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N-eco DRIVE!~雑貨屋魔法人形主人の受難  作者: 喜多見一哉
第3章 <わたし、どうやら相方ができたようです>
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第1話 わたし、初めてモンスターと戦います!

 「おっはよー!」

 未だに看板も掛かっていない雑貨屋の扉を、ミカサがばーんと開いた。

 ジュリと約束をしてから2日目の朝、すなわち、水晶狩りに出発の日である。ミカサは紫色の胴衣(チュニック)の上になめし革の鎧(ハードレザーアーマー)、紫色のミニスカートに足下は革のロングブーツ。背中には背負い袋(バックパック)と、毛布、愛用の武器である木製の(クォーター)(スタッフ)、真っ赤な外套(マント)という出で立ちだ。初めてここを訪れたときより、多少いい装備になっている。

「おはようございます。奥にきてくださいー」

 ジュリの声は、カウンターの奥から聞こえる。どうやら、中庭のようだ。ミカサは雑貨屋のドアを閉め、カウンターを越えて奥のドアを開けた。

 …そして、絶句する。

「…えっと、なにそれ?」

 そこには、ジュリの身体くらいありそうな大きな背負い鞄(リュックサック)を、今まさに背負おうとしている彼女の姿があったからだ。

 高さ、優に一.五メートルを超え、横幅も一メートルは下らないだろう。一体、中には何が入っているのか。

 ジュリはいつものメイド服の上から鉄製の(ブレスト)当て(プレート)を装着し、頭には額飾り(サークレット)、足には鉄製の(アイアン)具足(グリーブ)、手には簡素な(アイアン)手甲(ガントレット)と、ちょっとした戦士(ファイター)並みの装備を着けていた。そんな鉄ずくめの猫乙女が、巨大なリュックサックを担ごうとしてるのだ。

「なにって、見て分かりませんか。旅の用意がこの中に詰まっているのです」

ジュリは気合いの声を上げると、その巨大なリュックを背中に背負う。

「いや、そうじゃなくて…なんで、そんな大荷物に?」

ジュリはきょとんとミカサを見て、彼女の軽装っぷりを上から下へ確認。その後、目を丸くする。

「な、なんで、そんなに軽装なのですか?」

「いや、軽装って…十分あたしは重装備だけど…。ジュリちゃん、キャンプにでも行くつもりなの…?」

背負った荷物を一度地面にドスンと降ろし、ジュリがミカサの担いでいる荷物を凝視する。

「マスターサリアに相談したのです。"紫水晶(パープルクォーツ)を取りにいくけど、どんな物を持って行ったらいいか"と。そして、彼女が言った物を全部揃えたのですが…」

「えっと、そんなに荷物持ってたら、モンスターに襲われた時に対処できないよ?ってか、その中、何が入ってるのよ」

「えっと…」

 ジュリが、おもむろにリュックを開けて、中の物を取り出し始めた。

 中から出た来たのは、寝袋、二人用の簡易テント、毛布、食器と調理器具、ランタン、雨具に応急薬品、保存食がざっと一週間分、予備の油壷、火口箱、裁縫道具だ。

 次から次へと取り出される道具を見て、ミカサはどんどん開いた口が塞がらなくなった。その様子を見て、ジュリが気が付く。

「…あの、わたし、またマスターサリアに騙されましたか…?」

「ええ…そりゃもう、ものの見事に…」

ジュリはしばらく口をパクパクさせた後、王宮のある方向を睨んで叫んだ。

「ま、マスターのばかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 遥か遠くの王宮から、マスターサリアの高笑いが聞こえてきた気がした。


 結局、ミカサの指示で、小さな背負い袋にランタンと予備の油壷、火口箱と応急薬品、一人用の食器だけを詰めて行くことになった。毛布だけは、外側にくくりつけてある。

「ほ、本当にこれだけでいいのですか…?」

ジュリはその背負い袋を担いで、心配そうにミカサに声を掛ける。

「それだけでいいの!食料は現地で調達できるし、今回はそんなに遠い場所じゃないから!」

ミカサが胸を張って言う。

「そ、そうですか…。なにぶん、初めてなもので…ご教授、感謝します」

「うむ、良きに計らえ。ってか、武器はどうしたの。特殊兵装は、最終手段にしたんでしょ」

「あ、はい。これです」

いいながら、応接間のドアを開け、その奥に掛けてあった長物を取り出す。それは、刃渡り一.五メートルを超える両手(ツーハンド)(ソード)だった。

「それも、サリア様の指示?」

その言葉に、ジュリは首をふるふると横に振った。

「いえ、これは自分で選びました。折角ゴーレムならではの怪力が使えるんです。重くて大きい武器の方がいいかと思いまして」

「なるほどねぇ。初心者は槍とかの方がいいと思ったけど、ジュリちゃんならソレもありか~。うん、いいチョイスかも」

それを聞いて、ジュリがほっと胸を撫で下ろす。

「よ、良かった…」

「でも、鞘に入れて担ぐと、それって引きずらない?大丈夫なの?」

「あ、大丈夫です。つるぎ屋のバーリーさんに頼んで、鞘に肩掛けベルトを付けて貰いました」

見ると確かに、鞘の口元から先に、長めのベルトが拵えてある。

「なるほど、戦闘になったら、鞘を捨てるのか」

「そうです」

「おっけー。とりあえず、まずはゴブリン程度から慣らしていこう。どうせ現地に着くまでに、数回は戦うことになるだろうからね」

「了解しました」

言って、ジュリはその長い剣を肩に掛ける。

「よし、日が暮れるまでに、西国との境くらいまではいくよ!」

「はい!」

 こうして、ジュリの雑貨屋店主兼冒険者としての初日が幕を開けた。


 二人はファーレンを西口から出て、まずは街道沿いに西へ向かう。相変わらず王都入り口では、出国の手続きがあったが、どうやらサリアが手を回してくれていたようで、ちょっとした記録だけですんなりと通過できた。

 ミカサと並びながら街道を歩く。戦時中ではあるが街道は旅人や行商人が行き交っていて、小さな身体で巨大な武器を担ぐジュリを見ては、誰も驚きの表情をしながらすれ違ってゆく。

「…そんなに、わたしって目立ちますか」

もう何人、そんな人たちとすれ違ったか分からなくなった頃に、ジュリが呟いた。ミカサは苦笑しながら、

「そりゃぁね」

と頷く。

「年端もいかない女の子が、全身鉄の鎧に、でっかい重量級武器担いでれば注目されるわよ」

「年端もいかないって…ミカサもそんなに変わらないように見えますが?」

 壮行会と称した夕食会で、ジュリはミカサから呼び捨てでいいという許可を貰っている。ジュリも自分を呼び捨てでいいと言ったのだが、ミカサは相変わらず"ちゃん"つけを貫いている。

「ん~…ジュリちゃん、一五歳とちょっとだったよね?」

「そうですが…」

「だったら、あたしの方が六歳お姉ちゃんだよ」

「へえ…って、えええ?」

ジュリが立ち止まり、驚きの声を上げた。

「ミカサ、二一歳なのですか?その姿で!?」

ミカサも立ち止まり、ジュリを睨んだ。

「その姿でって言わないでよ。あたし、結構気にしてるんだから…。たしかに、幼く見えますけどね、あたしはきちんと二一歳です!」

「す…すみませんでした…。てっきり、同い年くらいかと…」

ジュリが律儀に頭を下げる。それに、ミカサの目が睨みからジト目に変わる。

「謝らないでよね…余計惨めになるじゃない。まあ、身長もジュリちゃんと変わらないし、ってか、胸は負けてるっぽいけど…」

ミカサが自分の胸を見下げる。そして溜め息をついた。

「そ、そんな、女性の価値は胸じゃないです!きっともうすぐ、もっと大きく……ならないですね、きっと…」

ジュリがミカサの胸をガン見して呟いた。

「フォローになってなぁぁぁい!」

 ミカサの拳が、ジュリの鉄胸当てにヒットした。

 その時、遠くの茂みから、がさりと何かが動く音が聞こえる。

 ミカサがいち早く反応し、唇に人差し指を当ててジュリの動きを制した。

「な、なんですか…?」

その一変した雰囲気にジュリも引きずられ、声を潜めてミカサに尋ねる。

「あそこの茂み、何かいる。動物…じゃないな。こっちを狙ってるから」

ミカサが背中のクォータースタッフを、ゆっくりと外して構える。腰を低くし、その茂みを注意深く見守った。

 その茂みから、ちらほらと見え隠れする小さな生き物の頭部。

「数は…一、二…三匹か。お目当てのゴブリンっぽいよ」

「ゴブリン!」

思わず、ジュリは叫んでしまう。

「しっ!黙って。相手も様子を伺ってるみたい。街道に丁度人がいなくなったからね、あたしたちは御しやすいって思ったのかな」

ジュリも、ゆっくりと肩から両手剣を外し、鞘から引き抜いて足下に鞘を置く。そして、ミカサに習い、腰を低く落とす。

「さて、お手並み拝見といきますか。ジュリちゃん、あたしが二匹受け持つから、一匹だけ確実にしとめて。両手剣は斬る物じゃなくて、重さに物を言わせる武器だから。刃を立てて、思いっきり叩き付ける感じでね」

無言でジュリが頷く。

「あたしが飛び出して接敵したら、残る一匹に突っ込んで」

その台詞の後に、サリアは正面にクォータースタッフを構え、茂みを凝視したまま呪文を呟き始めた。

『天には星、地には生命、全ての物質に宿る生命よ、我が脚に力を与えよ…』

その呪文は完成し、ミカサの両足に淡い光が灯る。

「行く!」

 そして、ミカサが飛び出した。まるで、紫色の影がすっと動いたような感じだ。その速さは、既に人間の限界を超えている様に見えた。走りながら更にミカサが呪文を詠唱する。

『天には星、地には生命、全ての物質に宿る生命よ、我が両拳に力を与えよ!』

 今度は両拳に光が宿る。そして、茂みに近づくと、そこから小鬼に似た生物が飛び出してくる。ミカサが睨んだとおりの三匹。まぎれもなく、ゴブリンだった。体長は一メートルちょっと。これでも成体だ。

 ミカサは最初に飛び出してきた一匹に、クォータースタッフの先端を突き入れる。そのゴブリンはその体重を乗せた一撃に吹き飛ばされ、更にミカサは身を翻すと、突き入れた逆、すなわちスタッフの末端の部分で、回転するようにもう一匹を殴り飛ばす。

「ギャァッ!」

ゴブリンの小さな叫びが聞こえた。そして、ミカサがちらりとジュリを一瞥する。

 ジュリはその目線が合図だと確信し、残る一匹に両手剣を構えて走り込む。ミカサはさらに残る一匹にクォータースタッフを軽く突き入れ、体勢を崩すことに成功していた。ジュリへの援護である。

 ジュリは目の前まで走り込むと、両手剣を上段に構えて小さく飛んだ。そして、ゴブリンの頭をめがけて、全力で両手剣を振り下ろす。ミカサによって体勢を崩されたゴブリンが、いきなり割って入ったジュリの一撃を避けられるはずもなかった。

 ぐしゃっ!

 鈍い音が響き、ゴブリンの頭に両手剣がめり込む。ジュリはそのまま力任せに刃を押しつけ、地面まで振り抜いた。

 まさに、一刀両断だった。

 ゴブリンは文字通り、縦に真っ二つにされ、その場に崩れる。しかし、どれだけの力で殴ったのか、ジュリの持つ両手剣は地面深くまで刃を沈めてしまった。気合いの声を上げて、一気にそれを引き抜く。

「やるぅ!」

ミカサが感嘆の声を上げた。ジュリがその声の方向を見ると、ミカサは一匹目のゴブリンの頭をクォータースタッフで殴り潰したところだった。

「もう一匹、いきます!」

 ジュリが声を張り上げる。ミカサはその声に振り向かず、小さく頷く。

 二匹目のゴブリンはミカサの背後から錆付いた小さな剣を振りかざして、今にも斬りつけようとしていたところだ。それに、ジュリが両手剣の先端を引きずりながら再び走り込む。

 そのゴブリンは走り寄るジュリに気が付き、ターゲットをミカサからジュリに変更する。構わずジュリは突撃し、全体重を乗せて両手剣を突き入れる。

 しかし、ゴブリンはその直線的な攻撃を横に跳んでかわすと、ジュリの右腕に錆びた小剣を打ち付けた。ガキンという音と共に、小さく火花が飛び散る。運良くと言うべきか、手甲に当たったのだ。

 ジュリは脚を滑らせながら踏ん張って、すぐに剣を大きく横に薙いだ。剣の腹にゴブリンは打ち付けられ、そこから数メートルほど飛ばされ、地面に転がる。

 そのゴブリンは、数回地面でばたばたと悶えたが、すぐに動かなくなった。

 周囲が静かになり、遠くから手を打ち付ける、拍手の音が響く。

「おめでと、初勝利だね!」

ジュリは両手剣の先を地面につけたまま、しばらく呆然としていたが、ミカサが近寄ってきて肩を叩いた音で我に返る。

「…やった…」

ちいさく呟き、ミカサの顔を見上げた。ミカサは微笑んで、何度も頷いた。

「やったぁぁぁ!」

ジュリが跳び上がる。鉄の鎧ががちゃがちゃと鳴り、彼女の初勝利を祝福した。

「これで、ジュリちゃんも冒険者の仲間入り!なかなかの手際だったよ。まあ、突きが交わされた時はちょっとだけ焦ったけどね」

 ジュリはぺたんとその場に座り込み、大きく深呼吸をする。

「運が…よかったんですよ」

言いながら、ゴブリンから攻撃を受けた手甲を見る。そこには、ちいさな傷が付いている。

「これ、消さないようにします。初めての戦いで受けた傷…ある意味、記念ですよね」

「まあ、そういう考え方もアリって言えばアリ。でも、冒険続けてると、すぐにキズばっかりになるよ」

「それでもいいんです」

手甲を愛おしく眺めるジュリを見て、ミカサは声を上げて笑った。

「そんな考えができるか。ジュリちゃん、冒険者の素質あるかもね。専業冒険者になったら?」

「いえ、わたしはあくまでも、雑貨屋の店主ですから。冒険に出るのは、紫水晶が心許なくなったときだけ…そうしておきます」

「そか。じゃあ、その時はあたしに声を掛けてよね。水晶狩りん時は、あたしの隣をジュリちゃん用に空けておくから」

「はい、よろしくお願いします」

ミカサが手を差し出した。ジュリはそれを掴んで、立ち上がる。

「さ、ドンドン行くよ。まだ先は長いんだから!」

「はい!」

ジュリは再び両手剣を鞘に仕舞って担ぐと、ミカサと並んで街道を歩き出した。


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