第6話 わたし、素晴らしい機会を得ました!
翌朝。
薪を割る音に気が付いてジュリが目を覚ますと、ガルディンら三人は遺跡に潜る準備を整えていた。昨晩は身につけていなかった防具は完璧に装着されており、武器の類も脇に置いてある。
アルデリアは純白の鉄鎧の上に同色のサーコート、頭には鉄板のついたバンダナを巻いている。足下には見事な装飾のされた二本の幅広剣。十中八九、かなりの高級魔法剣だ。腰には四本の投剣。
ガルディンはあまり昨晩と見栄えが変わらないが、漆黒の全身鎧、表地黒、裏地赤色の外套と、金色にアルスラードル国の紋章を彫り込んだ大楯、漆黒の柄を持つ長剣。腰には予備であろう小剣が一本。
先ほどから焚き火の前で朝食の調理に忙しく手を動かしているアクサは、光の神メーヴェの法衣、純白の外套と、頭には小さな頭飾り、短めの杖と、完全な「司祭スタイル」だ。
ジュリはもそりと起きあがると、三人に頭を下げた。
「おはようございます…。皆さん早いのですね…」
まだ頭に魔力が行き渡っていないらしく、舌っ足らずに挨拶をする。
「おはよう、もう少し寝ていても良かったのにな」
ガルディーンが長剣の刃を簡易式の砥石で研ぎながら言う。擦る時に不思議な色の火花が飛び散っているところを見ると、武器も砥石も魔法の品のようだ。
「どのみち、もっと日が高くならないと遺跡には潜れないからな。時間はたっぷりある。目が覚めたなら、自分の武器の手入れをしておけよ」
アルデリアが小さな斧で、薪を細かく刻んでいた。ジュリが目を覚ました時に聞こえていた音は、この薪を刻む音だろう。
「あ、はい…」
ふと隣を見ると、未だにミカサは毛布にくるまって寝息を立てていた。時折にやにやと笑っているところを見ると、よほど楽しい夢でも見ているのだろうか。
ジュリは魔法人形になってからというもの、夢というのをまるで見なくなってしまった。理由は恐らく、彼女にとって睡眠という行為が擬似的なものだからだろう。睡眠も、食事も、あくまでジュリが"人間味"を無くしたくないが為に行っているだけだ。しかし、魔力が頭に行き渡る時間が遅いのは、ジュリが生前低血圧だったのを再現しているのだろうか。それとも、魔法人形自体がそもそもそういう仕組みなのか。
背負い袋の中から武器手入れ用の布を取り出すと、毛布の中に隠してあった突剣を取り出し、鞘から抜く。左の"猫手"に布を被せ、突剣の刃を磨き始める。昨日骸骨兵を半ば無理矢理斬ったりしていたので、突剣の刃は刃こぼれこそないものの結構な傷がついていた。
その突剣を見て、アルデリアが言う。
「その剣って、ジュリのか?」
ジュリは刃を磨く手を止め、アルデリアに頷いた。
「見覚えがある…たしかそれは、サムス・マルドナード卿の愛剣じゃなかったか…」
「サムス・マルドナードはわたしの父です。形見として持ってきたんですが」
「そうか、前回の戦争に領地ごと巻き込まれて亡くなったと聞いたが、ジュリの父君だったか。僕は昔、彼に師事したこともあったんだ。冒険者としては新米の頃だったけどね。なるほど、マルドナード卿の足下でちょろちょろしてた小さな女の子は、ジュリだったんだな」
そう言われるが、ジュリにはまったく覚えがなかった。アルデリアが新米の頃というからには、一〇年以上前の事なのだろう。
「マスターサリアがわたしを魔法人形として蘇らせたのは、偶然だったんでしょうか。アルデリア様の話を聞いていると、そうとは思えなくなってきます」
「どうだろう。奇人変人で通っているサリアだしな。ヤツとの付き合いは長いが、未だに読めないところがある…」
と、これはガルディンの台詞だ。ガルディンは研いでいた長剣をぱちんと鞘に仕舞うと、脇に置く。
「多分、サリアについては誰も全て理解することは出来ないでしょうね。親友たる私でさえ、たまに彼女が何を言って何をしているのか、解らなくなる時がありますから」
アクサが鍋の中身をオタマでぐるぐるとかき回しながらぼやいた。香草の煮えるいい香りが漂う。そして少し掬って味見をすると、納得したように頷いた。
「さ、食事を済ませてしまいましょう。確かに故人を忍ぶのも大切ですが、まずは自分たちの事ですわ」
言われてアルデリアが食器を用意する。それをアクサが受け取り、鍋のスープを付け分けていく。
「……いい匂い、ご飯!?」
ジュリの隣で寝息を立てていたミカサが、香りに反応したのか上半身をがばっと起こす。「…ミカサ、おはようございます…。ってか、どうしてご飯の香りで反応するのですか…。今の今まで熟睡だったくせに」
ジュリが頭を抱える。
「あ?あ、あはは~」
「まあ、良いではありませんか。健康な証拠ですよ」
アクサがころころと笑う。ミカサは顔を真っ赤にして、俯いた。
全員にスープが行き渡り、メーヴェへの祈りの後に食事が始まる。
「さて、食べながらでいいから聞いてくれ」
話を切り出したのは、アルデリアだった。
「遺跡に潜るのは正午を過ぎてから。理由は、死者の王が一番活動しにくい時間だからだ。いくら遺跡の最奥だといっても、不思議と日の位置の影響を奴らは受ける。動きそのものはそんなに激しくないはず。前衛は僕、中衛にガルディンとジュリ。後衛にアクサとミカサ。接近戦は僕が受け持つから、ガルディンとジュリは、状況に応じて参戦。アクサとミカサは、後衛からメーヴェの奇跡と、魔法で援護してくれ。僕とガルディンの武器は魔法の品だから、魔力付与はジュリをメインで。話を聞く限り、ヤツは範囲攻撃魔法を使用してくるらしいから、アクサは回復をいつでも出来るように、ミカサは範囲攻撃魔法を使用せず、単発魔法で攻撃。ガルディンはジュリの護衛を最優先で頼む」
「了解です」
「ああ、解った。だが、ジュリが戦力になると判断したら、オレも殴りに行くからな」
ガルディンがにやりと笑う。昨晩とは違い、一人称が"オレ"になっていた。仕草や物言いが、ずいぶんと乱暴になっている、この姿が、本来のガルディンの姿なのか。
「まだ正午までには時間がある。何なら、ミカサはアクサから色々と教わるといい。アクサは司祭だが、同時にかなり高レベルの魔導師でもある。何か得る物もあるだろう。ジュリは僕が稽古を付けてやるよ」
「え…、よろしいのですか?」
アルデリアがスープを啜りながら、首を縦に振った。
「折角の機会だしな。それに、僕自身が魔法人形の戦力に興味がある。人間とは違い、途轍もない力を秘めてるって話だし。ちなみに、手加減しなくていいからな。まあ稽古が始まってしまえば、そんな余裕なくなるだろうけど」
口元を歪ませて不敵に笑う。
「では、胸をお借りします…。でも、わたしの力にビックリしないでくださいよ」
「大丈夫だ、いくら魔法人形の力でも、古竜ほどじゃないだろ?」
アルデリアの例え話に、ジュリが叫んだ。
「あ、あんな化け物と一緒にしないでください!」
「あはは、すまん。まあ、僕に一撃でも入れられたら、対人戦でいい線までいけるだろうな。今回の死者の王も、言ってしまうなら人型だ。絶対糧になるよ」
「はい、頑張ります!」
「いい返事だ。じゃあ、食事が終わったら早速な」
横では、ミカサが既になにやら難しい話をアクサにぶつけているようだった。ジュリの目にはミカサも結構な実力を持つ魔術師に見えたが、アクサはその遥か上を行くというコトなのだろう。
盛り上がりを見せる中、ガルディンだけがただひたすらに、静かにスープを啜っていた。




