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N-eco DRIVE!~雑貨屋魔法人形主人の受難  作者: 喜多見一哉
第1章 <わたし、気が付いたら生まれ変わっていました>
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第2話 わたし、どんどん魔改造されていきます。

 ジュリが魔法人形(ゴーレム)として目覚めてから、二日目の朝がきた。

 死人使い(ネクロマンサー)サリアは、朝イチよりジュリの休んでいるこの工房を訪れ、熱心に何かを作成している。片手にメスを持ち、片手には酒の入ったグラス。酔っているのか、時折奇声を上げて笑いながら、右手のメスが作業机の上で閃く。酒のボトルは、既に二本が空いていた。

 そんな怪しい行動を繰り返すサリアを、ジュリは寝台(ベッド)で横になりながら、ぼーっと眺めていた。

 そんなジュリの視線に気が付いたのか、サリアが振り返り、左手のグラスを一気に呷る。

「おや、どうしたんだい」

ジュリは頭の中で言葉を構成しながら、決して大きくはない声で呟いた。

「なに…してるの…?」

 サリアは、まるで"良く聞いてくれました!"と言わんばかりに目を光らせ、机の上に置いてあったものを握って掲げる。

「ジュリ、アンタの腕を作ってたんだよ。素材は、昨日新たに収集してきた少女の腕と、黒猫の手さ!」

 確かに、彼女の手に握られていた物品は、猫の手を模して造られている。肉球までも再現されており、触ったら随分と気持ちよさそうだ。しかしそれは、肘くらいまでの長さしかなく、腕と呼ぶには、短すぎる。

 ジュリは視線だけで自分の腕を見ると、サリアに視線を戻して言った。

「うで…ついてる…」

「当たり前だよ、アタシの技術は完璧だからね。五体満足に繋げてあるさ。これは、改良型(バージョンアップ)の腕。完成したら、取り付けてあげるよ」

 その言葉を聞き、ジュリが顔をしかめる。そして何かを言おうとして口を開いたが、脳がまだ上手く働いていないらしく、言葉らしい言葉を紡ぐことが出来なかった。

 サリアはその様子を見ると、太陽のように満面の笑みで微笑んで、再び作業台へと向かった。

 ジュリはしばらくその作業風景を眺めていたが、身体が馴染んでないせいかまだ稼働時間が短いらしく、そのまま気を失うように眠りについた。


 外で小鳥のさえずる声を聞いて、ジュリは目を覚ました。

 ゴーレムになってから、三日目の朝だ。今日もサリアは、相変わらず作業台に向かって何かを造っている。足下に転がる酒のボトルは一〇本を超えていて、部屋の中もかなり酒臭い。もしかしたら、呑み続けながら徹夜で作業をしていたのかも知れない。

 ジュリは首を動かして、工房に一つだけあった小さな窓を見た。そこからは朝日の光りが鋭く差し込んでいて、部屋中に設置してある魔法照明の灯りを意味のないものにしていた。

 さらに部屋の中を見回すと、昨日にサリアが造っていたであろう"猫の腕"が、小さな培養タンクに浮かんでいる。文字通り、人間大に拡大させた"黒猫の腕"だったが、ジュリの腕に接合する部分であろう所には、金属のカケラが見て取れた。ジュリは自分の手を掛け布団からゆっくりと出し、眺める。

「きょうは、なにを、しているの?」

ジュリが作業中のサリアに尋ねた。

 サリアはその声を聞いて、ジュリに背を向けたままで椅子から立ち上がり、唐突に高笑いを始める。

「昨日に引き続き、今日もそれを聞きますか!」

と叫びつつ、振り返った彼女の手に持たれていたのは、ビーカーに入った小さな球体。ジュリが目をパチクリさせる。

「アンタの"目"だよ。これも、バージョンアップ用さ!きちんと金色の猫目(キャッツアイ)を用意しました!これも、完成したら取り付けてやるよ」

 そして、不敵にヒヒヒと笑う。ジュリは、自分の背筋に悪寒が走った様な気がした。

「おや、結構動けるようになったみたいだね。もう起きあがれそうかい?」

言われて、ジュリは上半身を起こそうとするが、さすがにまだ三日目でそれは無理だった。力を入れようとしても、その力がどこかに流れていってしまっている。ジュリはそれを断念し、右腕だけを振るわせながら動かしてみせた。

「う~ん、さすがに起きあがるのは無理かい。でも、腕が動くなら、昨日の作品は取り付けられそうだね」

 サリアは立ち上がり、黒猫の腕が入っている培養タンクの前に移動する。そして腰を屈めて中身の完成度を確認した。

「もう少し培養が必要だねぇ。まあ、今日中には何とかなるだろ。明日の朝には腕に付いてるよ」

 ジュリがあからさまにイヤそうな表情を作った。サリアがそれを見て、満足そうに頷く。

「ふふ…いい表情作るじゃないか。さすがアタシの作品だね、イっちゃいそうだよ…」

うっとりとした表情を作り、口に手を当てて高笑いをすると、再び作業台に向かう。

 ジュリは自分の腕と、培養タンク内の黒猫の腕を見比べ、更にイヤそうな表情を作った。


 四日目。

 ジュリはようやく、サリアの手を少し借りて上半身を起こすことが出来た。

 昨日のサリアの宣言通り、左腕にはしっかりと"黒猫の腕"が付いており、ジュリはしばらくその腕を動かして身体に馴染ませた。しかし猫の手故に、何かを掴んだりすることは不可能な様だ。すなわち、人間らしさをまたひとつ失ったということになる。

 サリアはジュリをマジマジと見て、彼女が全裸だったのに気がつく。

「いつまでも裸じゃマズいねぇ。ちょっと待ってな」

サリアはそう言うと、壁沿いに並んでいたいくつもの棚から一枚の質素な胴衣(チュニック)を取り出し、ジュリに渡す。

 ジュリはそのチュニックを頭からかぶると、その匂いに顔をしかめた。ずいぶんと濃いホルマリン特有の鼻を突く香りがする。

「これ、臭いよ」

ネクロマンサーの女は頷き、笑う。

「前の実験体がずっと着てたヤツだからね。洗っても匂いが落ちなくなってるのさ。まあ、いずれ服は買ってあげるよ」

「いずれっていつ?」

その問いに、サリアは少し考える。

「そうだねぇ。完全に動けるようになったら、にしようか。言葉遣いもしっかりしてきたし、上半身も腕も動かせる。あと三日ってとこだろう。それまではガマンしな」

 たしかに、この三日でジュリの様子はずいぶんと変わった。本人が気が付いているかは分からないが、その仕草、表情、言葉遣いに至るまで、人間らしさ…いや、人間そのものとなってきている。

 サリアの"作品"としては、ここまで早く回復するゴーレムは初めてだった。故に、昨日も一昨日も、テンションが高かったのだ。おそらく、今もサリアの心中では、天使がラッパを吹いて頭の上で祝福してるくらいの精神状態を維持しているに違いない。だからこそ、彼女の顔から笑みが消えないのだ。

 だが、ジュリとしては不満の連続だった。生き返らせてくれて、第二の人生を歩めることについては感謝しているが、それ以外、自分の身体を容赦なくいじられることについては、大いに憤慨している。世のネクロマンサーとは、こういった人たちばかりなのかと昨日から考えている。

 とりあえずジュリは、その件については問わない事にした。その代わり、眉間にシワを寄せて、睨むことでそれを表現してみる。

「ん、どうしたんだい?」

「いいえ、なにも」

ぶっきらぼうに、ジュリは答えた。

「さ、魔力を無駄使いしない為にも、もう少し休みな。アンタの(コア)に使った紫水晶(パープルクォーツ)は貴重品なんだからね」

サリアは手を貸し、ジュリをベッドに横たわらせて毛布を掛ける。

 ジュリは横になりながら、今後の自分の人生がどうなってゆくのか、不安を感じていた。


 五日目。

 ジュリは、サリアが上げる驚喜の声で目を覚ました。彼女はついこの間まで"黒猫の腕"が入っていた培養タンクの前で、くるくると回って踊っている。これこそ、まさに小躍りするという言葉がぴったりだ。

 上半身を起こして、その姿を呆れ顔で見る。

「やあ、おはようジュリ。やっぱりアタシは天才だよ、素晴らしいよ!こんなに精度の高い部品(パーツ)を造ってしまった!」

 ベッドから身体を乗り出して培養タンクを見ると、そこに浮いていたのは"金色の猫目(キャッツアイ)"だった。

「えっと、それって一昨日造ってたやつ…?」

「ああ、そうさ!ご覧よ、この造形!美しいだろう。おまけに収束率、集光率も申し分ない、魔力供給の為の接続部も上手くできた。アタシは天才さね~♪」

 叫んでいるのか歌っているのか、サリアはもっと大きな身振り手振りで踊り始めた。

 聞くまでもないだろうけど、一応サリアに尋ねてみる。

「それも、わたしに取り付けるの?」

その声に、サリアの踊りがぴたりと止まった。

「当たり前だろ、そう言ったじゃないか!アンタはまた、完璧(パーフェクト)なゴーレムに一歩近づいたのさ!」

振り返って両手を大きく広げて叫んだ。

「わたしは、もうこれ以上遠慮したいんですけど?」

サリアは人差し指を出し、左右に振ってその意見を否定した。

「ふふ、だめだよ。これはアタシの、化学者(サイエンティスト)としての意地さね!作品はより美しく完璧に!」

 ジュリはサリアをジト目で睨むと、大きくため息をついた。もはや、何も言うまいという諦めが出たのである。

「で、それをわたしに取り付けると、どうなるんですか」

「ふふ、それを聞く?聞いちゃう?そっか、聞いちゃうのかー。完全体になるまで、秘密にしておくつもりだったのに、聞いてしまうんだねぇ!」

 サリアが不敵に笑い、ジュリの心の中に後悔の念が生まれる。その前に出た言葉は…

「うわ、うっざ…」

だった。

「少しだけ説明してあげようじゃないか、よーっくお聞き!」

 その言葉を聞いたのか聞き流したのか、それとも耳が聞くことを拒否したのか、サリアはテンションを維持したまま語った。

「なんと、一〇キロ先まで見ることができるんだ!一〇キロ先にある一センチ四方の紙に書いた小さな文字が詳細に読めるんだよ!」

「……はい?」

ジュリは、ジト目のままに口をあんぐりと開け放つ。

「それだけ?」

「それだけとはなんだい、素晴らしい技能(スキル)だろう。普通の人間じゃ、そうはいかないよ!まあ、他にもあるんだが、それはまだ秘密にしておこう!」

そしてまた踊り出す。

 これでは、化学者(サイエンティスト)というよりも、(マッド)化学者(サイエンティスト)と言った方が正しい。目が覚めて初日は、サリアに母親を重ねたりもしてみたが、今ではそんな気は毛頭も起きない。

 ジュリは勢いよくベッドに転がると、ばふりと毛布を被った。

「そうそう、魔力温存の為に寝ておきな!あ~、アタシは素晴らしい~♪」

 それからしばらく、サリアの歌が近所迷惑になるくらいに響いていたが、ジュリは無視して眠ることにした。


 六日目。

 案の定、ジュリの左目は昨日さんざんサリアに自慢された金色の猫目(キャッツアイ)に変わっていた。 

手渡された手鏡で自分の顔を確認する。右目は本来のジュリの物で澄んだブルー、左目は金色の猫目。すなわち、金銀妖瞳(オッドアイ)というものだ。

 最初こそ違和感を感じたが、鏡で眺め続けるウチにこんなのもいいかなと思い始めてしまい、ジュリはあわてて頭を振ってその念を頭から追い出した。

「ふふ、その様子じゃ、気に入ったね。気に入っちゃったね!?」

サリアがニヤニヤとジュリを見つめる。心を見透かされ、ジュリは顔を赤くした。

「さて、そろそろ起きあがれるんじゃないかい。自分の力で、ベッドから降りてみな」

そう言われて、ジュリはベッドから上半身を起こし、両足をベッドの縁から下ろした。その状態で振ってみる。それは自分の思い通りに動き、顔に笑みが浮かんだ。

 そしていよいよ、両足が床に着く。両手をベッドに着けたまま、腰に力を込めて立ち上がってみた。

 ちょっとだけ蹌踉(よろ)け、慌ててサリアが手を差し伸べる。ジュリはその手を借り、身体を安定させた後に、ゆっくりと彼女の手を離した。

「…立てた」

呟く。

「立てたー!」

ジュリが大声で歓喜し、サリアは「よっしゃ!」とガッツポーズをする。

「順調順調!ちょっとだけ歩いてごらん?」

 ジュリは両手を広げ、バランスを取りながら右足を一歩前に踏み出した。多少ふらついたが、無事に右足が床に着き、続けて左足も同じように踏み出す。

「よーしよしよし、歩けるね。じゃあ、次は目のテストだ。作業台の上に立ててある紙の文字を読んでごらん」

 見ると、作業台の上には小さく切った紙が立ててあった。ジュリは目を細め、その小さな紙に焦点を絞る。

「えっと…、て…ん…さ…?」

と、そこまで声に出して読み、すぐにやめてサリアをギロリと睨んだ。

「そこまで、自分を讃えたいのですか…?」

「褒められると、讃えられるとアタシは喜ぶんだよ!」

 書いてあった文字、それは「天才サリア様」という自画自賛の単語だった。

サリアはひとしきり大笑いすると、真顔に戻り、優しくジュリの頭を撫でる。

「明日には、普通に歩けるようになってるだろう。じゃあ約束だ。ジュリの服を明日買いに行こうか」

 ジュリは撫でられ嬉しかったのか、頬を染めてコクコクと頷いた。


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