第3話 わたし、とんでもないモノに出会ってしまいました。
「聞いた事ありますね。こうして姿を見るのは初めてですが。でも、このギザルがどうしたというのです?」
「そっか、この国で生まれ育った人は、当たり前すぎて知らないのか…」
ミカサは、コホンと咳払いをする。
「この国、アルスラードルの信仰している主神は、メーヴェよね?そして、どちらかというとその勢力が強すぎて、他国で信仰されているような神々はアルスラードルでは異端として扱われたりする。もちろん、この闇の神もそのクチ。ギザルについては、ここでは信仰を禁じられてるのよ。何故なら、光の神と闇の神の教義は全く正反対だから。メーヴェが創造・平和・調和を司るのに対し、ギザルは死・戦争・混沌を司る。元々相成れない存在なの」
扉に描かれた巨大なレリーフを見上げ、ミカサが続ける。
「あたしがこの国にやってきて、初めて冒険者として依頼を受けるときに言われたのは、国内でギザル信仰が見受けられたのならば、それは直ちに国へ報告しなければいけないということ。それは、古代の遺跡であっても例外ではない」
ジュリは、ミカサの言っている意味が良く理解出来なかった。確かにジュリの家が信仰していた神はメーヴェである。しかし、ギザルについては名前程度しか知らない。そして、何を司っていたのかも。
そもそも、信仰というのは自由であって、そうした束縛をする時点で、メーヴェの教えに反しているのではないかとも思う。人間として戦争やら、混乱・混沌を信仰するというのは間違っているような気もするが。
「でも、おかしいですよね。なぜ、表だってメーヴェを信仰していた神殿が、このように地下でギザルを象った扉を作るのか…」
ジュリはレリーフを指でなぞる。
「もしかしたら、古代ではそういった信仰を巡って一悶着あったのかもね。取り敢えず、これは早いところ国に報告しよう。残念だけど、これ以上進む訳にはいかないわ。本来なら、ギザルの物に触れる事すら禁止されてるのだから。ちょっとだけ触っちゃったけどね」
「残念だけど、仕方ないですね。あ~あ、結局紫水晶は手に入りませんでした…」
「無駄足だったね、まあ、そんな事もあるよ。あたしの確保してる小さいの、一つ譲ったげるから元気だそう」
二人は踵を返す。そして扉の前を離れようとしたとき、背後から小さな重低音と、振動が地面を伝って響いてきた。
はっと振り返ると、ギザルのレリーフが彫られた扉が、ゆっくりと開こうとしている。
「え、なんで…?」
ミカサが呟く。そして、何かに気が付いたように、ジュリの顔を見た。
「そっか…。司るのは死。今ジュリちゃんが触れたからなんだわ」
「どういうことです?」
「要するに、この扉の封印は、ジュリちゃんを来訪者として認めたってこと」
ジュリはミカサの言っている意味が分からず、小首を傾げた。
「要するにって、要をしてません。もっとわかりやすく言ってください」
「ジュリちゃんは、魔法人形でしょ。イヤな言い方になるけど、人間としての生は既に終えている。すなわち、死んでるも同然なのよ。死を司るギザルは、ジュリちゃんを死者だと思い、自分の信仰者だと認識してしまった。ジュリちゃんを自分の御許に招くつもりなんだわ。きっと、この扉の開閉キーは、死者が扉に触れる事…。ジュリちゃん、さっきレリーフを触ったでしょ。それでスイッチが入ったのよ」
そう二人が話し合っている内に、どんどんと扉は開いてゆく。ミカサは背中に担いでいた錫杖を外し、両手に構えた。
「…さすがに、無視して報告に戻る訳にはいかなくなったっぽいね…」
そして、生唾をごくりと飲み込む。
扉は開ききり、中からは果てしなく重く感じる空気が流れ出してきた。雰囲気に飲まれれば、勝機を保ってはいられない感じがする。
「ミカサの推測が正しいのなら、また扉にわたしが触れれば閉じたりしないのでしょうか」
言いつつ、ジュリは開いて真っ二つに別れたレリーフに触れてみる。しかし、何も起こる気配がない。
「…そうそう上手くはいかないものですね」
ジュリは大きく肩を落とすと、突剣を構える。
「虎穴に入らずんば何とやら。慎重に進みましょう」
「あ、待って!」
ミカサは歩き出そうとしたジュリを止めると、錫杖を掲げて呪文を唱える。
『天には星、地には生命、万能たる魔力よ、刃に宿りて敵を討て』
すると、ジュリの突剣と、肩に掛けていた両手剣が魔力の光を帯びた。魔力付与の魔法だ。これで、実体のないモンスターでも、剣で切る事が出来る。
「よし、いこう」
ジュリは頷くと、ランタンの灯りでほのかに照らされた、闇の中へ足を踏み入れた。
その扉の奥は、ちょっとした広さの部屋に見えた。規模としてはどうだろう、地上にあったメーヴェの礼拝堂を、一回りほど狭くしたくらいだろうか。粗末な木製の長椅子が両脇に四列並んでいたようだが、長年の放置により朽ちている。その椅子に挟まれた中央の通路を、ジュリとミカサは注意深く、一歩一歩進んでゆく。
そして、突き当たった先にそれはあった。
蝙蝠のような翼を広げ、蛇のような胴体、人間に似た腕と足を持ち、顔は猿に似た巨大な石像。闇の神ギザルである。
「やっぱり、ここはギザルの隠れ礼拝堂なんだわ。表では光の神の信仰を装い、裏では闇の神を信仰するってか…」
ランタンを掲げ、その光を石像に当てる。頭から尻尾まで、順にランタンの光を下げてゆき、足下に置いてあった大きな石製の箱に気が付いた。
「あれは、なんでしょう?」
ジュリは、ゆっくりとその箱に近寄る。すると、その箱の蓋が音を立てて開き始めた。
「ジュリちゃん、下がって!」
ミカサが叫び、ジュリは足を止める。その箱から、ほとんど風化してると見られる手が伸びた。続けて頭、さらには胴体と、何者かが起きあがってきた。
ミカサはランタンを足下に置き、ポケットから紫水晶を取り出す。更には両手に錫杖を構え直し、先手必勝と言わんばかりに呪文の詠唱を開始。
『天には星、地には生命、紅蓮に燃えさかる炎よ、地獄から立ち上れ、天より降り注げ、灼熱の爆炎となり彼の者等を焼き尽くせ!』
複雑なジェスチャーと共に、高らかに呪文を歌い上げた。
『火炎嵐!』
箱から人型の物体が起きあがるのが先か、それとも頬の嵐が巻き起こるのが先か、ジュリには良く分からなかったが、爆音と共に荒れ狂った火炎の柱が消えたその先に、信じられない物を見た。
人型の物体は、ほぼ無傷で箱の中に立っていたのだ。
「やっぱり、抵抗されたか!」
ジュリは次の呪文の詠唱にかかる。すると、その人型の物体が、ひからびた口を動かした。
『生ある者が、なぜこの地におる…。この地は死せる者のみが存在を許される場所。早々に立ち去れ…』
人型の物体は、よろよろと右足を箱の外へと踏み出した。ミカサは舌打ちし、呪文の詠唱速度を速めた。
『天には星、地には生命、氷雪の魔狼よ、吼えろ、吹雪を呼べ、彼の者を凍てさせ砕け!』
箱から左足が出る。
『氷嵐!』
魔法が完成し、今度は人型を中心にして吹雪が吹き荒れた。しかし、人型は難なくその吹雪の中を歩いてくる。
「くっ!ジュリちゃん、一旦下がるよ!」
「は、はい!」
あれだけのモンスターの大群を焼き払ったミカサの魔法が一切効果を現さない。そのことに、ジュリは激しくショックを受けていた。後ずさりながら、人型と距離を置き、二人して一気に後方に駆け出す。
人型の歩くスピードはすこぶる遅く、距離を開ける事には成功した。ジュリとミカサは、レリーフのドアの外に走り出て、人型の方を振り返る。
置き去りにしたランタンの光に照らされ、その姿がかろうじて認識できた。ミカサが呟く。
「あれは…恐らく、死者の王…。とてもじゃないけど、今のあたしたちで手が出せるモンスターじゃない。まさか、こんなのがいるなんて…」
遥か彼方にいる死者の王は、右手をゆっくりと前に突き出した。すると、ミカサの目の前でいきなり大爆発が起きる。爆心はミカサとは重ならなかったが、その強烈な爆風と熱で、ジュリとミカサは吹き飛ばされ、地面に転げた。
「きゃぁぁぁ!」
「う、うわぁぁ!」
直撃ではなかった。しかし、その威力は強烈すぎた。
ミカサの身につけているなめし革鎧は焼け落ち、彼女は全身に火傷を負っている。とてもじゃないが、すぐに動ける状況じゃない。
ジュリはポケットから、マスターサリアに予備としてもらった紫水晶を取り出し、胸に埋め込む。そして、死者の王を睨んだ。
金色の猫目に光が収束し、目にも止まらない速さで光線が死者の王を襲う。
その光に死者の王は貫かれ、蹌踉けた。しかし、蹌踉けるのみである。体勢を立て直すと、再び歩き始める。
ジュリは二発目の猫光線を放つ。今度は足に命中し、死者の王がその場に膝を突く。
ジュリはミカサを担ぐと、来た道を全力で走り出す。
「大丈夫ですか、ミカサ!」
「…なんとか。それより、早く後退を…二発目食らったらやばい…」
「はい!」
ジュリは後ろには目もくれず、"自動ドア"を抜け、通路へと走り込んだ。




