール。
おお、「ああああ」よ。
しんでしまうとはなにごとだ。
◇
「お兄ちゃん」
もう妹はこりごりです。
「お兄ちゃん。……起きて」
あー。そっか。
全部夢か……
夢オチって素晴らしいな。
夢オチ最高!
ヒャッホー!!!
「お兄ちゃんの胸に手を突っ込んで直接心臓マッサージを……」
なんか聞こえたけど全部幻聴に違いない。
げんちょーうーでーすー!!!
うん。誰にも相手にされない村人Aでいいんだ。
回り全部、変な生物に囲まれてるよりは……
「兄さんのいない世界なんて滅ぼしてくれる」
ちょっと待てい!!!
俺がムリヤリ目を開けるとリンが、ナイフを持っていた。
もちろんレイプ目になって人の話を聞かないモードだ。
そこは保健室だった。
どうやら俺は二階から落ちてここに運ばれたらしい。
あれだけ血を流したのに死にそうな感じは全くない。
連中に付き合ったせいだろうか?
体が頑丈になってきているような気がする。
話を元に戻そう。
部屋で俺を心配そうに見ているのは、まゆぴー(笑)、ジュン(笑)、リン(絶望)だ。
リンだけ何かが違うのは俺の神経のためにスルーだ。
「殺さないでください(震え声)」
俺は命乞いをする。
だって死にたくないもん。
「嫌だなあ。殺したりなんかしないよ。ただボクだけを見てくれるように地下室に……」
怖いわ!
「ジュンはお兄ちゃんの子どもが欲しいな」
イヤだ。
「まゆぴーもお兄ちゃん大好き」
大好きな相手にこの仕打ち。
お前ら小学生に戻って「人を殺しちゃいけません」からやり直せ。
キレながら呪詛の言葉を脳内で再生しまくる俺。
そんな俺にまゆぴーが笑顔で話しかける。
「あのね。みんなも心配してるよ♪」
みんな?
おい待て。
みんな?
「「お兄ちゃん!!!」」
そこには百名を超える妹たち。
うれしい?
どこが?
つうか半分以上年上だよな!
つうか先公までいやがる!!!
なんかムカついてきたぞ。
お前らザケッ……ひぎゃああああああああッ!
妹たちが俺に群がる。
俺はたぶんこの先長くないだろう。
近い将来、妹たちに殺されるだろう。
コメディ補正で死なないような気もするけどな!
だからこれだけは言っておく。
ハーレム欲しい?
ふざけんな!
ほとんどの男は一人でも持て余してるんだよ!!!
つかこんなハーレムいらんわボケ!
「おにいちゃんだーい好き!」
ざけん……
そこで俺の意識は途絶えた。
あ……でもみんな心配はいらないから。
まだ死んでねえし。
こうして俺の平凡かつ地獄のような一日が終わった。
……平凡ってなんだろうな(震え声)
こうして俺の苦悩は永遠に続くのだ。
文章力アップ大作戦に載っていた物にオチをプラスしました。
たいへん遅くなってすみません。