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N-eco DRIVE!~雑貨屋魔法人形主人の受難  作者: 喜多見一哉
第1章 <わたし、気が付いたら生まれ変わっていました>
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第1話 わたし、気が付いたら生まれ変わっていました。

 小さな窓から、一条の光が部屋に差し込んでいる。窓は一つのみで、その光以外にも数々の魔法で灯った照明が壁に飾られていた。

 そのカビくさい部屋は、一見何かの作業場の様だった。

 大きな机の上にはたくさんのフラスコやビーカー、書類の束にメモ用紙、オイルランプやナイフ、そして、何に使うか分からないようなチューブが接続された魔法装置。何よりも目に引くのは、その部屋の中央に置かれた、人間が入るくらいの大きさの、巨大な培養タンク。そのタンクからは至る所にチューブが伸びていて、部屋の中にある魔法装置に繋がっている。今、そのチューブには、薄い緑色の液体が、どんどんと培養タンクに送られてきていた。

 現在、培養タンクの中には一つの影がある。

 鉄で拵えられたそのタンクには覗き窓があり、そこから覘くと、薄い緑色の培養液の中に一五歳くらいの少女が全裸で浮かんでいた。

 しかし、その姿は人間のそれではない。

 髪の毛の間からは黒色の猫に似た大きな耳が二つ生えており、人間の耳は片耳だけ、薄目を開けているので分かるが、左目は金色の猫目(キャッツアイ)だ。あとは、お尻の辺りから生える、黒くて長い尻尾。そして胸には、小さな紫色の結晶が光り、どくんどくんと脈打っていた。

 死人使い(ネクロマンサー)たちが造る、魔法人形(ゴーレム)である。

 これは、錬金術師(アルケミスト)たちが造る人造人間(ホムンクルス)ではない。何が違うのかと問われれば、それは製造方法による差だろう。共に魔力で動くことには違いないが、ホムンクルスのように何もない、ゼロから造る事に対して、ネクロマンサーが造るゴーレムは、死体をつなぎ合わせて造る。おまけに、ホムンクルスの記憶はイチから育てないといけないが、ゴーレムは生前の記憶を引き継ぐ。自分好みにカスタマイズ出来るホムンクルスの方が使い勝手が良さそうに感じるが、成長させるまで時間が掛かる。ゴーレムは生前の能力、つまりつなぎ合わせた素材全ての能力を持っているので、即使用出来るという利点がある。

 この少女も、いずこから拾われてきた死体をつなぎ合わせて造られたのだろう。素材は、人間の少女と黒猫といったところか。 

 がちゃりと部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 黒い長衣(ローブ)を身につけたその女性は、顔立ち美しく、ずいぶんと長身で、年の頃は三十歳前後だろうか。長い黒髪を頭の上で束ね、小さな片眼鏡をかけていた。唇の真っ赤なルージュが目を引く。この部屋の主だろう。

 そんな彼女は、部屋の中央まで進むと、培養タンクの窓を覗いた。

「う~ん、もう少しかな…」

ゴーレムの状態を確認し呟くと、その脇の台座に固定してあった水晶に掌を置き、そこに自らの魔力を集中させた。それと共に、培養タンクを取り巻く魔法装置が、ぶぅんと大きな音を響かせ始め、チューブを循環する培養液が、勢いを増した。

「さて、もう少し呑んでくるか…」

そう言って、その女性は部屋を出て行った。


 少女は部屋の隅で小さくなり、震えていた。

 外からは剣を交える音や怒声、悲鳴が響き、焦臭い匂いが立ちこめている。それはこの村が襲われていることを表していた。

 ペットの黒猫を胸に抱き、外から聞こえる音から耳を背ける為に、両手で自分の耳をふさいだ。膝の上に下ろされた黒猫が鳴き、少女の流す涙を舐めた。

 部屋の扉が突然開き、腰に突剣(エストック)を下げた男性が駆け込んでくる。そして少女の元までやってくると、しゃがんで声を掛けた。

「ジュリ、ここが襲われるのも時間の問題だ。地下の隠し部屋に行ってやりすごそう。さあ、こっちへ」

大好きな父の台詞。少女は震えながらも頷き、差し出された父の手を取る。

 父と共に大階段を下り、その裏の隠し部屋へ向かう。

 ロビーにいる使用人たちは、それぞれに武器になりそうな長物を持ち、玄関の扉を注視していた。大きな絵画で隠されたその隠し倉庫の前には少女の母がおり、絵画を取り外そうとしていた。

 父がそれを手伝い、果たされて絵画が大きな音を立てて床に落ちる。

「さあジュリ、この奥の部屋へ行きなさい。父様と母様は、ここでお前を護るから」

「でも、父様!」

ジュリと呼ばれた少女は、涙ながらに父にすがりついた。

「大丈夫、すぐに迎えにいくから。いい子で待っていなさい。きちんとドアを閉めるんだぞ」

 ジュリは頷き、黒猫を抱いたままにその奥へ駆けてゆく。後ろで、入り口が再び絵画で閉じられる音がした。階段の先にあった重い鉄扉を開け、部屋の中へ入って閉める。閂をかけ、部屋の隅に蹲った。

 どれくらいの時間を、そこで過ごしたかは分からない。入り口の絵画が外される音が聞こえ、数人の足音が階段の先から聞こえてきた。がちゃがちゃという、鉄の擦れ合う音。

 その時ジュリは、父と母が殺されたことを悟った。足音の主はおそらく、西国の兵士だろう。

 その通りに、部屋の鉄扉を大きな何かで打ち付ける音がする。ジュリは戸惑い、どこかへ隠れようと周囲を見回すが、それが叶う前に鉄扉が破られ、閂がはじけ飛んだ。

 駆け込んでくる二人の兵士。その兵士はジュリという"獲物"を見つけると、舌なめずりをして手に持つ槍を構えた。

「や、やめて…お願いだから…」

涙を流しながら必死に命乞いをするが、その言葉は兵士には届かない。

 ベッド際まで這いずって逃げるが、その兵士は一歩一歩、ゆっくりとジュリに近づいてきた。

 そして、ジュリの背中に、鈍い痛みが走る。見下ろすと自分の胸から血濡れた槍先が顔を覗かせ、抱いていたペットの黒猫をも貫いていた。真っ赤な血が胸から噴き出す。

「いやぁぁぁぁ!」

叫んで、ジュリは目を覚ました。


 緑色の空間だった。目だけで見回すと、そこは円筒形の大きな何かだとジュリは認識する。

 目の前には小さな窓があり、そこから誰かが覗き込んでいる。見た限り、女性のようだ。その女性は歓喜の表情を作ると、口を開いた。自分のいる筒の中に、声が反響して聞こえた。

「目覚めたかい、お嬢さん。身体に痛いところとかないか?」

その問いに、ジュリは首をゆっくりふるふると横に振る。

「そうか、ちょっと待っていなさい。出してあげるから」

そして、その窓から女性の姿が消える。すぐに筒が大きく振動し、緑色の液体が足下から排出されていくのを感じた。

 液体が徐々に排出され、身体に重力を感じるようになる。ジュリは自分の足で立とうと試みたが、全身に力が入らず、そのまま筒の底に倒れ込んだ。

 しばらくして全ての液体が排出されると、その筒自体がゆっくりと上へせり上がっていった。その向こうから、黒色のローブの裾が見える。完全に筒がせり上がると、その向こうにいた先ほどの女性がしゃがんで、ジュリに声をかけた。

「動けないだろう、当然さね。お嬢さんは"生き返ってから"まだ間もない。きちんと動けるようになるまで、一週間ってトコだね。それまではベッドから動いちゃいけないよ」

その声に、ジュリが反応する。

「…生き…返る…?」

声を出すと、女性は少し驚いたようだった。

「おや、声を出せるなんて凄いね。大概、喋るのにも二日くらいかかるもんなのに」

女性は培養タンクの中に入って倒れていたジュリを抱き上げると、部屋の隅に置いてあった簡素なベッドに寝かせた。そして、上からボロボロの毛布を掛ける。

「お嬢さん、自分の名前を思い出せるかい」

ジュリは精一杯自分の頭の中を探って、その単語を口にした。

「じゅ…ジュ…リ…」

「そうかい、ジュリっていうのかい。アタシはサリア。東国一のネクロマンサーを自負している。ま、実際はどうか分からないけどね」

と言って、カラカラと笑った。

「さて、状況を教えてあげようじゃないか。頑張って理解するんだよ。」

サリアは咳払いを一つする。

「ジュリ、あんたは魔法人形…ゴーレムとして生き返ったんだ。アタシの魔法技術によってね」

「ゴー…レム…」

その聞き覚えのある単語を呟く。サリアはすぐ横の椅子に座り、すらりと伸びた足を組んだ。

「そうさ。西国兵士によって滅ぼされた村でアンタを見つけた。あまりにも死体が美しかったんでね、こうして、生き返らせてあげようと思ったのさ。まあ、人間じゃなくなったけど、永遠の命ってのもきっといいモンさね」 

「えい…えん…」

「ああ、永遠だよ。胸の結晶から魔力が供給されている限り、アンタは死なない。逆に言うなら、その結晶こそジュリの命そのもの。心臓の代わりだ。大切にするんだよ」

 そう言って、サリアはジュリの異変に気が付く。ゆっくりとだが、目蓋が閉じられようとしていた。

「……後は、きちんと動けるようになってから説明しようか。とりあえず今は、ゆっくり休みな」

サリアは、ジュリの頭を優しく撫でた。

「かあ…さま…」

 ジュリはその手の温もりに母を感じつつ、目を閉じ、深い夢の世界に誘われていった。


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