第8話 わたし、何がなんだか良く解りません…。
質素な昼食を終え、ジュリ、ミカサ、アクサ、そしてガルディーンとアルデリアの五人は、再度遺跡に潜る準備を整えた。
今回の目的は、遺跡の踏破ではない。あくまでも最深部であろうと思われる場所に存在する"死者の王"の討伐である。なので、携帯する道具も最小限だ。もし死者の王討伐後、その奥に遺跡が続いているようならば、改めて出直すという算段でだ。
ミカサとジュリとしては、是非とも遺跡がその奥まで続いていて欲しいという願望がある。なぜならば、現在彼女たちは出費が嵩んでいて大赤字なのだ。最低でも、やや純度の高い紫水晶一つ、手に入れて帰らないとミカサは兎も角、ジュリは納得できるものではない。
その願望をアルデリアらに告げたら、この遺跡踏破に限り彼らの同行を得ることが出来た。理由は二つ、死者の王以上のモンスターが存在する可能性、そして、彼らが久方ぶりに冒険をしたいと言うことだ。
「本陣で留守番してるサリアとリールィンには申し訳ないけどね」
と言うのは、アルデリアだ。そのおちゃらけた性格からか、光の神の高位司祭にはとてもじゃないが見えない。
日が真上から少し傾き、ジュリ達は遺跡に進入する。
ミカサの錫杖とアクサの杖の先に"光源"の魔法を灯し、魔法の鍵の掛かった床扉の部屋まで進む。
「この先です。もし、あたしたちが死者の王の封印を解放してしまったとするなら、ヤツはこの下を闊歩しているかもしれません」
ミカサが床に彫り込まれたレリーフに手をかざしながら呟いた。そして、小さく呪文の詠唱を開始。
『天には星、地には生命、永久なる枷よ、その呪縛を解き放て』
"解錠"の呪文が完成し、床扉が音を立てながらゆっくりと開いた。その先には、漆黒の闇が広がっている。
アルデリアとアクサが、思わず唸った。
「これは……、すごい障気ですね…」
「ああ…こりゃ、ちっと光の神の使徒にはキツイな」
ジュリとミカサには、多生のプレッシャーくらいは感じるが、それ以上の物は解らない。これは光の神の高位司祭のみが持つ感覚なのだろうか。
「なら、ここからは隊列を整えて進もう。周囲の警戒を怠るなよ、前衛はアルデリア、中衛にオレとジュリ、後衛はアクサとミカサだ」
全員がガルディンの言葉に頷き、順に階段を降りていく。そして、一直線に続く通路に出た。所々でジュリが不死族を駆逐しているので、その場所の扉が開きっぱなしだ。
アクサがアルデリアとガルディンに身体強化の魔法を唱え、ミカサがジュリの突剣と両手剣に魔力付与の魔法を唱える。最後にジュリ以外の全員に魔力抵抗の魔法を掛け、準備が整う。
「よし、行こうか」
アルデリアの号令が静かに通路に響いた。
「…光源の魔法を灯したランタンが死者の王のいた聖堂に置きっぱなしなんですが…おかしいですね、途中のドアも閉めたつもりないのに、その光が確認出来ないなんて」
ミカサが呟く。解呪されない限り、光源の魔法は二四時間持続するのだ。その呟きを聞き、ジュリが右目を閉じ、左目の暗視の力で通路の奥を確認する。
「レリーフのドアが閉まってますね。一定時間で自動的に閉まるのか、それとも死者の王が閉めたのか」
「一定時間で閉まるのだろうな。流石に死者の王が知能が高くても、ドアを律儀に閉めるなんて事はしないだろう」
暗闇に目を凝らしながらガルディンが答えた。
「ということは、そのレリーフのドアまでは安全なわけだ。でも何だろうな、この障気の濃さは…」
言いつつ、アルデリアが脇にあったドアの一つを無造作に開け、その中を覗き込んだ。室内には転がったいくつもの白骨と、壁にぶら下がる手かせ足かせだ。
「なるほど、ここは一種の拷問部屋なわけか。闇の神への生け贄ってところだな…」
アルデリアは胸の前で小さく印を結んで、目を閉じた。光の神への祈りである。そしてドアを閉じ、通路の先、レリーフの扉がある方向を睨んだ。
「闇の神の使徒ってのは、今も昔もやってることは変わらないってか…。ハラ立つなぁ」
アルデリアは腰に据える二本の愛剣を引き抜き、歩く速さを早めた。残る四人も、それに続く。
闇の神のレリーフの前まで一行はやって来た。アクサが光源の魔法の灯った杖を掲げ、そのレリーフを確認する。
「間違いなく、闇の神ギザルですね。表では光の神を信仰し、裏では闇の神を信仰する…。光の神の信仰はフェイクで、こちらが本命だったというところですか」
「ほんっと、今も昔も変わってねぇなぁ…」
先ほどと同じ台詞を、アルデリアが吐き捨てるように言う。現在でも、同じ事が行われているのだろうか。
「ジュリとミカサで、扉を開けてくれ。オレ達は有事に備える。アクサは"聖光"の準備を」
ガルディンが言いつつ、魔法の長剣と大楯を構えた。アルデリアも二本の魔法の幅広剣を握り直す。
「開けます!」
叫び、ミカサとジュリは思いっきり扉に体重をかける。軋む轟音と共に、その巨大な扉はゆっくりと外側へと開いてゆく。
開いた扉の先に、ミカサが置き忘れたランタンの光が見えた。そして、その脇に立つ一つの人影。
見間違えようもない、死者の王である。
「いくぞ!」
ガルディンが叫んだ。その声と共に、アルデリアが床を蹴り、アクサとミコトが呪文の詠唱を開始。
『偉大なる光の神メーヴェよ…』
『天には星、地には生命…』
「ジュリ、背後は見るなよ。アクサの"聖光"に、目をやられるぞ!」
「は、はい!」
アルデリアに一歩遅れ、ガルディンとジュリも聖堂内へと突入した。
接近するアルデリアに気が付いたのか、死者の王はゆっくりと彼の方を振り向き、右手を掲げた。そして、アルデリアの目の前で轟音と共に爆発が起こる。"火球"の魔法だ。しかし、アルデリアは精神を集中し、その魔法に抵抗する。髪の一部と、純白のサーコートが焦げたが、司祭将軍は構わずに死者の王へ接敵して両手に握る剣を振りかぶった。
『不浄なる魂に、永遠の安らぎを与えたまえ!』
『万物に宿る魔素よ、光となりて、敵を貫け!』
アクサの"聖光"の奇跡と、ミカサの"魔力の矢"の魔法が完成した。聖堂内を、まるで太陽が直射したかのような眩しい光が照らし、上空に現れた魔力の矢が死者の王を貫く。
聖光と魔力の矢に貫かれ、死者の王が蹌踉けた。そこに、アルデリアの左手に握る剣が胴体の一部に命中、切り裂く。続けて右手の剣を振るうが、それは死者の王が握る金属製の杖に防がれてしまった。
「ミカサ、もっと魔力を集中させなさい!一発の魔法の矢に、いつもの倍、集中つもりで撃つのです!」
アクサの叱咤が飛び、ミカサは両目を閉じて更に集中する。同時に二人の詠唱が始まった。
『数多の光、打ち消される闇…』
『天には星、地には生命…』
その隙に、更にアルデリアが剣を振るう。しかしふわりと死者の王に避けられてしまった。動きそのものが、昨日ジュリ達が対峙したときと打って変わっていた。時間の経過と共に、その力を取り戻しているという事だろう。
「ジュリ、左に回れ!オレは右から攻める!アルの援護をするぞ!」
「はい!」
言われたとおりに、ジュリは時計回りに走り、死者の王の左へと回る。ガルディンは右へ回り込んだその足で、死者の王に長剣を突き入れた。彼の長剣がほのかに光る。
『『万物に宿る魔素よ、光となりて、敵を貫け!』』
アクサとミカサの同一魔法が、同時に完成した。死者の王の頭上に現れた五本の光の矢が、まるで雨のように降り注ぐ。
しかし、今度は死者の王がその魔法にたじろいだ様子はなかった。抵抗されたのだ。ミカサの魔法なら兎も角、アクサの魔法までもが抵抗されたのである。
「…もしかしたら、魔法に対する抵抗力が恐ろしく高いのかも知れませんね…」
アクサが呟いた。これはすなわち、ミカサが手も足も出せないということを物語っている。
「ダメ元で、もっと高位の魔法を使うか、神の奇跡に頼るしかなさそうです。ミカサ、最高位魔法は何が使えますか」
「え、えと…氷嵐と火炎嵐…、単発系なら術式束縛です…」
アクサが腕を組んで思案する。
「…ならば、火炎嵐の範囲収束をお願いします。不死者に炎は有効ですから。後の事を考えて、範囲収束を習得なさい。…アルデリア!」
アクサが叫ぶと、前方から剣を振るい続けながらもアルデリアの軽い返事が聞こえた。
「ミカサの呪文完成と共に、三人とも死者の王から離れなさい。下手すると巻き込まれますよ!」
「マジかよ!」
「マジです!いいですか、タイミングは貴方がかけなさい!」
そして、アクサは再び"聖光"の奇跡を願う。ミカサは左手に紫水晶を握りしめ、"火炎嵐"の魔法を唱え始めた。
アルデリアとジュリ、ガルディンは、時間差でそれぞれが死者の王に剣を振るっていた。アルデリアが攻撃した後はガルディンが剣を薙ぐ。死者の王の意識がガルディンに向いたとき、背後に当たるジュリが突剣を突き入れ、更にアルデリアが両手の剣を振るうのである。死者の王に魔法詠唱をさせない戦術だ。
そしてアルデリアは自分の耳に意識を集中させながら、ミカサの声を一心に拾っていた。
『天には星、地には生命、紅蓮に燃えさかる炎よ、地獄から立ち上れ、天より降り注げ、灼熱の爆炎となり彼の者等を焼き尽くせ!』
ミカサの呪文が完成する。その声を聞き、アルデリアが両脇の二人に声を掛けた。
「今!」
『火炎嵐、収束!』
アルデリア、ジュリ、ガルディンが飛び退いたその時、死者の王を中心に地面から渦巻く炎の柱が轟音と共に立ち上った。範囲は三メートルほどだったが、どんどんとその柱が細くなり、そして炎の色が変色する。
「収束…収束!うわぁぁぁぁ!」
ミカサが炎の柱を睨み、叫んだ。柱は半径五〇センチほどにまで収束し、その中央に存在する死者の王が堪らずに唸った。
『ウオォォォォォ!』
「よし、効いてる!」
アルデリアたちが再び駆け込む。しかし、炎の渦の中心にいた死者の王が、燃えさかる右手を掲げて途切れ途切れに呪文を呟いた。
「いけない、まだだめです!」
アクサが"聖光"の祈りを中断し、警告を発したときには既に遅く、死者の王を中心に氷の嵐が吹き荒れた。"氷嵐"の魔法である。死者の王は、自分を巻き込んで範囲攻撃魔法を唱えたのだ。
アルデリアとガルディンは両手で顔を覆い踏ん張って、その呪文に抵抗を試みる。しかし、ジュリはそうは行かなかった。抵抗する間もなく全身に氷のつぶてを食らい、壁まで弾き飛ばされてしまった。
氷の嵐にミカサの魔法も掻き消され、全魔力を使い果たしたのか、その場に膝を突いた。「ジュリ、ミカサ!」
「あたしは…大丈夫です。ジュリちゃんの治療に行ってあげてください…」
回復の奇跡を祈ろうとしたアクサを、ミカサは手で制した。アクサは舌打ちし、壁に激突して床に倒れているジュリへと走る。
何とか死者の王の魔法に抵抗したアルデリアとガルディンが、王に猛攻を開始した。彼らの攻撃は確実に死者の王にヒットし、その身体を切り裂いていく。アクサはジュリの元にたどり着き、光の神に回復の奇跡を願った。
アクサの右掌に光が灯る。これで、ジュリの傷は完全に癒えるはずだ。
しかし、その奇跡が効果を発揮することはなかった。
「なぜ…?」
アクサが唸る。そしてすぐに思いつき、再度の舌打ちをした。
「なるほど、死人魔法人形は既に死者…、回復の奇跡は効果を発揮しないのですか…」
アクサは戦線からジュリを離脱させようと、彼女の身体を担ごうとして、その重さに驚く。装備品を含め、一〇〇キロを越えるのだ、女性一人の力でどうにかなるものではない。
その時、彼女はジュリの胸元から、心臓が大きく蠢いたような音を聞いた。
ドクン、ドクン…。
それはどんどん早くなる。アクサがジュリの胸元を開くと、そこには、恐ろしい速さで脈打つ紫水晶があった。
「暴走…しているのですか…?」
アクサがたじろぐと同時に、ジュリがその目を開けた。そして、倒れたままゆっくり、まるで撥条の機械が動くかのように顔を死者の王に向け、右目を閉じた。
アクサは咄嗟に何が起きようとしているのかを悟り、アルデリアとガルディンに向かってに叫んだ。
「二人とも、離れなさい!」
叫ぶが早いか、それともジュリの左目に光が収束するのが早いか。アクサの緊迫した声に気が付いた二人は、その場から離脱する。
ジュリの左目に収束した光は、まるで稲妻のように死者の王に襲いかかった。それは今までジュリが使用した"猫光線"を遥かに超える光量と、大きさの光だ。聖堂内が、まるで真夏の太陽が照らすかの如く真っ白に染まる。
その光は死者の王の胴体に命中し、更には貫通して反対側の壁までもその熱で溶かした。岩壁を溶かすほどの熱量だ、いくら死者とはいえ、死者の王が耐えられるはずがなかった。
死者の王は呻きながら、その姿を崩していく。
ジュリの光線の照射が終わった頃には、その場所に死者の王の姿はなかった。アクサは視線をジュリにずらすと、彼女は再び目を閉じ、気を失っていた。胸元には小さな光を僅かに灯す紫水晶があった。




