第2話 黒猫屋、財政ピンチ?です。
アルデリアから"代理販売"の提案を受け、ジュリはその準備に入った。まずは、武器防具や遺跡で多く発掘されるであろう主要道具の知識を手に入れることが最優先だ。魔法のかかった道具についてはミカサに全て任せるつもりだ。彼女の"魔力鑑定"という魔法がどこまで通用するかは解らないが、鑑定に失敗した品については序盤は断ってしまおうと考えている。まずは数を少なくしても確実に行きたいからだ。
アルデリアに続き、ミカサも自らが宿泊している宿から荷物を撤収するために出て行ったので、現在この応接間にいるのはジュリだけである。
ジュリはローズヒップティーを淹れたカップを手に、本棚の前でう~う~と唸っていた。
この建屋をサリアから譲り受けたとき、自分の身体…すなわち、魔法人形関係の書物は買い漁って勉強した。しかし、それ以外に並ぶ書物と言えば、ほとんどが雑貨屋とは関係ないものばかりなのだ。勿論、そんな武器防具に関する本や、魔法の品の本があるわけがない。
「貯金がまた減ってしまいますね…」
誰が聞いている訳でもなく、ジュリがつぶやく。知識がなければ、実物を見て勉強するか、書物が一番役に立つ。特にジュリは幼少の頃より読書を嗜んできたために、そういった本から知識を得るのはどちらかというと得意分野だ。
しかし、どのみち今日行動を起こすのは無理のようだ。なぜなら、ミカサが荷物を持ってやってくるからである。
今日来るという約束をした訳ではない。だが、彼女は元々根無し草であり、長期に渡って冒険者の店に宿を取っているが、いついなくなるかも分からない状態で荷物が多い訳がない。恐らく、大きめの背負い袋数個くらいだろうか。だとすると、ものの数時間で戻って来るに違いない。
「明日ミカサを伴って、本屋にでも行きますか…」
また独り言。ジュリはカップに残ったローズヒップティーを喉に流し込むと、ソファー前のテーブルにそのままになっている二つのティーカップをトレイに載せ、キッチンへと向かった。
応接間とキッチンは、廊下を挟んで対極に位置している。現在のジュリ邸は平屋で、部屋数も多いとは言えない。商談に使用するために拵えた応接間、キッチン兼ダイニング、ジュリの寝室にミカサの部屋になるであろう客間。そしてトイレと風呂は同室。計五部屋だ。
ジュリが魔法人形になる前に住んでいた屋敷は、使用人が一〇人体勢で掃除しなければ手入れが行き届かないほどの豪邸だった。それに比べれば、今住んでいるこの家など、あばら屋も同然だと以前のジュリは思っていた。しかし、現在はこの家に愛着が湧きつつある。それもそのはず、以前の屋敷は父の持ち物であったが、この家は紛れもなく"ジュリの家"である。何をするにも自由、自分好みに仕立て上げるのが楽しくて仕方ないのだ。雑貨屋に於いてもサリアに押しつけられたときは嫌々であったが、現在はそうでもない。人の心とは変わるものだとつくづく思う。
ジュリは汲み置かれた水瓶から水を掬い、手早くカップを洗って棚に仕舞う。そしてその棚を見て、ふと思った。
来客用の食器がないのである。
ミカサの分は揃えないといけないと思っていたが、今後来客と食卓を共にする事もあるだろう。そう言うときのために、二組くらいは揃えておく必要がある。
ジュリは溜め息をつくと、キッチンの床板を外し、そこに造った自称金庫を覗き込んだ。現在金庫には、一万кを分け入れた大袋が六つ、千кを分け入れた小袋が八つ。財布の中には、数十枚の金貨。総計して、既に六万八千数百кくらいしか残っていない。ここから更に、食器代と書物代が飛んでいくのだ。
はっきり言って、心許ない。
いくら製紙技術が発達していると言っても、未だに紙製の書物というのは値段が張る。古代遺跡から見つかった羊皮紙の書物や巻物は希少価値を含めてやはり値が張るし、手頃に手に入れられる書物は、技術の発達以前のものが多く厚さ重さがあり、おまけに内容も大したことがないのだ。食器にしてもそう、来客用の装飾が施された食器ともなると、平焼きの食器の優に三倍くらいに値段が跳ね上がる。
書物の確保に三万к、食器の確保に千кとして、残るは三万七千кである。現在"普通に"生活して、一日の食費諸々がおおよそ四〇к。割って、約九百日。何の収入もない計算で、約三年でお金が尽きてしまうのだ。
「これは…マズイですね…。店舗準備やらで使いすぎたのでしょうか…」
「なにが?」
後ろから、急に声が掛かった。
ジュリは床に蹲ったまま、びくりしてと首だけを後ろに回せるだけ回した。するとそこには、いつの間に帰ってきたのかミカサの姿があった。
「ミカサ…驚かせないでください…。わたしの稼働核が止まるかと思ったじゃないですか…」
「あはは、ごめんごめん。なんか一人でぶつぶつ呟いてるからさぁ。で、何がマズいの?」
ミカサが金庫を覗き込む。そして、一人納得したように「あ~」と声を上げた。
「ご覧の通りですよ、残高が心許ないのです。私の計算では、残り三年くらいで尽きてしまいます」
「自分の食費くらいは出すよ?」
「当たり前です」
間髪入れずにジュリが言う。
「家賃を鑑定報酬とするんですから、それくらいは提供してください。もちろん、自室で使う家具とかも、自分で揃えてくださいよ。ベッドは一つ余ってますからいいですけど」
ジュリが腰に手を当て、余り大きくない胸を張って言った。
「あたしはベッドさえあればいいけど…。で、残り何кくらいなの?」
ミカサの問いにジュリは言葉に詰まり、ボソボソと小声で残高を告げる。
「さんまんななせんけにーです…」
「はい?」
ジュリの声が小さすぎたのか、ミカサが問い直した。
「だから、三万七千кです…」
「は?」
さらにミカサが問うと、ジュリは半ばヤケになって叫んだ。
「代理販売を開業するのに必要だと思われるお金を差し引いて、残り三万七千кですってば!」
その後、二人の間にしばらくの沈黙の時が訪れた。窓の外で鳴く烏の声が、キッチンに響く。
沈黙を破って口を開いたのは、ミカサだった。
「えっと…聞くけど、なんでそんなにもお金があって三年しか続かないわけ…?」
「そんなにもって!残り三万七千しかないんですよ?どう考えても三年でしょう!?」
「三万七千なんて大金、"しか"とかゆ~な!ただ生活するだけなら、一〇年弱保つお金だっつ~の!ジュリちゃん、一日にどんだけのお金使ってるのよ?」
今度はミカサが半ば逆ギレて叫んだ。あまりもの剣幕に、ジュリが一歩後ずさる。
「え、えっと…四〇к…くらいでしょうか…?」
「アホかぁぁぁぁっ!!」
ミカサが空中で、ジュリの頬を平手打ちするジェスチャーをした。合わせた掌がパチンと澄んだ音を立てる。
この時、ミカサは思い知った。いくら魔法人形になろうとも、ジュリは"元地方領主の娘"なのだと。いくら性格がしっかりしていても、考え方そのものは貴族のそれであることを。
「一般のご家庭では、一人に使う一日の食費なんて一〇kあるかないか、それくらいよ!家賃があるわけでもなく、家財も揃ってる、一日に四〇kなんて使いすぎ!」
ミカサに告げられた食費の額を聞いて、ジュリは軽くショックを受けた。
「え、え?でも、昔は……」
「昔は昔、今は今!確かに、あの村に住んでたときの目安はそれくらいだったかも知れないけど、今は切りつめられるだけ切りつめないと!間違えちゃいけない、今のジュリちゃんは地方領主の娘じゃない、タダの一般市民なんですからね!」
「ぱ、ぱんぴ~…?」
ジュリがまるでオウムにでもなったかのように、ミカサの言葉を片言で繰り返した。
「そう、パンピーよ!」
ミカサが肩を落とし項垂れ、さらには未だかつてないほどに大きく溜め息を吐き出した。
「……よ~っくわかりました。ジュリちゃんには、一般市民の生活がどういったものかを思い知って貰います!今日から、ジュリちゃんの生活はあたしが管理する!そして、このお金は一時的に、ジュリちゃんが一般市民の生活に慣れるまであたしが預かる!」
「え?あ…でも、それは、サリ…」
「問答、無用ぉぉぉ!」
ミカサは、びしりとジュリに人差し指を突きつけた。
「拒否は認めません!これは共同生活を行うための第一歩であり、決定事項よ!」
ジュリは頭の上の猫耳を伏せてしまい、ミカサに完全に気圧されていた。ミカサからは殺気に似たオーラが感じられたのだ。
「は、はい…。よろしくお願い致しマス…」
そう言うしかなかった。何か反論しようものなら、きっとさらに大きなしっぺ返しが来るに違いない。
「素直でよろしい♪人間、やっぱり素直が一番よね!」
ミカサは打って変わってニコリと微笑むと、背中に背負った大きめの背負い鞄を床にどすんと下ろした。
「さて、あたしの部屋どこ?楽しい共同生活になりそうだわ~」
本来なら、家主であるジュリが共同生活のアドバンテージを握るはずだったのに、この件で一気にそれが逆転してしまった。ジュリはよろよろとふらつきながら、ミカサを客間に案内した。
こうして、ジュリとミカサの奇妙な共同生活が幕を開けたのである…。




