第2話 わたし、見てはいけないものを見てしまいました。
地図に記されていた、未駆逐部屋の掃討をしつつ、二人はどんどん奥へと進んでいった。やはり不死族に対応したのはジュリであり、ミカサはジュリへ支援を行っただけだ。
道中に話していた、ジュリへの身体強化魔法の付与は結局失敗に終わった。ミカサの予想通り、ジュリの駆動核である紫水晶と反作用を起こしてしまい、効果が得られないばかりか、ジュリの魔力を無駄に削ってしまう始末となってしまった。
だから、今のところミカサは、ジュリの武器及び、防具への魔力付与がもっぱらの仕事となっている。でもそのお陰で、通常の武器攻撃が効かない"霊体"に対しても、魔力付与することによって撃滅する事が可能となった。
地下通路での戦果といえば、ジュリが対不死族との戦い方に慣れた事、そして、純度の低い小指大の紫水晶が1つ。魔力の込められた小さな小刀が一本だけだ。しかし、これによって地下通路のモンスターは一掃された事になる。
そして、地図に記されていない扉が、今二人の目の前にある。
これこそ、前にここを訪れた冒険者が開くのを断念したという扉だ。ミカサが手に入れた情報によると、どんな事をしても開かなかったということだが。
ミカサは、その扉の周囲を調べ始めた。その間ジュリは、扉にかかりっきりになっているミカサの警護だ。
まず、扉の調査。扉は鉄製で、指で弾くとかなり重い音が返ってくる。相当な厚さがありそうだ。鍵穴などは当然見あたらないし、取っ手らしきものもない。何かの謎掛けになりそうな、目立った特徴もない、ただ鋲で打ち付けられた鉄の扉だ。
今度は扉周囲の壁を調べ始める。壁は立方体に切りそろえられた石を積み上げた壁だ。ミカサは壁に耳を当て、ブロックの一つずつをナイフの柄でコツコツと叩きながら、奥に空洞などがないかを調べる。典型的な仕掛けとしては、ブロックが一つ外れてその奥にスイッチがあるとか、魔力干渉用の紋章があるとか、そういったものが多い。
端から端までを丹念に調べたが、そのような仕掛けは見あたらなかった。こうなると、扉そのものが魔力干渉用の紋章として機能しているとか、選択肢は極端に狭まる。
ミカサはダメもとで、鉄扉に向かって呪文の詠唱を開始した。
『天には星、地には生命、永久なる枷よ、その呪縛を解き放て…』
呪文が完成し、ミカサの掲げた右手が魔力の光を帯びる。そして、その光は扉に吸い込まれ、消えた。
勿論、扉に変化はない。
「あちゃぁ…、こりゃ手強いなぁ」
ミカサが頭を抱える。
「これだけの難所なら、この奥には色々ありそうなのに…」
ミカサは呟きながらしゃがみ、今度は床を調べ始める。しかし、結果は同じだった。
「どうします、ミカサ?」
ジュリが通路の奥を警戒しながら、頭を抱えて燃え尽きているミカサに声を掛けた。ミカサはしばらく考え込み、一言だけ言葉を発した。
「…壊すか」
「はい?」
ジュリの猫耳がぴくりと、その言葉を捕らえた。
「ジュリちゃんの特殊兵装で、焼き切るとか…」
「…はいぃ?」
ジュリが振り返る。
「いや、遺跡荒らしに慣れた盗賊とかなら、"謎は全て解けた!"とかできそうなんだけど、あたしにそんな技能ないし…。開ける手段が分からないなら、いっそのこと壊してしまえばいいんじゃない?」
「えっと…、いいんでしょうか…?」
「良いも悪いも、あたしにはもう、それしか選択肢が浮かばない…」
ミカサがうんざりとした顔で、ジュリの顔を見やった。
この扉の調査に掛けた時間は、おそらく一時間ほど。ずっと頭を使いっぱなしのミカサにとって、かなり長く感じたに違いない。
「なんかわたし、この旅だけですっごい魔力を消費してるんですが…。マスターに貰った予備の紫水晶まで使ってしまいそうな勢いです…」
ジュリは項垂れると、ずっと肩から担いでいた両手剣を鞘から抜きはなった。
「とりあえず、物理で殴ってみましょう。特殊兵装を使うのは、これに失敗したらということで」
助走を付けるために、扉から二〇メートルほど離れ、腰溜めに剣を構える。ミカサは壁際に寄り、邪魔にならないように張り付く。
「行きますっ!」
ジュリは大きく息を吸い込み、気合いを入れると床を蹴り抜いた。怒号を発しながら、猛然と扉に突き進む。
そして、剣先が扉に触れようとした矢先、扉がいきなり外側に開いた。完全に体重を乗せていたジュリは体勢を崩し、開いた扉の向こうへと転がる。
床から凄い量の埃が舞い、黒猫ジュリは白猫ジュリへと変わってしまった。
「…あれ?」
「あれ?」
ジュリは転がったまま、扉の外できょとんとしているミカサと視線を合わせた。
「要するに、あの扉の仕掛けは"重さ感知"だったわけね~」
扉の向こうに新たに現れた通路を歩き、地図作製しながら、ミカサが一人でうんうんと頷いている。
結論としてはこうだ。扉の表の床、もしくは裏側の床に、一定量以上の重さを乗せれば、それを感知して自動で開く。おそらく前の冒険者たちも、盗賊が一人で、ないし魔術師が一人で仕掛けを調べ、他のメンバーは周囲で警戒に当たっていたのだろう。だから、この仕組みに気が付かなかったのだ。
ジュリは魔法人形となってから、見た目以上の体重を有している。それは、生前の彼女の体重を、ほぼ倍にした重さだ。更に言うなら、現在は全身を鉄製装備で固めている。重量だけでいうなら、大の大人の平均体重の三人分ほどはあるだろう。
「ジュリちゃんが重くて、助かったわ~」
「あの、ミカサ?それは女の子に言う台詞じゃない気がしますが…」
「あ?あははは~…」
扉の向こうは、一気に神殿という装飾からかけ離れたものとなっていた。扉を潜る前は"神聖な"という言葉が似合いそうだったのに比べ、現在二人が歩いている通路は、どちらかというと"禍々しい"といったイメージだ。同一施設内に、なぜこのように対照的な装飾が施されているのか。
そもそも、机の下の隠し扉を降りた先、あれはもしかしたら、一種の拷問部屋ではなかったのだろうか。壁に下げられていた手枷足枷、床に朽ちた、数々の白骨死体。例え拷問部屋ではなかったにせよ、罪人などを繋ぎ止めていた…と考えるのが正しいかも知れない。
通路は、ずっと一直線に続くだけだった。道中に扉らしきものは一つもなく、距離的に換算して、既に地上部分に見えていた神殿の大きさを優に超えているはずだ。
しばらく歩き、その通路にも終端が訪れる。
目の前に、巨大な竜のようなレリーフを施した扉が現れたのだ。
そのレリーフを見て、ミカサが絶句した。
「…表って、光の神メーヴェの神殿…だったよね?」
「そうですけど…、このレリーフは…?」
ミカサはゆっくりとレリーフを指でなぞり、唾液を飲み込んだ末に呟いた。
「闇の神…ギザル…。遥か昔に、光の神メーヴェと戦って敗れた、戦神よ…」




