異世界召喚注意書き~はぐれ超次元刑事・情熱系~
作者はリアルタイム世代ではありません。
見たことのない空間だった。
「ここは……?」
目眩を覚え、額に手を当てて朱雀院修人は記憶を探る。
覚えている最後の場所は、家の近所だった。学校の帰り道、どこかの街にもありそうな、商店街の一角を歩いていたはず。
そこで、信号無視で突っ込んできたトラックに、轢かれたはず。
なのに、こんな場所に来るまでの経緯が、まるで思い出せない。
現状を把握するには、情報が絶対的に足りない。だから朱雀院修人は辺りを見回す。
そこは丁寧に加工された石材が毅然と並べられた、石造りの部屋だった。全体の広さは教室ほど、中央は四畳半ほど祭壇のように一段高くなっている。そこには光る砂のようなもので、オカルティックな『魔法陣』を連想する文字や記号や線が描かれれている。そして朱雀院修人は、その中央に立っていた。
「ようこそ……」
そして人間がいた。それも複数。多くは骨董品かコスプレ衣装としか思えない鎧を着込んだ男たちであったが、そちらはどうでもいい。
重要なのは、その列から離れ、朱雀院修人に話しかけながら歩み寄る人物だから。
ちゃんと動いてちゃんとしゃべる。そして何より美少女であることが大事だった。
「えぇと……」
しかし話しかけられても、状況を理解しておらず、なんと返していいのかわからない龍造寺修人は、固まった。
見た目は一〇代半ばほどかと推測する。日本人からするとヨーロッパ系の人々は年齢が推測しにくいが、二〇歳を超えた大人にはとても見えない。
二の腕の細さや肩の厚みから華奢と思える体は、質素ながらも作りの丁寧さを感じさせる、花びらを寄せ集めたようなドレスに包まれている。蜂蜜色に輝く髪を頂く小さな頭には、簡素ながらも宝石が飾りつけられた冠を載せている。桜色の唇を綻ばし、エメラルドを思わせる澄んだ目を細め、憂いを帯びた笑みを浮かべる空気は、一般人のものとは異なる。疲れが顔に現われている気もするが、それは憂いとなり、彼女の美貌を別の形で飾っている。
美少女だった。しかもお姫様だった。
少女の美貌だけでなく、明らかに一般人とは異なる高貴なオーラに、朱雀院修人は反応に迷うことすら忘れて硬直した。
「突然のご無礼、失礼申し上げます」
しかし王女は、朱雀院修人の内心に気づかない様子で、居住まいを正して語り始めた。
「私はジュゲ連邦ム・ゴコーノス王国王女、リキレ・カイジャ=リスイ・ギョノス・イギョウマツと申します。この度、貴方様をこの国にお呼びたてしたのは、わが国の危機的状況をお助け願いたく――」
そこで王女がなにかに気づいたように、顔を曇らせ、言葉を区切った。
あまりにも急激な変化、ンな長ったらしい名前覚えられねーよ的自己紹介を受けて、朱雀院修人は固まったままだった。
「……あの? 翻訳魔法が働いていないでしょうか? 私の話している言葉がわかりませんか?」
「あ、いえ! 聞こえてます! わかります!」
可憐な顔を不安そうに曇らせて、王女が下から顔を覗き込んできた。つまり真正面からその美貌を拝むことになり、朱雀院修人は慌ててしまう。目を合わせて誰かと――それも異性と――話すなど、何年ぶりだろうか。
そんな感情を誤魔化すように、朱雀院修人は口を開く。
「これは、その……僕はいわゆる、異世界召喚とか、異世界トリップって呼ばれるもので、呼ばれたんでしょうか……?」
薄々そんな予感はしていた。
トラックに轢かれたと思いきや、気がつけば別の場所に。そこには甲冑をつけた男たちと、王女を名乗る薄幸そうな美少女がいる。
「はい。貴方様の世界を基準にすると、ここは異世界です」
そして王女は肯定した。
「それで……失礼ながら、お名前を教えて頂けますか?」
「え!? 朱雀院修人――いや、こっちだとシュート・スザクインになるんですか?」
「なんと力強い響きのお名前……」
王女が名前を聞いただけで感動していた。
そして朱雀院修人も感動していた。
男たちが着こんでいる、甲冑があるのも当然だろう。あれは実用品に違いない。
鎧の胸部分に描かれた、竜のような紋章。ここにはドラゴンがいるに違いない。
今立っている場所に描かれた魔法陣。魔法が存在するに違いない。
そして自分は勇者として召喚されたに違いない。
第三者的には『ちょっと無理じゃね?』と言いたくなる思い込みの強い思考回路で、ここは多くの人々が憧れる地・中世ファンタジー風異世界だと結論を下し、朱雀院修人の心は感動に打ち震える。
「あの、王女様……僕はどうして、ここにいるのでしょうか?」
それでも念のため、朱雀院修人は問うと、王女は顔を憂いの色へと再び染め、途中になっていた状況説明を続けた。
「今この国は……いいえ、亜人や妖精族を含めた、大陸中の者達が、存亡の危機に立たされているのです」
王女の言葉により、亜人や妖精がいることが確認できた。
やっぱりエルフ・ドワーフは当然だろう。もしかすればハーフリングもいるかも。そして忘れてならないのは獣人。オオカミ男みたいな獣頭人身は遠慮したいので、人ケモ九対一くらいの割合の獣人を希望。ケモ耳と尻尾をモフり倒すぞひゃっほいなどと考えつつも、真面目に話を聞こうとする脳機能五割ほどに意識を向ける。
「三〇〇年前にも同じようなことがありますが……」
「その時は、どうしたんですか?」
「異界よりいらっしゃった、銀の鎧を身にまとい、光の剣を携えた勇者様が、魔王を封印されたのです……」
やっぱり魔王か。魔王なのか。お約束の踏襲なのか。
どんな魔王だろうか。名状しがたいウニョウニョした感じの不思議生命体だろうか。ねじれたヤギの角とか生えた美青年だろうか。時空を超えた第六天魔王様だろうか。意表をついて芋焼酎だろうか。
真面目に話を聞こうとする脳機能が三割ほどに低下したので、思考回路がまた変な感じになりながらも、朱雀院修人は王女の話に耳を傾ける。
「ですがどうやら、その封印が解かれてしまったようです。二週間前、魔王が全人類に対する宣戦布告を行ったのです」
やはりか。やはりなのか。
朱雀院修人の期待が否が応でも高まる。真面目に話を聞こうとする脳機能が一割ほどにほどに。
既にリーチはいくつもかかり、いつでもBINGOオッケーな状態、次の数字発表をドキドキしながら待ち望んでいる心境と似ているだろうか。
「だから私は最後の手段、三〇〇年前と同じように、王家の者だけに伝わる禁呪――召喚魔法を使い、シュート様をお呼びしました」
テンプレキタアアアアァァァァァッッ!!
世界のピンチに現われる、異世界の勇者・自分。
きっと中二病患者ならば誰もが想像し、憧れただろう空想が今、現実に。
朱雀院修人は、鳴り響いた脳内ファンファーレと共に絶叫したい気分だった。
しかし王女をはじめとするこの国の人間にとっては、ただただ無力感に打ちひしがれる絶望的な不幸だ。それを喜ぶなど不謹慎すぎる。辛うじて残り五厘ほど正常に働いている理性という名の脳機能が、黄色い絶叫を押さえ込んだ。開戦前に『最後の手段』を使うという不思議さを理解すらせずに。
「僕が、勇者……!」
ただ絶叫はしなくても、溢れんばかりの喜びは、朱雀院修人の口から漏れ出てしまった。
「はい……シュート様には大変申し訳なく思いますが、私たち人類の、本当に最後の希望なのです……」
それをどう解釈したか、王女は悲しみの色を浮かべる。
「シュート様にもきっと、これまでの生活があるでしょう……なのに私たちの勝手な都合で、戦いに駆り立てるような真似をしたのですから……」
いい人だ。王女なんて肩書きとは裏腹に高慢さなど微塵もなく、切羽詰った状況にも思いやりに見せている。名前が長すぎて全然覚えていないナンチャラ王女は、きっと国民からの人気も篤い人なのだと朱雀院修人は考える。
「いいえ。気にしないでください」
だから朱雀院修人は、微笑する。
この状況は彼の望むところではある。けれどもそれはそれとして、この王女の助け――ひいてはこの世界の助けになりたいと。
「僕が勇者として、この世界に呼ばれたのならば、その役目を果たしたいと思います」
朱雀院修人の脳裏に、これからのサクセスストーリーが作られる。
白銀の鎧を身につけ、剣を腰に携えて、王女をはじめとする大勢の人々に見送られながら、王城を背に魔王討伐の旅に出る自分の姿。その側には頼りになる旅の共。やはり剣士・魔法使い・賢者という黄金パターンだろうか。いやそれだとダンジョンが怖いので剣士の代わりに盗賊を入れるべきだろうか。
この世界の常識はなにも知らない。戦い方も知らない。魔法なんて全くわからない。だからきっと足手まといになるだろう。それが原因で仲間たちと衝突することになるかもしれない。しかしそんな衝突こそきっと必要だろう。話し合い、もしかすれば殴りあえば、きっと旅の終わりには『そんなこともあった』と笑い合えるいい関係になるに違いない。
最初は徒歩だろうから、家から十五分圏外へは自転車か電車を使うひ弱な現代っ子には厳しい旅になるだろう。しかしいずれ冒険が進むうちに馬車を手に入れ、更にいずれは空を飛ぶ手段を手に入れ、世界をところ狭しと駆け回ることになるのだろう。
双璧・三魔将・四天王・五本指・六仙・七英雄・八武衆・竜生九子・十傑集・十一は飛んで十二神将などと中二病溢れる名で呼ばれる強敵たちとの厳戦の末、魔王の住まう城へと辿り着き、そこでも玉座を前に壮絶な戦いを繰り広げて――
そしてどうなるのだろう? 自分は元の世界に帰ることができるのだろうか? それともこのままこの世界で暮らすことになるのだろうか? 召喚されたとしても帰還できないというのはよくあるパターンだ。しかしそこはそれとしよう。いま大事なのは魔王を倒すことであって、それを果たす前から帰ることを考えるなど非人道的だ。
などという、冷静な第三者が『人生ナメてね? 召喚チートある前提で物事考えてね? お前の思い通りになるとは限らないだろ』と言いたくなるサクセス前提の脳内ストーリーを朱雀院修人は展開していると。
空間が波紋立った。
雫が落ちた水面のように、けれども水平方向ではなく、縦方向に空間が揺らぐ。
「え……?」
王女が驚きの声をこぼす。鎧の兵士たちもざわめき始める。つまりは誰もが想定外の事態だと、朱雀院修人も理解した。
なにが起こっているのか想像もつかぬままに、その場の全員が現象を見守っていると、空間に穴が開いた。内部は壁も天井もなさそうな、左回転りする時計が歪んでウニョウニョと蠢いていたり、目の錯覚というか『ごくまれに光が原因で体に異常を感じる体質の人がいます。部屋を明るくして離れて見てね』のテロップが絶対に必要な光景だった。
「逮捕だああああぁぁぁぁっ!!」
そして穴から、中年の域に達した思える男が飛び出してきた。やたらと長いモミアゲと、割れた顎が特徴的な男だった。ベージュ色の中折れ帽を被り、同じ色のトレンチコートと着ているが、その下はなぜかレトロフューチャー感たっぷりな金属っぽいピッチリ全身タイツを着ている。
ダミ声を上げるレトロフュチャー中年男に続き、兵士たちの金属鎧とは異なる鎧を装着した、警察特殊部隊を連想する一団が整列し、銃としか思えないものを構えた。
朱雀院修人だけではなく、誰も反応できない間に制圧体勢が整えられたのを見て、レトロフュチャー中年男が、王女に目を留めて、宣言した。
「ジュゲ連邦ム・ゴコーノス王国王女、リキレ・カイジャ=リスイ・ギョノス・イギョウマツ! アンタを逮捕する!」
傍から聞いていた朱雀院修人が真っ先に思ったのは『その名前を噛まずに言えるのスゲェ』だった。あと王女の名前が変だなと、二度目にしてようやく思う。
「た、逮捕……? あなたは一体……?」
事態を把握しているとはとても思えないが、王女が呆然とレトロフューチャー中年に問うと、彼はコートの内側から身分証らしきものを取り出して示した。
「次元間犯罪警察機構――DCPOのカネガタだ」
つまりは某国民的未来の世界の青ネコロボットに出てくる時間警察のようなものかと、朱雀院修人は納得する。
そしてだからレトロフューチャーな金属繊維製全身タイツなのかとも納得する。というか昭和な時代の人たちは、どういう時代背景から未来人は全身タイツを普段着にすると想像したのか改めて疑問に思ったが、そんなのはどうでもいい。
「禁止されている生命体の次元転移――いわゆる『異世界召喚』を行った罪で、逮捕する」
超次元中年刑事――刑事と称して正しいのか疑問だが――が、丁寧であるものの威圧感を帯びた声で、もう一度宣言した。
まぁ確かに異世界召喚は犯罪かもしれない。その世界・その時間に『存在しない存在』を連れてくる行為を、SF設定で故意に行えば時間犯罪として描かれる。
そうでもなくても日本の刑法では略取誘拐罪に当たる。強制的手段を用いて、相手の意思に関係なく生活環境から離脱させて支配下に置いている。誘拐課程に理論不明な魔法が絡むので実証が難しいが、誘拐した事実に変わりない。
そして国どころか世界が違おうと、世界の存亡に関わる切実な理由があろうとも、正当性はない。もしもあれば『私の家は貧乏で大変なんです! このままでは一家離散か飢え死にしてしまいます! だけどあなたの家はお金持ち!』などと言う同機からはじまった身代金目的の営利誘拐にも正当性があることになってしまう。
「え、ちょ、待ってください……!?」
王女にしてみれば、謎の集団が現われて、理解不能なことをのたまっているのだ。
ただ、とても友好的とは思えない雰囲気と、これから自分を拘束しようとしていることは理解できるため、後ずさる。代わりに固まっていた兵士たちが前に出て、遅れて剣や槍を構えて王女をかばう。
「抵抗するなら容赦はせんぞ」
超次元中年刑事の言葉に、兵士の一人が剣を頭上に構えて、雄々しく飛び出す。振り下ろされる剣が届けば頭をカチ割るだろうが、それより早く超次元中年刑事は叫ぶ。
「撃てぇぇぇぇっ!!」
本当に警察特殊部隊だったらしい。一斉に構えた銃の引き金を引いた。
銃口から飛び出したのは、ビームだった。ただしここでもレトロフューチャー風に、直進せずにウニョウニョ蛇行する怪光線もどきだった。
剣を手に飛び出した兵士に命中すると、吹っ飛ばした。分解もせずに鎧に穴も空けていない非殺傷兵器ならば、やはりレトロ風に感電してなぜか骨が透けて見えてアフロ化するのかと思いきや、違った。
うめいているので死んでいないが、鎧装着状態で容赦なく吹っ飛ばされた兵士を見て、ファンタジー勢の人間は絶句と硬直をした。
そんな彼らに超次元中年刑事が、もう一度、冷徹に言い放つ。
「抵抗するなら容赦しない。武装を解除するんだな」
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そして、王女の手に冷たい手錠がはめられた。ここだけは超テクノロジーを使っている様子もない、二一世紀のものと変わらない手錠だった。
「ゆ、勇者さま……シュートさま……世界を、この国を、お救いください……」
特殊部隊員の一人に連行される王女が、涙ながらに懇願する。
あまりの超展開に呆然としていた朱雀院修人は、ここでようやくハッとした。
レトロフューチャー的要素が入ってきて、そこでは異世界召喚が禁止事項となっているらしいが、王女が逮捕されたからと言ってなにも問題は解決しない。
この国は、いや世界は、魔王の軍隊によって蹂躙されようとしているのだ。
それを停めるために、朱雀院修人は勇者として、この世界に召喚されたのだ。
勇者としてやるべきことがあるだろう。
しかもだ。召喚そのものは超時空的に犯罪行為だったとしても、自分の意思が関わっているとなればどうだろう。
ストックホルム症候群などではなく、勇者として選ばれた自分が、自分の意思でこの世界にやって来たと証言すれば、王女の罪はなくならないだろうか。
朱雀院修人はそう思って、口を開きかけたが。
「まぁ、この世界の戦争も、これで収束するだろう……」
「え?」
小指で耳ホジホジしながらな超次元中年刑事のひとりごとに、反論しようと思っていた気が削がれた。
そうこうしている間に、王女は空間に空いた穴に押し込められて。
『あっ!? あなた!? 魔王!?』
『ぬ……? 我のことを知っておるのか?』
どういう理屈か中にもう一人いたらしい。聞こえてくる女……というよりは少女の声と会話を始めた。
『忘れもしません! 宣戦布告の時に映し出した幻影と全く同じ姿じゃないですか! それにそのツルペタチンチクリンな姿は間違うわけありません!』
『誰がツルペタじゃ!?』
『どう見てもないじゃないですか!』
『ぬぐぐ……! 我だってあと一〇〇〇年もすれば……!』
あの超空間的穴にいるのは、魔王らしい。それもきっと『~のじゃ』口調のロリババアタイプ。
『なぜ魔王がこんなところで捕まってるんですか!?』
『勇者召喚しようとしたら、あのワケわからん連中が出てきて捕まえられたのじゃ!』
『魔族が勇者召喚……!? なぜ王家の秘術を……!』
『はっはー! 異世界との繋がりを作れるのが、お前たち人間どもだけかと思うたか!』
まぁ確かにそうだろう。異世界の人間が絶大な戦力たりえるのであれば、魔族側も模倣しない理由はない。
『だが今回も……三〇〇年前も失敗したがな』
だが、得意げだったロリのじゃ魔王(仮)の声に、自嘲の色を帯びる。
『三〇〇年前に出てきたのは、光の勇者じゃった……銀色に輝く鎧を着て、光の剣を手に、出て来ていきなり『逮捕する!』と我に襲い掛かり……』
『ちょ、ちょっと待ってください……! 光の勇者を召喚したのが、魔王……?』
『わかっておらぬのか!? そもそも召喚ではないのじゃ! 今回もやって来て我とお前を捕まえたのは、お前たち人間が『光の勇者』と呼ぶヤツじゃぞ!?』
『あのお方が!?』
『ちと歳を食ったが間違いない! 三〇〇年前に自分の熱さに酔って『レェェェェェザァァァァァァブレェェェェェェドォッッ!』などと叫んで我を打ち倒してどことも知れぬ隔離施設に閉じ込めたのはヤツじゃ!』
「…………」
朱雀院修人の視線が、超次元中年刑事へと向かう。
彼はコホンと咳払いをして気を取り直し。
「パイポ魔帝国シューリガン・グーリンダイ・ポンポコピポンポコナ! 前科一犯! 連行せよ!」
「はっ!」
朗々した声で部下に命令した。
『ひぃぃぃん! また臭い飯を食うのはイヤじゃあぁぁぁぁっ!』
そしてロリのじゃ魔王(仮)の声がドナドナと遠ざかっていく。
つまり、あれなのか。
三〇〇年前に魔王は、宇宙刑事ヒーロー的超次元刑事に逮捕連行されて、どこかに収監されて臭い飯を食うことになったのか。それを封印と呼んでいたのか。
そしてタイムトラベル的要素が絡んでるのか、それを行ったのは目の前の超次元中年刑事と同一人物なのか。某アレなコンバットスーツに身を包んでいたなら、確かに『光の勇者』として語り継がれるように、銀色に輝く鎧と光の剣を持っているだろう。
更に当時は若気の至り真っ最中だったのか。今は中年となってしまっていても、過去は夢と希望に溢れた青年だっただろう。
「えーと、アンタは……」
超次元中年刑事は、なんとも言えない朱雀院修人の視線は無視する構えらしい。
もっとも『若さってなんだ?』な過去をほじくり返す質問を問うと、吐血・憤死コンボ成立の可能性もある。そして過ぎたことは振り向いてはならないのだ。男同士ならば理解しないとならないので、朱雀院修人は口を閉ざす。
「第六次元の、銀河系内太陽系第三惑星・地球の、スザクイン・シュートさんですな」
ナリはレトロだが、所持品はそうでもないらしい。そして超科学の産物ともなれば、惑星どころか次元の違う世界の住人のデータも一発検索可能らしい。スマフォらしき物を取り出して操作して、超次元中年刑事が朱雀院修人の身元確認を行い始めた。
「今回は大変でしたな。部下に家まで送らせます」
「え?」
時空の壁が立ちふさがっていると思えるのに『送らせます』などというその気安さも驚きだが、そこはSF的にワープができるのだろうと無視するとしても。
到底無視できない内容が含まれている予感を覚えて、朱雀院修人は声を上げる。
「ちょっと待ってください……! 僕、勇者として召喚されたんですよね!?」
「ですが、魔王も連行しましたしなぁ」
確かに魔王不在な以上、朱雀院修人の冒険は『ゆうしゃ レベル1』になる以前、オープニング途中くらいの段階で終了してしまった。
与かり知らぬというか知るわけねーだろいう外的要因の超展開によって。
「僕、どうなるんです……?」
絶望を予感して震える声で、朱雀院修人は問う。予感もなにもないのだが。
「ですから、家までお送りします」
超次元中年刑事は、事も無げにもう一度言い、笑いかける。
「よかったですなぁ。またいつも通りの生活が送れますよ」
だが朱雀院修人にとっては、なんの慰めにもならなかった。
「やっと……やっと……あの生活から脱け出せると思っていたのに……!」
朱雀院修人はあまりの衝撃に脱力した。石畳の上にガクリと膝を突く。
「夢だったんです……ある日突然異世界に行くことになって、新しい人生を生きる……それが叶ったのに……! なのに……! こんなのあんまりです!」
あまりにも非現実的な夢だ。それを現実逃避と言えばそれまでだ。
だがしかし、途中まで夢はに叶ったのだ。
このような形で夢を終わらせられるのは、残酷かもしれない。それもファンタジーとは極地のレトロフューチャー要素によって。
「そうは言われましてもね、こちらとしては無視できないのですよ」
超次元中年刑事、ひいては次元間犯罪警察機構と名乗る組織にとっては、異世界召喚・転移など事故か事件でしかない。
「特殊なメールを開いたり、トラックで撥ねたり……ひどい場合は修学旅行のバスをそのまま、学校まるごと転移させたり。異世界の神を名乗る連中は手を変え品を変え、違う世界の人間を拉致しようとしますからな。我々はそんな時空犯罪を許すわけにはいかんのです」
異世界の神とは時空犯罪者だったのか。というかそれを取り締まる次元間犯罪警察機構は何者かという話になるのだが、短編では語りきれなくなるので、そのあたりの事情は割愛する。
「問答無用に召喚などする輩は、こっちも遠慮しなくて済むが……そうじゃない連中は、青少年の夢を叶える善意のつもりでやっているから、性質が悪い。異世界にさらった人間を事故だのなんだの理由をつけて、『チート』などという甘言を弄して拉致をする」
つまり神が介入する異世界召喚・転移とは『ボクぅ? お姉さんの言う通りにしてくれたら、チートつけて異世界に送ってア・ゲ・ル☆』なのだ。変質者が幼女相手に『ハァ……ハァ……お嬢ちゃん? おじさんの言う通りにしてくれたら、お菓子あげるヨ』と言ってるのと大差ないかもしれない。
これから保護者たちは我が子たちに『空間の穴を見ても近づいちゃダメ。知らない神についていっちゃダメ』と教育しないとならないのかもしれない。
「しかも神の気まぐれで、異世界転移希望者の人生は、簡単に見限られてしまう。そうなるとその後の捜査は難しくなり、残念ながら迷宮入りしてしまう事も少なくない」
確かに見限られることが多い。異世界転移者たちの人生は。チートに誘われ、中世ファンタジー風世界に転移した青少年たちはどうなったのか。
悲しいことに、現実の失踪事件と同じようには扱われない。彼らの消息は誰にも知られることなく、ひっそりと忘れ去られてしまう。拉致する方も考えているのか、社会生活から自主的に隔絶しているような、いなくなっても問題ないような人々を選んでいる様子だが、そろそろ社会問題として国会に取り上げられる日が来るかもしれない。このままでは保護者たちは、我が子が異世界に連れ去られるのを防ぐため、修学旅行も学校通学もゲームもトラック運送も禁止しようとするかもしれない。
「お前さんは幸運だったな」
朱雀院修人の場合は、冒険という名の行方不明になる前に、連れ戻すことに成功したのだ。
ドキワクはなくとも『彼は今まで通りの生活を送りました』という境遇を約束されたのだ。
それを喜ぶべきだと、超次元中年刑事は微笑みかける。
「でも、あんな生活に戻るのはもう嫌なんです!」
だが朱雀院修人は、夢見がちなお年頃の心意気から、雄々しく叫ぶ。
「毎日毎日お爺様からの勧誘に何人もやって来て……父さんが大財閥の跡取り息子で、望まない結婚をさせられそうになって、母さんと駆け落ちとして僕を産んで……だけど父さんがもう死んだから、一〇〇億円くらいある遺産の受取人が僕しかいないなんて、もう関係ないんです!」
一夜にしてガランと生活が変わるなど、一発逆転シンデレラ・ストーリーなのだが、朱雀員修人は大財閥の跡を継ぐことを疎ましく感じていた。
例えば人付き合い。例えば恋愛・結婚。例えば相続問題。金銭的には裕福でも、様々なしがらみに取り囲まれててしまう。それが上流階級と呼ばれる人々だ。
既に引かれた人生のレールを、そのままなぞって進めば、安定した将来が約束されている。
しかしそれは違うと、約束された人生を振り切り、時として愛する伴侶の手をとって、冒険へと飛び出していく。
そんな物語で語られるのは、お金はなくとも、愛や自由の素晴らしさ。
朱雀院修人は、そういう生き方こそが素晴らしいと信じていた。だから振って湧いた夢の境遇に、嫌気が差していた。
でもリアルにそんな綺麗事を堂々と口にする人間が近くにいたら『夢見てないで現実見ろよ』『世の中結局カネだよカネ。ケッ』などと疎ましく感じるだろう。貧乏人の僻みではないと信じたい。
「それにこのところ、みんな僕を見る目がおかしいんです!」
ここで遅ればせながら、朱雀院修人の外見を説明しておこう。
身長は高くない。多感な青少年である高校生男子にとっては、コンプレックスを抱くかもしれない、一六〇センチ未満の高さだ。
自然のものだろう、程よく色が抜けた明るい茶髪には、やや癖がある。しかし身体的特徴として論われるほど強くはなく、柔らかそうな髪質は、彼を柔和そうな人柄に引き立てている。
中性的な顔だ。第二次性徴の証であある、喉仏はあまり見えない。更に鼻筋や顎は柔らかい曲線を帯び、ヒゲなんて無縁そうだ。軽く化粧でそれらしく調えれば、美少女にも変身できるだろう。
きっとヨダレを垂らさんばかりに肉食系女子まっしぐら。きっと『アイツが女だったら』と野郎の胸も何人かときめかしている。きっと『弟にしたい生徒』学内アンケート不動No.1は間違いないであろう。
朱雀院修人は、正統派ショタ系美男子である。
「朱美義母さんは『スキンシップ』とか言って一緒にお風呂に入りたがるし! 真紀義姉さんと義妹の美香ちゃんはなぜか朝からベッドに潜り込んでくるし! 隣に住んでる幼なじみの奏ちゃんは僕が着替えるの狙ってるかのように二階のベランダから入ってくるし! クラスメイトで学級委員の詩子さんにはなぜかいつも注意されるし! 不良って言われてる和美さんにはなぜか絡まれるし! 放課後には生徒会長の瑞穂先輩に大した用もないのに呼び出されるし! そうでない時は後輩の椛ちゃんに空手部の部活勧誘受けるし! 保健室のローナ先生にも呼び出されて話に付き合わされるし! 家に帰ろうとしたら山中さん家のさくらちゃんのおままごとに付き合わされるし! それで誰かと一緒にいると捨て犬みたいな目で見られるし! すごい険悪になるし! なぜか僕の取り合いになって両腕を引っ張られるんですよ!!」
朱雀院修人が名を挙げるたびに、超次元中年刑事の手元で、超テクノロジーすげー的に人物の顔写真が次々と表示される。
見た目『そこそこ』以下であれば結果が違っただろうが、言うまでもなく全員が掛け値なしの美女・美少女だった。義母・義姉・義妹・幼なじみ・クラスメイトの委員長・ツンデレ同級生・誰もがあこがれる生徒会長の先輩・元気なマスコット系後輩・保健室のハーフ養護教諭・近所の小学生女児。メイドロボの試験運用を引き受けるか拾った子猫(♀)が擬人化でもすれば、なにかがコンプリートするかもしれない。そしてコンプリート特典は美少女宇宙人か美少女魔法少女か美少女型戦艦のどれかと思われる。
というか、いつの間に義母・義姉・義妹設定が追加されたのか不明なのだが、触れないでおく。
「もうあんな生活イヤなんですよおおおおぉぉぉぉっっ!!」
赤き血潮を涙として流し、吐血までしそうな絶望の色に染まった声で、朱雀院修人は慟哭する。
しかし召喚の間に満ちた不気味な沈黙は、決して賛同ではない。うにょんうにょんと目に見えて波打っていそうなほど黒い不気味なオーラだった。
この場にいる男たち――超次元中年刑事だけでなく、その部下たちも含め、革命が起きそうなほど雄弁に声なき声で絶叫しているだろう。
リア充、死ね。どこまで贅沢言えば気が済むんだ、と。
だから超次元中年刑事が、拳を握り締めて、突き出した。
「ばかもぉぉぉぉんっ!」
朱雀院修人の記憶は、そこで途切れた。
▼△▼△▼△▼△
異世界には夢がある。
異世界には希望がある。
しかし、もしも他に世界が存在するならば。
しかし、もしも異世界召喚などいう手段が存在するならば。
こうなる事も、可能性としてはありえる。
召喚・転移希望者諸兄は、こんなことが起こり得る覚悟をして過大な期待を抱かずに、しかし万一そうなっても逆境にも負けずに、現実を生きて頂きたい。